14 井戸の村に残った勇者伝説には、さすがの井戸の精霊もマジギレ
『イドオンの村』は、俺がかつて勇者パーティとともに訪れた時には、風光明媚で趣のある村だった。
しかしロークワット湖と同じで、今はかなり様変わりしていた。
『井』というエンブレムのようなものがそこらじゅうにあり、勇者を称える石像や看板が乱立している。
それらはどれも、勇者に抱きつく白装束の女性がモチーフになっていて、ふたりの足元には貧相な男が足蹴にされていた。
馬車を降りた村の入口、そこに置かれていた巨大な看板を見るなり、ティフォンはすぐに気付く。
「あれ? この石像の勇者って、わたしと精婚しようとしてた勇者と同じ?
それに踏みつけられてる男の人のところに、『無能のユニバス』って書いてあるけど、これってもしかして……?」
「ああ、どうやら俺みたいだな」
勇者はかなりイケメンに描かれて、俺はこれでもかと醜悪に描かれていた。
「ええっ!? ユニバスくんはこんなにカッコ悪くないよ!?
それになんで、こんなに酷い目に遭ってるの!? 許せない!」
「この村に立ち寄ったときに、ちょっと誤解があったんだよ。それがそのまま語り継がれてるようだ」
ティフォンはぷりぷり怒っていたが、俺は気にせず村の広場へと向かう。
そこには大勢の村人たちが集まっていて、なぜか、看板の勇者ソックリなイケメン男までいる。
ティフォンはイケメン勇者を本物の勇者と勘違いしているのか、「うげっ」吐きそうな声とともに俺の後ろに隠れていた。
俺は人と話すのは苦手だったので、村人たちに話しかけるのは気は進まない。
でもティフォンには任せられそうもなかったので、俺は勇気を振り絞って尋ねる。
「あ、あの……」
すると村長らしき年寄りから、素っ頓狂な声が返ってきた。
「おやっ!? お前、無能のユニバスじゃな! 久しぶりじゃなぁ!」
「おっ、おおっ、覚えてて……」
「忘れるものか! お前さんがどえらいヘマをやって、井戸の精霊であるイドオン様を怒らせて、勇者様に助けられた逸話は、この村の村おこしに使ってるんじゃから!」
「あっ、あの……ひと晩、泊めて……」
「はぁ!? バカ言うな、この無能がっ!
ここんとこずっとイドオン様の機嫌が悪いせいで、この村の井戸が枯れてしまって、干からびる寸前なんじゃ!
そんな大変なときに、イドオン様に嫌われてるお前さんを泊めたりなんかしたら、この村が滅んでしまうわ!」
それで俺はようやく、イケメン勇者がいる理由に気付く。
井戸の精霊がお気に入りだと思っている勇者を遣わせて、機嫌を取ろうとしているんだ。
でもそれは大きな誤解なので、行かせたら大変なことになるかもしれない。
俺は同行を申し出たのだが、「バカ言うな、この無能がっ!」にべもない。
しかし、村長は他の村人たちから耳打ちされ、ひそひそ話を始めた。
「村長、この無能はとんでもねぇ役立たずだが、『代理勇者』様と違ってホンモノだ」
「こいつをイドオン様に差し出して、煮るなり焼くなり好きにさせたら、よりイドオン様のご機嫌が取れるかもしれねぇ」
そしてとうとう『代理勇者』まで話に加わる。
「コイツが噂の『無能のユニバス』か、ならイドオンの生贄としてちょうどいい。
ボロ雑巾みたいなるだろうから、あとは馬小屋にでも放りこんでおけばいいではないか」
丸聞こえの密談を終えた村長は、俺に向き直ると、
「よし、それじゃワシらとこれからイドオン様のところに行くぞ!
そしたら、今日ひと晩泊めてやってもいいじゃろう!」
ふと、ティフォンが俺の服の袖をくいくい引っぱる。
見やると、ものすごくいぶかしげな表情をしていた。
「なんだかよくわかんないけど、この人間たち、ロクでもないことを考えてる気がする!
ユニバスくん、行くのはやめようよ!」
「いや、相手が精霊である以上、そういうわけにはいかない。
それに、俺が誤解を訂正しなかったせいもあるかもしれないからな」
というわけで俺は、村人たちといっしょに夜を待つ。
あたりが暗くなったところで、村の奥地にある、小高い山へと出発する。
山の頂上にある古井戸に、問題の『井戸の精霊』が住んでいるんだ。
メンツは村長と数人の村人、ニセ勇者に、俺とティフォン。
道中を観光名所にしようとしているのか、山道は以前来たときよりも歩きやすく舗装されていて、道端には作りかけの屋台なんかが建ち並んでいる。
そして、月明かりすら閉ざず古井戸に着くなり、底からなにかが這い上がってくるような音が聞こえてきた。
……ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっ……!
祀られているような精霊というよりも、邪悪な怨霊のような気配があたりを支配する。
ランタンを持つ村人たちは今にも逃げだしそうだった。
そして、一拍ほどの静寂の後、
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
血も凍るような絶叫とともに、長い前髪で顔を覆った白装束の女性が飛び出してくる。
「でっ、出たぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
驚きすぎて、ひっくり返ってしまう村人と勇者。
ショッキングな登場を果たした井戸の精霊は、まっしぐらにニセ勇者にとびかかっていき、問答無用で馬乗りになったかと思うと、
……ガスッ! バキッ! ドカッ! グシャッ! ゴキッ! メシャアッ!
その怨念に満ちた見目とは裏腹の、ワイルドすぎるマウントパンチの連撃を浴びせはじめた。
「うぎゃああああああーーーーっ!? いだいいだい!? いだーいっ!?」
勇者はわけもわからぬうちにボコボコにされ、たまらず泣き叫ぶ。
腰が抜けて立てない村人たちは、這いずって止めに入る。
「お、お待ちください、イドオン様! そちらにいるのは勇者様ですぞ!
無能のユニバスは、あちらです!」
俺の名が出たとたん、豪雨のように激しかった拳の嵐がピタリと止む。
「ユニバス……?」
とうわごとのようにつぶやき、俺のほうを見る井戸の精霊。
次の瞬間、彼女は血にまみれた拳をパーにして、諸手を挙げながら駆けよってきた。
「おっ……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
ゆっ……ユニバス様ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
おっ……お会いしとうございましたぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
次回、井戸の精霊のマジギレの理由が明らかに! そして、新たなる伝説が始まる!
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