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ナチュライル  作者: 織星伊吹
一章 西暦二〇〇三年 七月
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第三話 今日も少女は恋をする


 こうして俺たちは時間を合わせて三人で秘密基地に集まるようになり、卵の成長をノートに書き記したり、川で洗ったり、自分たちの体温で温めながら、卵の成長を見守った。ときには携帯ゲーム機を持ち寄り、当時社会現象を巻き起こしていたモンスター育成対戦型RPGで、育てていたモンスターの交換や対戦をしながら日々を過ごしていた。


 そんなある日、昼ご飯を食べ終わった俺に、母親が一枚のプリントを渡してきた。

 秘密基地がある広場までたどり着くと、涼介と椎名がツリーハウスの窓から手を振っていた。

 慣れつつあるその光景に俺はふふんと頬が上がる。とても楽しい夏休みだった。


 階段を上り扉を開けると、二人はちゃぶ台で人生ゲームをしていた。日に日に持ち込まれる遊具の数も増えてきて、物量が多くごちゃごちゃとしているが、それでこそ秘密基地だ! というよくわからないこだわりが俺の中にはあった。ちなみに掃除は椎名が率先してやってくれるおかげで綺麗だ。


 俺は早々に二人の間に入り、ショルダーバッグからくしゃくしゃのプリントを取り出した。


「今日、母さんにもらったんだけど明日みんなで行かない?」


「おっ、プールか! いいね、他のやつらも来るかな」


「プール……かぁ」


 椎名は少し思いつめた表情で考え込んだ。


 夏休みに学校で開催される水泳教室だ。そういえば椎名は体育が得意なタイプではなかった。涼介は椎名を眺めてから言った。


「海斗得意だから、赤城に教えてあげればいいじゃん」


「「えぇ!」」


 二人で声を重ねてそう反応する。


「なっ、海斗」


 片目をぱちんとウインクさせる。そんなの少女漫画でしか見たことない気がするが、このときばかりは涼介に感謝すべきだろう。……アーメン。親友よ、ああ、アーメンよ。


「赤城さんがいいなら、いいけど……」


「えー……ほんとにいいのかなぁ、わたし本当に泳げないんだよ?」


 椎名は自信なさげに上目使いで俺を見る。……ああ、それグッと来ます。反則級に可愛い。


「大丈夫! おれに教えさせてよ、ちゃんと泳げるようにさせるよ」


「じゃ、じゃあ……お願いします……」


 頭をぼりぼりと掻く俺と、口元を手で隠す椎名に、涼介は祝福の拍手を送った。


 * * *


 鼻の奥をつんと刺激する塩素っぽい特異な匂いが漂う。

 俺たちは学校指定の黄色い水泳帽と紺色の水着を着て、夏休みの水泳教室にやって来ていた。


「なんで最近お前んちに電話しても留守なんだよー」と、よく連む仲間が群がってくる。


 プール前に並ぶ男子は半ズボン、女子はワンピース型の所謂スクール水着である。俺はしっかりと椎名の水着姿を目に焼き付けたかったが、思った以上に恥ずかしく、仕方なしに隣の涼介を見やった。


「なにそわそわしてんだよー、海斗ぉ~」


「うるさいな、そわそわなんかしてないってば」


 涼介はにやにやしながら楽しそうに俺をからかう。周囲のやつらも俺を小突き始めた。


 しかし、俺は各々がそれぞれの想い人の水着姿を気にしていることを知っている。大半の小学生男子は好きな子の水着姿に注目する。誰にも本心は言わないし、静かに盗み見るだけ。そうやって少年たちは青春の一ページを綴るのだ。


 グループ別けが始まった。二十五メートル泳げる人がA。そこまでいかないが普通に泳げる人がB。THE・金槌はCへ直行だ。俺は元々Aだが、今回はCに手を上げた。


 プールはコースロープで三つに区画され、それぞれのグループに先生がついた。


「青岬君、その……今日はよろしくね」


 椎名が水泳帽から濡れたチョロ毛をはみ出させながら、頭を下げた。


「うん……がんばろう!」


 二人でにこっと笑い、俺たちは水の中へ足を入れる。


「水面に顔つけられる?」と俺。


「うん……だいじょうぶだよ。実は……けっこうこわいけど」


 椎名は俺の前で水面に顔を浸けて十秒――すぐに水面から顔を出してしまう。


「水の中が怖い……なにかが急に出てきそうで、ちっちゃいときからすごく不安なの」


「怖い……か。よし、じゃあ次はね……お、おれと手をつないで水の中で目を開けてみよう」


「ええっ、そんないきなり!?」


 その反応は俺と手を繋ぐことに対してなのか、水の中で目を開けることなのか。


「きっとだいじょうぶだよ、やってみようよ!」


「…………うん」


 俺は椎名の白い手を握り、せーので胸いっぱいに息を吸い込み、水に浸かって目を開ける。すると目前の椎名が口から大量の気泡が放出する。水面から顔を出すと椎名が大笑いした。


