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ナチュライル  作者: 織星伊吹
三章 西暦二〇一六年 七月

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終章


 一度は失った人生だ。宇宙を超えた奇跡によって復活した俺は、今度こそかつてからの夢を追いかけ始めた。必死に猛勉強して、幼い頃から好きだったゲーム制作会社に入社することができた。人間努力すればなんとでもなるとはよく言ったものだ。俺は二十六歳になっていた。


 好きなものを仕事にできるというのは本当に面白くて、時間が一瞬で過ぎ去る。限られた時間は費やしたいことにかけるべきだ。だからそのために人は努力を惜しまない。それ事態が実は一番面白いことだって、俺は身をもって感じている。人生は楽しんだ者勝ちだ。


 昼ご飯を買って自分のデスクに戻る途中。人生を謳歌していそうな若者たちがコンビニの前でたむろしていて、ゴミを散らかしたまま立ち去ろうとしている。


「君たち、ゴミ片付けて行きなよ」


「あ? なんだおっさん」


 今を生きるヤングたちにとっては、まだ二十代である俺でさえおっさんに認定されてしまうらしい。世間は世知辛い。


「……いや、散らかすのは構わないけどさ、最後はゴミを片付けろと言ってるんだ」


「知るかよ。行こーぜみんな」


 リーダーらしい金髪が顔を歪めて、仲間たちの元へ向かった。


 俺は自分の昼休みを生け贄に捧げ、やつらが散らかしたゴミを片付けることにした。


 きっとこのゴミ箱に入れた廃棄物も、人類が快適に暮らすためだけに地球で焼却するのだから、結果的にダイオキシンやその他の有害物質を撒き散らして地球を痛めつけることに変わりはない。それの手助けをしている俺だって、地球の環境破壊に手を貸している一人であるかもしれない。しかし、きっとゴミ焼却施設ではできる限り有害な物質を発生させないよう慎重に焼却してくれているはずだ。


 人類が地球で快適に生きていくために、代償として、地球には毒を受け続けてもらうことになる。……だから俺たち人類は自分たちのエゴを叶えつつも地球に優しく生きていくエコな心が必要になってくる。地球と人類、折り合いのつかない両者を尊重しつつ、現状維持を保つ方法が、その心だと思うのだ。


 俺はとっくに終了してしまった昼休みを惜しむこともせず、自分のデスクに戻った。地球と人類のためだ。そのくらいどうってことないさ。


 * * *


 ――俺が部署に配属されてから六ヶ月ほど経った。


 どうやら新人が来るらしい。俺たちの部署はその話で持ちきりだった。

 そしてやって来たスーツ姿の女性に俺は目を奪われた。


 才色兼備の女性は、数多くの男性社員の中から俺に目をくれると、可愛らしく舌をぺろっと出した。


 退社後、目立たない静かな喫茶店に入った。久しぶりに再会した椎名と。


「本当に驚いたよ、なんでまた急に」


「えぇ~……」


 椎名はガクッとして、机に突っ伏すといじけたように俺を睨んできた。



「わ、私……海斗くんと出会ったからゲームとかも好きになったし……それに……」


 俺は無言を貫いた。胸が高鳴っていく。なにが言いたいのか、わからないふりする。


「もうっ…………海斗くんのいじわる、意気地なし、ヘタレ。……私ずっと待ってるのに」


「な、なんの話かな」


 顔が引きつる。二十六にもなって俺は本当に押しが弱い。小学生以下だ。


「小学生のとき、夏休みに入る前のあの日……私、今でも覚えてるよ。本当に嬉しかった。だって私の飼い猫を助けてくれた男の子が私のことを好きって言ってくれたんだもん」


 椎名は遠い昔を思い出すようにくすりと笑った。


「飼い猫?」


「やっぱり覚えてないよね、みゅうちゃん。飼ってた猫。私ね、小学校に入る前から海斗くんのこと知ってたんだよ。幼稚園の年中さんのときだったかな、公園でみゃうちゃんと遊んでたんだけど、大きな木に登って降りられなくなっちゃったの。そしたら私と同じくらいの男の子が木登りしてみゃうちゃんを助けてくれたんだよ。すっごく格好よかった」


 記憶の奥底で眠っていた宝箱を一つ開けてみる。涼介と遊んだ帰り道、大きい木の前でわんわん泣いている少女がいた。あれが椎名だったなんて。


「美羽ちゃんが言ってたよね、恋愛なんてそんなもんなんだよ、きっと。私はね……海斗くんのことが好きで好きでしょうがないの。そんな子供のときの願いが実って……今私たちはここに二人でいられるんだよ、きっと」


「ここって? どこ?」


 俺の間抜け面を見つめて、椎名はくすりと笑った。


「こーこ」


 顔を急接近させてきて、つぶらな瞳をあと数センチのところまで近づけてくる。吸い込まれそうな茶色の瞳は俺を魅了させるには十分すぎる魔力を秘めていた。年齢を重ねてもそれが衰えることはない。


