49 炎の精霊王
49 炎の精霊王
炎の精霊王は、星空の下にある焚火だった。
コンコントワレで出会った島亀の姿をした水の精霊王に比べると、あまりにも小さく、あまりにも頼りない。
時折、岩場を吹き抜けていく風に、何度も消し飛ばされそうになっている。
風にあおられながら、王は消え入りそうな声で言った。
『……ユニバスよ、よぉ来てくれた。
魔王を退けてくれたそなたの働きに、まずは、炎の精霊を代表して、礼を言おう』
「あの、俺は……」
『そなたがこの国に来た理由なら、すでに知っておる。
そなたのことは、魔王を倒したあとも、ずっと気に掛けておったのじゃからな。
そなたの魔導馬に、炎の精霊の力を吹き込んでやろう』
炎の精霊というのは話が早い性質があるのだが、それは精霊王も同じようだった。
いずれにしても、説明の手間が省けて助かる。
だがそのためだけに、王族以外は精霊すらも入れないという『精霊王の間』に、俺を招き入れるわけがない。
精霊王はきっと、なにか俺に問いたいことがあるのだろう。
俺の表情を読んだかのように、焚火は話しつづける。
『そなたは人間でありながら、人間と精霊の立場を等しくしようとしているようじゃな』
「はい、人間たちは精霊を奴隷のように扱っています。この世界ではそれが当たり前になってるけど、俺はそうは思わない。
人間と精霊は、対等であるべきだと思うのです」
『ほほう……』
精霊王が唸ると、俺のまわりを取り囲むように、ロウソクのような火がポツポツと灯った。
次の瞬間、その火は魔導コンロのように、ごうっ! と火を吹き、俺を炎の檻に閉じ込める。
目の前にあった焚火は逆巻き、憤怒の形相が浮かんでいた。
『人間風情が、こざかしいことを抜かすでない!
ワシがその気になればそなたなど、一瞬にして消し炭にできるのじゃぞ!
大いなる力を持つ精霊と、なんの力も持たない人間が、対等などとはおこがましい!』
それまで包み込むように温かかった炎は、俺の肌を刺すようにジリジリと焦がす。
あまりの灼熱に、俺の顔は一瞬にして汗にまみれ、オレンジ色にテラテラと輝いた。
『魔王を討伐したほどのそなたなら、知っておるはずじゃ!
ワシらの存在の前には、人間など塵芥にも等しいと!
ならばなぜ、対等などとぬかす! 答えよ、ユニバス!』
焚火は大蛇のように逆巻き、天にまで昇る。
星空は燃え上がり、精霊王は太陽のように俺を見下ろしていた。
『生きて還りたくば、よこすのじゃ! このワシの怒りを鎮めるほどの答えを!』
灼熱を浴びても俺が動じていないので、炎の精霊王は驚いているようだった。
『どこまでも、こしゃくな! ワシが、本気でないと思っているな!?
答えによっては、そなたを地獄の業火に叩き落としてくれる!』
ドラゴンの舌のような炎が、俺の頬をなぶった。
炎の精霊王は本気だ。
つまらない答えだったら本気で、俺を焼き尽くすつもりでいる。
俺は人間相手だと、子供に対しても萎縮してしまう。
しかし相手が精霊だと、なんの恐怖も感じない。
たとえ、俺の命を手のひらで転がしている、精霊王であったとしても。
俺は太陽に向かって語りかけた。
「人間は、精霊なしでは生きてはいけません。それと同様に精霊も、人間なしでは生きてはいけないからです」
太陽の眉が、ぴくりと震えた。
「人間は、炎の大いなる力を利用し、発展してきました。
それと同時に、炎の精霊たちもこの世界において、勢力を拡大しました。
炎は、地に結びついて金を産み出し、木を焼き尽くして地を育む。
人間の力が無ければ、生まれ出でなかった精霊もあったはずです」
俺はつけ加える「あなたのように」と。
炎は震えていた。
『な……なんと……! なんという、人間じゃ……!
その答えにたどり着くとは……!』
炎の精霊王の表情は、焚火のときのような、柔和な口調に戻っていた。
愛おしい孫を見る、好々爺のような表情で、俺を見つめている。
『そなたには、何もかも、わかっておったんじゃな……。
このワシがなぜ、焚火のような姿をしておったのかも……』
「はい、世界で初めて生まれた炎、それがあなただったんですよね」
『さよう。遙か昔、この山に、女神の雷が降り注いだ。
その雷は、岩山にある枯れ草を打ち、炎となった。
ごくごく、わずかな炎。それがこのワシじゃ』
精霊王は、悠久の時に思いを馳せるかのような、遠い目をした。
『そのワシを、岩山に住んでいた、ある人間の若者が見つけた。
若者はワシに興味を示し、ワシに接するうちに、炎の温かさや熱さ、そして炎の怖さを知った』
「原始時代に精霊王を見つけた人間が、炎の精霊の命運を握っていたというわけですね」
『そうじゃ。その若者がワシを危険なものだと判断し、焚火を消してしまっていたら、炎の精霊はこの世界には存在せんかった。
若者が、ワシをより強く燃えるようにしてくれたからこそ、ワシは生きながらえたのじゃ』
精霊王は感激しているのか、その輝きがどんどん強くなっていく。
『精霊は大いなる力を持っておるが、人間なしでは生きてはいけぬ……!
まさしく、そなたの言うとおり……!
ユニバス……! ああ、ユニバスよ……! こんなに嬉しい思いになったのは、あの若者に助けられたとき以来じゃ……!
どうかこのワシに、そなたの身体を抱きしめさせておくれ……!』
俺は目も開けられなくなっていたが、肌を焦がしていた灼熱はもうない。
かわりに、全身を真綿のようにふんわりと覆う、春の日差しのようなぬくもりを感じていた。
『ワシは決めたぞ……! この力のすべてを、そなたに捧げることを……!
そなたが望むなら、どんなものでも焼き尽くしてみせよう……!
この惑星ですらも、7日で焦土に変えることを、約束しようっ……!』
俺はまばゆい光を受け、意識も白く飛んでしまっていた。
今章も、いよいよクライマックス……!
なのですが、来週は掲載をお休みさせていただきます。
次回掲載は、第2巻の発売直前、3月9日(水)の予定です!