47 イズミのよとぎ
47 イズミのよとぎ
ベッドの上で頭を伏せたイズミは、カミナリを怖がる子供のように、丸く小さくなって震えていた。
「わっ、わたくしは、まっ、まだ、世慣れぬ身でありますので、よっ、『よとぎ』は、ははっ、『はじめて』でございます……!
でっ、ですので、どどっ、どうか、やさしくしてくださると……!
あっ、いっ、いいえ! あっ、あなた様が望むのであれば、らっ、乱暴にしてくださっても……!」
俺はイズミのくぐもった震え声を、ポカーンと耳に入れていた。
『よとぎ』……。
たしかイドオンの村に泊まったときの夜、ティフォンが同じことを言っていたな。
精霊姫にとって、『よとぎ』というのは共通の儀式か何かなんだろうか。
ティフォンの『よとぎ』は膝枕で怪談話をするという、実にかわいらしいものだった。
そのくらいのことなら、いくらでも付き合ってやれる。
俺は軽い気持ちで応じる。
「ああ、それじゃあ、よろしく頼むよ」
パッ、と面をあげたイズミ。
その表情は、伝説の性豪でも見るかのように、畏怖に満ちていた。
「そ、その余裕……! せっ、精霊との交わりは、なっ、慣れていらっしゃるのですね!
な……流れる石でございます、ユニバス様!」
とうとうイズミは覚悟を決めたようだった。
キリリと唇を結び、彼女がよく口にする、『清水の滝から飛び降りる』直前のような表情をしている。
彼女は全身から、いつにない冴え冴えとしたオーラを放っていた。
俺は「まさか」と思う。
さすがに、膝枕をして怪談話をするだけで、ここまで緊張感するのはおかしい。
もしかしてイズミのはティフォンのと違って、本当の『夜伽』なのか……!?
しかしイズミの態度からして、もう後には引けない。
彼女は自分を鼓舞するように、うん、と力強く頷いたと、
「そ……それではっ!」
まだ緊張しているのか、声がひっくり返っていた。
彼女は真っ赤になって顔を伏せながら、上目遣いに言い直す。
「すっ……すみませんっ……! そ、それでは、横になっていただけますか……?」
その、今にも泣きだしそうなほどに潤んだ瞳に、俺は心臓を急襲された。
高鳴る胸を押えつつ「あ、ああ……」と従う。
広々としたベッドの真ん中に、仰向けに寝そべると、彼女はまた三つ指をついて頭を下げた。
「そ……それでは、始めさせていただきます……!」
イズミはどぎまぎしながら、俺に寄り添うように横になった。
腕を伸ばし、「失礼します」と俺のうなじの下に、腕を差し入れる。
腕枕というには、あまりにも細く、頼りない枕だった。
そんなことを思っていると、俺の胸に、白魚のような指が這ってくる。
俺の鼓動はもはや張り裂けそうで、彼女のその手を通じて、俺の緊張を感じ取ったかもしれない。
実を言うと俺も『はじめて』なんだ。
こんなとき、どうするのが正解なんだろう。
されるがままになるのがいいのか、それとも……。
いや、俺はなにを迷ってるんだ。
こんなこと、すぐに止めさせないと。
彼女と接しているとありありと感じるのだが、彼女はいまだに人間に対する隷属精神を持ち続けている。
その気持ちがあるからこそ、俺と一夜を共にしようとしているんだ。
そんな歪んだ制度に囚われて、精霊がとても大切にしている『はじめて』を捧げるなんて、馬鹿げている。
俺がイズミを止めようとした直前、彼女の唇から、甘やかな声が漏れた。
「む……むか~し、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました……」
えっ? このフリはもしかして、昔話? なんでこの局面で?
止めるのも忘れて困惑する俺をよそに、イズミは俺の胸をやさしく撫でながら、話を続ける。
「おじいさんは山にしばかりに、おばあさんは川におせんたくにいきました。
おばあさんが川でおせんたくをしていると、川上から……」
そこでふと、イズミの言葉が詰まる。
穏やかだった声が、また震えだした。
「かっ……かかっ……川上から……! かかっ、川上からっ……! ああああっ!」
イズミは強烈な静電気を感じたかのように、俺の身体から飛び退く。
真っ赤になった顔を両手で押え、ジタバタともがいていた。
「むっ……無理です! やっぱり、わたくしには早すぎました! も、申し上げられません、そんなこと!