「反らしたらだーめ……海斗くん。見つめ合い対決だよ。先に反らしたほうが勝ったほうの言うことをなんでも一つ聞くの」


 俺の耳が熱されたように赤くなる。椎名の顔が目の前に接近してしまったら、誰だって気をおかしくするだろう。現に、今俺は気が狂いそうだ。数秒? 数分? 時間など忘れた俺は椎名と見つめ合わせていたが、耐えきれず、勝負は俺の負けとなった。なにこの楽しい時間。


「わーい、なにをお願いしちゃおうかなあ~」


 小さくガッツポーズを取った椎名は、小窓に浮かぶ満月を眺めながら訊いてきた。


「海斗くんは、あのときどうして私と海斗くんだけが同じ宇宙に残ったんだと思う?」


 俺は記憶の中に深く刻み込まれた記憶を直ぐに呼び起こした。俺たちナチュの陣の三人と一匹が消えてしまったあのときのことを。


「……元々俺たち二人は同じ宇宙に生きた存在だったから?」


「ふふ、もしそうだったらとってもロマンティックだね。でもたぶん私たちも別の宇宙と干渉して存在していたんだと思うよ。……だからきっと私の愛の力……かなっ」


 恥ずかしげもなく椎名はそんなことを言った。……言った後にちょっと恥ずかしくなったのか、顔を机に密着させてからむっとして、俺を見上げる。


「……ちなみにさ、ナチュに最初にお願いしたのって誰だと思う?」


「……それは俺だよ、確か宿題をやってもらったんだ」


 そう、俺はそんなしょうもないことに七回分の一回の願いを使ってしまったのだ。今ならもうちょっとマシなことに使う自信が俺にはある。地球平和のためとかね、本当さ。


「ふふ、実は私なの。誰よりも先に、ナチュをナチュと認識する前にお願いをしたのは」


 俺は記憶を掘り返した。そんな場面あっただろうか――。


「あっ」


「ふふ、気づいた?」


 “ナチュをナチュと認識する前”つまり――。


「まだ卵のとき。俺と椎名が裏山で会う前に椎名は卵の状態のナチュにお願いしたんだね」


 これで合点がいった。なぜ七回目の願いが叶えられなかったのか。裏山で椎名と会ったとき、虹色のオーロラを発生させていた理由も。あれこそ卵の状態のナチュが夢を聞き入れて、叶えてくれたときの発光現象だったわけだ。


 しかし、卵のときというと、ナチュのキャパシティ的には小さな願いしか叶えられないはずだ。ゲームで喩えるなら、ナチュは自分のレベル相当の願いしか叶えられないのだから。レベル1で最高位の呪文は唱えられない。


「うん。海斗くんが思う通り私は本当に小さなお願いをしたんだよ。一体なんだと思う?」


 椎名が悪戯な表情を浮かべてくすりと笑った。

 椎名が先ほど言った言葉を思い返してみる。――そんな子供のときの願いが実って……今私たちはここに二人でいられるんだよ、きっと。


 消える前の凉介が言った言葉も蘇る――。お前鈍いからな~、一生わからないかもな。


 夏休み前に好きだった相手に告白され、その先を求めた椎名。そんなもどかしい思いをぎゅっと胸に抱いた少女の純真な小さなお願いとは――。


 俺は少し気恥ずかしくなりつつも、彼女に打ち明けてみた。


 椎名は黙って頬を染め、こくりと頭を縦に振った。


「じゃあ……今ここに二人で一緒にいられるのは椎名のおかげってことか」


「ふふふ、そうだよ。だって私……海斗くんのこと大好きだもん」


 にこっとして、椎名はそんなことを言った。こんなに可愛い生き物がいていいのだろうか。しかも俺のことが好きだと言っている。俺は天にも昇る気持ちだ。恋の灯火が再び燃え上がる。


「……あの……私ね、もしかしたら海斗くんに大人しくて、か弱いイメージとか……持たれてるかもしれないから……言っておくんだけど、海斗くんに関しては……その……けっこー……肉食……かもよ? 好き過ぎて重いって思われちゃうかも……」


「一回死んだ俺のこと生き返らせるくらいだからね、結構かもね」


「あぁ~……やっぱりそう思ってるんだぁ……」


 しゅんと肩を下げた椎名を愛しく思う。


 心の内を素直に打ち明けてきた彼女に俺はふっと笑った。同時に、滾るこの思いをどうにかしなくちゃいけない。それは小学校の俺が持っていたもの。単純で、純粋な美しい想い。