「青岬くん、なに今の!」


「変顔」


「もう……笑っちゃってそれどころじゃなかったよ……ふふっ」


「どう? 不安な感じちょっとはマシになった?」


「あ……ホントだ。あんまり怖くないかも」


「今度は一人で水に顔つけてみなよ」


「うん……」


 そして数十秒後、椎名が水面に上がってくる。


「すごい……ぜんぜんこわくなかった。ふつうに水の中で目あけれる!」


「きっと泳げない人って水がこわいだけだと思うから。笑わせたらだいじょうぶかなって思って。やってみた」


 椎名はぽかんとした顔で俺を見つめてくる――そして次の瞬間、ぎゅっと抱きついてきた。


「青岬くんすごい……ありがとうっ!」


「……わ、おっ……」


 どういう顔をしていいかわからず、引きつったまま石化状態の俺である。


 椎名はしばらくしてから、はっとした表情で頬を赤らめて俺を無慈悲にも突き飛ばす。


「あっ……ごめんね、青岬くん!」


「いや、いいって、ぜんぜん……だいじょうぶだよ」


「なにー? 椎名ちゃん水に顔をつけられるようになったのー? あー、青岬くんかー」


「海斗が教えてるのかー、おれたちにも教えてよ、今年中には泳げるようになりたいんだ」


 Cグループのみんながわらわらと群がり、俺たちを囲んだ。


「いや、特に大したことは……」


「そー言ってないでさー、教えてくれよ」「あっ、ずるーい! 海斗くんわたしにも!」


 期待の表情に圧されつつ、椎名を見ると嬉しそうにっこりと笑っていた。


「んー……わかったよ、じゃあみんなで泳げるようになろう!」


「おー!」Cグループ一致団結。先生を差し置いて俺に水への慣れ方や、泳ぎ方を訊いてくるようになった。俺はその人に合った方法を一緒に模索し提案する。ときには実演したりして。


 やがて――みんなある程度は顔をつけて泳げるようになっていった。これならBグループにいても問題ないはずだ。そこで、俺は涼介のいるAグループに耳を傾けた。


「なによ緑谷、あんたおっそいわねー、ぜんぜん大したことないじゃない」


「んだと、じゃあおれと勝負してみろよ!」


「フン……いやよ」


「はあ!? 今の流れでいやって言うか? 普通」


 頬を膨らませて腕を組むのは黄桜美羽きざくらみう。身体の発育が他の女子生徒よりもよく、スレンダーだが胸だけ膨らんでいる。今は水泳帽を被っているが、肩付近まで伸びたクリーム色のくしゅくしゅしたミディアムヘアがとても特徴的だ。


 彼女とは今でこそ違うクラスだが、俺と涼介は五年生のとき彼女と同じクラスだった。とても元気でなにかと俺たちに突っかかってくるムードメーカー兼トラブルメーカーのような存在だったな、と思い出す。家が金持ちでお嬢様だったはずだ。口調からは活発な印象を受けるが。


「相手になんない相手とはあたしは戦わない主義なのよ、つまんないし」


 こんなことを言っているが、美羽はこれでも――。


「はー、でたでた。お前どうせ泳げないんだろ? だから人前で泳ごうとしないんだろうが! さっさとCに行け! なんでAにいて泳がないんだよ、謎すぎんだろ!」


「うっ……い、いいのよっ! 泳ぎたい気分じゃないんだから!」



「じゃあなんで今日ここにいんだよ!」


「いたいからいるのよ! なんか文句でもあんの!?」


 ――美羽は涼介のことが好きだった。泳げないのにAに行ったのも、涼介と一緒になりたかったからだろう。彼女なりに健気な努力をしている。素直じゃないけど。涼介も涼介で他人の恋路には気が付くのに、自分への想いについては無頓着である。


「どーでもいいけどジャマだからあっち行ってろよ」


「なっ……そ、そんな言い方…………フ、フンっ……もう知らない」


 泣きそうな顔で日陰のベンチまで帰って行く美羽。好きな人に邪魔と言われて傷ついたのだろう。肩を落としてタオルを顔に押し当てていた。可哀想に。



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