川上から、あんなはしたないものが流れてくるだなんて……!」
俺も飛び起きた。
「おいおい、いったいなにが流れてきたっていうんだ? 気になるから教えてくれよ。まさか、大きな……」
イズミは顔を押えていた両手で耳を塞ぎ、イヤイヤをする。
「そ、それ以上、お、おっしゃらないでください! わたくし、恥ずかしくて死んでしまいます!
それだけはどうか、お許しくださいませ!」
山の神にすがるように、顔を伏せて泣き出してしまうイズミ。
髪の間から飛び出た耳が、茹でられたみたいに真っ赤になっている。
「あ……悪かった、もうこれ以上は聞かないから。もう、この話は終わりにしよう」
すると、イズミはこわごわと顔をあげる。
ちょっと昔話をしただけなのに、髪はバサバサに乱れ、顔は真っ赤っか。
白装束はだけ、うっすらとピンク色に染まった胸元が覗いている。
目に涙をいっぱい浮かべ、ぜいぜいと肩で息をしていた。
必死になにかを告げようとしていたが、言葉にならず、はあっ、はあっ、と荒い吐息を漏らすばかり。
「よくわからんけど、今日はここで、このまま寝るといい」
不意に、寝室の向こうで人の気配を感じる。
ティフォンかな? と思って、イズミを残して寝室を出てみると、そこには予想外の人物が立っていた。
「ぽっ……ぽぽっ、ポーキュパイン様っ!?」
「もう、そんな他人行儀なこと言わないでよ、ポーキュパインって呼んで、ね。
それに、いつまでウチ相手に緊張してんの。これだけ一緒にいるのに」
そりゃ緊張もする。なにせ彼女はバスタオル一枚だったから。
豊満な胸は半分くらいこぼれ出ていて、下のほうは生脚が丸出し。
薄手のタオルはピッチリと身体に張り付き、肌が透けて見えそうだった。
辛うじて胸の谷間に引っかかっていて、少しでも腕を動かしたらハラリとほどけてしまいそう。
少し足を動かしただけで、裾が太ももの付け根までめくれあがってしまいそうだった。
「なっ……なななっ……なんで……!?」
彼女は、ほんのりと頬が染まっていたが、いつものようなクールさを装っていた。
「なんでって、あなたがそれを言う? 以前、ウチの寝室にすっぱだかで入り込んできたクセに……」
「あ、あれは……!」
「わかってるよ、オンザビーチに無理やりやらされたんでしょう?
でも、1回は1回だよね、だからこれは、お・か・え・し! うふふっ!」
ポーキュパインは子供のようにはしゃいで、スキップしながら俺の横を通り過ぎる。
シャワーを浴びたばかりなのだろう、ふんわりとした熱気と、リンスのいい香りが俺の頬を撫でていく。
「今夜は、ウチといっしょに寝よ! それで、おあいこにしてあげる! あ、もちろん変なことしちゃダメだからね!」
彼女は寝室の扉開けながら、振り返っていたずらっぽく笑う。
しかし、ベッドの上を見たとたん、そのまま動かなくなった。
どうしたのかと彼女の後ろから覗き込んでみると、ベッドの上にはイズミが横たわっていた。
着崩したまま寝てしまい、しかも夢でも見ているのだろうか。
全身に玉の汗を浮かべ、胸を激しく上下させながら、ビクビク身悶えしている。
「あっ……はああっ! も、もう、お許しくださいませ……!
あまりにもすごすぎて、おかしくなってしまいますっ……!
あんなはしたない事を平気で口にされたうえに、わたくしに強要されるだなんて……!
ああっ、こんなにすごい殿方は、わたくし、初めてでございますっ……!
わたくしはもう、ユニバス様から離れられなくなってしまいました……!」
再び振り返ったポーキュパインは、極寒の顔をしていた。
「……ふぅん、もう、お楽しみだったんだね。
あんたは人間の女の子より、精霊の女の子のほうがいいんだ。……変態」
ボソリと軽蔑の言葉を吐き捨て、俺の隣を通り過ぎていくポーキュパイン。
すれ違いざまに思いっきり足を踏みつけられ、俺は飛び上がってしまった。
来週は掲載をお休みさせていただきます。
次回掲載は2月16日(水)の予定です!