 きっと、椎名もそうなんだ。だからその“願い”は宇宙にも通じた。そして今もずっとその効力を保っている。だから、俺たちのこれからについて、考えていかないと。


 ……女の人はきっといつまでもこう言われたい。おとぎ話のお姫様みたいに、好きな男の人からの言葉をずっと待っているものなんだ。


 ならば、俺はそれに応えたい。


 俺は子供のときに言えなかった想いを、もう一度告白した。


 椎名は顔を綻ばせて――その返答は………………。


 * * *


 いい歳した大人なら大抵の人が若い頃を悔やんだ経験があるだろう。思い出したくもない過去や、取り返しのつかない出来事を経験したことがある人もいるかもしれない。


 若い時代というのはそれだけで気恥ずかしく、あまり人に言えるようなものでもない。


 だが、青臭い若者だからこそ感じる思いの丈、目の前に見える自分たちだけの世界がある。


 幼き子供時代というのは、特に特別な時間だ。長い人生の中でほんの数年間の出来事でしかない。その間に学んだことや、出会った人々は自分自身の性格や行動原理を決定づける重要なファクターになり得ると俺は思っている。



 ……でも断言できる。それはきっと永遠には続かない。



 一見マイナスな印象を与えてしまう言葉かもしれないが、そんなことはない。

 俺は、小学六年生の一夏の間に立ち上げたナチュの陣のメンバーを今でもたまに思い出すし、妻と今でも懐かしみながら話すことがある。


 そこで思い出す記憶というのは、大抵が小学生の頃に遊んだくだらない場面だったりすることが多いのだ。一番古い記憶のはずなのに、いつまでも自分の脳裏に焼き付いて、離れない。



 ――きっと、あの頃のような友達は、もう二度と作れないだろう。



 長い人生の中で、ほんの少し一緒にいただけの友達になぜこうも思いを馳せているのか自分でもよくわからないが、毎日が本当に宝物だった。


 無慈悲に突き付けられた問題を共に乗り越えたり、ときには拗れたこともあった。それら様々な感情がぶつかり合った状況下だったからこそ、ナチュの陣は絆が深まったのだ。


 やがて宇宙全土を巻き込むような壮大な冒険劇に俺たちは巻き込まれた。一九八三年、『宇宙樹』からの『終焉種』を送られた日から、俺たちの宇宙をかけた青春劇は始まっていたのかもしれない。異なる宇宙同士は互いに干渉し合って、五人の少年少女と、一匹を一つの宇宙に集結させたのだ。


 そして、地球の命運をかけた戦いに勝利した俺たちは、本来あるべき形へと戻っていく。



 ――それは永遠だと思っていた友達との別れだった。



 結果として、すべての創造主である『宇宙樹』による管理から俺たちは離されることになった。人類は自由を手に入れたが、これから先、地球は人類の進化に反比例するように苦しんでいくことになる。それはきっと避けられない。


 だからこの地球に住む人類は地球にもっと慈しみを持たないといけない。

 いつか出現するかもしれない、人類よりもっと高度な知的生命体が現れるそのときまで、地球が滅んでしまわないように。――せめて自分だけでも、限りなく地球に優しくいたいと思う。


 ――たまに妻とこんな話をすることがある。


 もしかしたらすべての創造主である『宇宙樹』も、途轍もなく広い空間を持った超次元世界に生えている一片の杉の木に過ぎないのだとしたら、と。


 世界は俺たちの頭の中で無限に広がり続ける。きっとそこに終わりはない。

 俺たちの中で世界は息をし続ける、永遠に。


 妻のお腹の中にいる子供に、俺はこのことを聞かせてやりたいと思う。

 子供たちも俺と妻が体験したような大冒険に繰り出すことだろう。


 どんな危険がそこに潜んでいようとも、きっと俺は止めない。それが彼ないし彼女にとっての大切な青春の一ページとして、永遠に心の中に残ることを望んでいるからだ。


 ――あいつらに今でも無性に会いたくなることがときたまやってくる。

 ……だが、その程度で留めておくのがきっといい。そう思える距離感のまま、たくさんの語りきれない思い出話を宝箱の中にしまっておく。


 俺にはやっと手に入れた大切な存在がいるから。過去ばかり向いてはいられない。未来について、俺たちの子供たちの人生について考えていかないといけない。

 だからたまにでいいんだ。宝箱を開けるのは。


 十年後や二十年後に開けてみて、今日みたいに思い出に浸りながらこうして筆をとるのだ。その頃には住んでいる家も変わっているかもしれないし、職業や家族構成なんかも変わっているかもしれない。世界は変わり続ける。



 ――それでも変わらないものがある。



 ――五人の少年少女と一匹、二人の大人による不思議な夏の想い出。



 ――それは俺たちの心の中でいつまでも生き続ける。宇宙を揺るがすあの夏の大冒険。




 ――どうだ、みんな……別の宇宙でも元気でやってるか? 俺は元気でやってるよ。



                         ナチュの陣 リーダー 青岬 海斗

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