15 勇者伝説崩壊、そして新たに伝説になった『精霊たらし』
井戸の精霊イドオンは、勇者を殴っているときは悪鬼羅刹のような表情をしていた。
しかし俺を見るなり豹変、線の細いかよわい少女となって抱きついてくる。
「おっ、おおっ! おおおんっ!
このイド、ユニバス様のことを一夜たりとも忘れたことはありませぬ!
またこうしてお会いできるだなんて、至福の極みにござりますっ!」
俺の胸に顔を埋め、おんおん泣くイドオン。
ティフォンは「なっ!? なんで抱きついて……!?」と、髪の毛が渦を巻くくらいに驚いていた。
殴られていた勇者の顔は風船のように膨れ上がっていて、「ひぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!」と逃げ出す。
何度も転び、山の上を転がり落ちるようにしていなくなった。
村長をはじめとする村の者たちは、ポカーンとしている。
「な……なんでじゃ? イドオン様は勇者様のことが好きで、無能のユニバスのことを毛嫌いしておったのでは……!?」
するとイドオンは、驚愕と怒りの入り交じった表情で、キッと村人たちを睨みつけた。
「おおんっ!? そんなわけありませぬ! イドはずっとユニバス様のことをお慕いしておりました!」
……真実はこうだ。
かつてこの村を訪れた勇者パーティは、イドオンの力を借りるために、この古井戸へとやって来た。
しかし、イドオンは呼んでも出てこなかった。
しびれを切らした勇者ブレイバンはなにを思ったのか、毒を井戸に放りこんだんだ。
井戸の中にいたイドオンは毒を頭から浴び、彼女は大激怒。
さきほどの勇者の再現のように、マウントを取ってブレイバンをボコボコにしたんだ。
俺は必死でイドオンを止め、彼女を説得、ふたりっきりで月を見上げているうちに、なんとか彼女の怒りを鎮めることに成功した。
イドオンの力を借りる約束を取り付けた俺たちは、村へと戻る。
そこであろうことかブレイバンは、俺が毒を井戸に放り込んだと村人に吹聴したんだ。
目撃者は勇者パーティしかおらず、俺は人間相手だと極度の口下手なので言い返せない。
結局、無能な俺がしでかした行動を、有能な勇者が愛の力で救ったという話ができあがってしまった。
そして、話は現在。
村人たちはイドオンを怖れ敬っていたので、彼女のいる古井戸には滅多に近づこうとはしなかった。
しかし勇者の愛の力で少しは柔和になったであろうと、村おこしを始めたらしい。
村人たちは勇者とイドオンをカップルに仕立て、それを全面に押し出しはじめた。
そしたらなぜか、イドオンは井戸から出てこなくなり、村の井戸も涸れてしまったという。
イドオンは白装束の袖をぶんぶん振り回しながら熱弁した。
「おおん! おおん! おおおんっ!
イドが怒るのも当たり前でしょう!
だって大嫌いな勇者と相思相愛みたいな像や看板を立てられたのですぞ!
そのうえ大好きなユニバス様を、無能呼ばわりして!」
この事実を知った村人たちは愕然とする。
「イドオン様、そ、それは、まことなのですか……!?
偉大なる勇者様が、そんな無能の極みのようなことをするだなんて……!
それに、勇者様ではなく、一介の下働きである、ただの男を慕うだなんて……!
我々人間から考えると、ありえないことです……!」
「おおんっ! そなたら人間と違い、我ら精霊は純粋なのです!
見た目や地位ではなく、ありのままこそを愛すのです!
それを証拠に、ほら、見なさい!」
……バッ!
イドオンはすだれのような前髪をかきわけ、白いおでこを露出させる。
そこには『井』の文字が光輝いていた。
「おおっ!? イドオン様の力を表すといわれる、『イドゲージ』が……!
最大の、レベル4になっている……!?」
「今まではどんなに高くても、レベル3までだったのに……!?
ユニバス様と再会できた喜びが、そこまで力をみなぎらせるとは……!」
「そうです! イドはいま、至福の極地にいるのです!
自分でも信じられないくらいの力が、しとどに溢れているのを感じておりますっ!」
イドオンが天を仰ぐと、月に向かって狼のように吠えた。
「おおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
すると背後にあった古井戸から、
……どばっ……しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
クジラの潮吹きもかくやという勢いで、水が噴出する。
眼下に広がる村々、そこにある井戸からも水が吹き出し、恵みの雨となって降り注ぐ。
村に残っていた村人たちは快哉を叫んでいた。
「やった! やったやった! やったーっ!」
「勇者様がイドオン様の機嫌を直してくれたぞーっ!」
「いや、イドオン様が無能をぶちのめしてスッキリしたのかもしれん!」
喜ぶ村人たちの間を、腫れあがった顔の勇者がフラフラと通り過ぎる。
「……あれ? いまの勇者様じゃなかったか?」
「なんであんなにボコボコになってるんだろう? 今頃はイドオン様とラブラブのはずなのに……」
その様子を見ていたイドオンは、毅然とした態度で村長に命じる。
「村長! いますぐまわりの村々の誤解を解くのです!
村おこしは構いませぬが、像と看板はすべて作り替えるのです!
本当の無能は勇者であることを、そしてイドがユニバス様のことをお慕いしていることを広めてくだされば、イドはもう井戸を涸らすことはありませぬ!」
「はっ、ははぁーーーーっ! ただちに!」
平伏する村長。
イドオンは俺にずっと寄り添っていたが、気付くと後ろにもぽやんとした柔らかさを感じた。
首を捻って背後を見やると、そこにはティフォンがぴとっと身体を密着させている。
なぜか「むぅ」と口を尖らせながら。
目が合うと、彼女は「見てたの!?」みたいな表情になる。
ポッと頬を染め、背中の生地をきゅっとつまんで顔を伏せていた。
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私にとっての最高記録タイで、とても嬉しいです! ありがとうございます!
というわけで、本日も3話更新させていただきました!
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