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ナチュライル  作者: 織星伊吹
三章 西暦二〇一六年 七月

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第二十七話 十年間の死亡期間


 俺は中学卒業後、地元の工業高校に入学した。母親がそうしろと言ったからだ。

 俺にも夢はあったが、すぐに諦めた。目指したところでなれるわけがない。俺はそう決めつけて、足を踏み出すこともなく社会の荒波にただ呑まれていくだけだった。


 夢を追うことで安定した生活が望めるとは限らない。むしろ、行き先不安定になりやすいのは、夢を追い続けて叶わなかった人だ。そんな人たちと比較すると俺は安定した道を進んでいるということになる。


 俺は人生で一度きりの高校生活を適当に過ごし、進学せず就職活動に励んだ。就職率一〇〇パーセントを謳うだけのことはあり、ざっと二千を超える求人が学校には押し寄せてきた。特にしたいことも目指しているものもない俺は、目に留まった有名企業の求人紙を手に取った。


 就職氷河期と言われる現代で、俺は大した苦労をすることなく内定をもらってしまった。勉学が苦手な俺は下手な三流大学に進学するよりも工業高校で国家資格をいくつか取ったうえで技術系の仕事に進んだが、どうやらうまくいったらしい。


 十八歳で社会に飛び出すことになった俺は情報通信企業の設計部に配属され、新入社員として真面目に働いた。高卒の社員は極端に少なかったが、まだ未成年の俺を親ほどの年代の先輩社員たちは面白おかしく可愛がってくれるのは単純に嬉しかったし、汗水流して社会に貢献しているんだと思うとそれはそれでやりがいを感じていた。


 大学に進学した級友たちが合コンやサークルに明け暮れている間に、俺は毎日深夜まで業務をこなし、休日も惜しみなく出勤していた。


 毎晩夜中まで残業をしては、帰宅し寝るだけの生活。――そして思った。

 ――社会の歯車に取り込まれている。

 日々増えていくだけの預金通帳の数字。時間経過のスピードは学生生活と比べると圧倒的に早くなっていて、気がつけば入社してから五年の月日が流れていた。

 二〇一六年の夏、二十三歳となった俺は、リーマン生活にすっかり順応しきっていた。


 満員電車に揺られながら汗だくで出社し、PCの電源を入れる。朝礼までの時間は少しでも睡眠時間を稼ぐため、目を瞑る。二〇秒くらいで朝礼を終わらせる上司を尻目に席に着き、作業途中の資料を無感情に取る。隣に座る五つ上の先輩と談笑をしながら俺はモニターに映る設計図面とにらめっこし、キーボードとマウスを手際よく動かすのだ。


 ――面白いだろうか、こんな人生。

 こんなものが、俺のなりたかったものなんだろうか。だが、これは俺が選んだ人生だ。こうやってパソコンを睨んでいるだけの人生を自分で選択したんじゃなかったのか。


 そもそも、俺はなにになりたかったんだ。なにがしたかった。なぜ俺はそれになってない。


 しかし答えは簡単だ。やりもしないで諦めたから、こんなことになっている。


 ――俺は夢を見ていた。きっと生きていたらこんな人生を送っていたのだろう。


 俺は一体いつまでここにいるのだろう。一体どのくらい時間が経過した? 数年? 数十年? 時間の感覚がまったく掴めない。時間という概念がここには存在しない。さっきまでみていた夢がずっと昔に見た夢のような気もするし、ほんの数秒前の出来事だったような気さえする。


 そんな俺の認識が、覚醒し始めたのは本当に唐突なことだった――。



 ――徐々に、視界がはっきりとしていく。脳が視覚的な情報を捉え始めたのだ。


 俺は自分の肉体が存在することに気がついた。肌色の身体が視界の端に写っている。少しの肌寒さを感じた――なぜか俺は全裸だった。身体に触れてみると体温を感じる。無性に懐かしく、リアルな夢だった。


「きゃああああ!」


 女性が突然悲鳴を上げる。周囲の人間がぞろぞろと集まり、警察だなんだと騒ぎ立てる。


 ……どうもなにかおかしい。夢なのになぜこんなにリアルなのか。俺は死んだはずだ。


 ――突然、頭痛がした。大量の塊を無理矢理頭にねじ込まれているかのよう。自分の脳がデータ化した気さえする。俺は外部からの情報の塊を受信し続けた。


 今まで俺は確かに死んでいた。だが――今は生きている。この実体化した身体がそれを物語っている。では、死後から、今のこのときまで一体なにがあったというのか、その空白の記憶を補完するように、俺は情報の波に呑まれていった――。


 * * *


 俺が絶命したスクランブル交差点でナチュは捕獲された。

 自衛隊員十二名が負傷、男子中学生一名が死亡したこの事件は、すぐさま世界的に取り上げられることになり、大きな問題へと発展していった。


 謎の生物を殺害すべきだと、世界各国がデモ活動を行うなか、未知の生命体ナチュを生物学的に解明する必要があると、才ある生物学者たちが断固反対した。


 そんな中、恭一郎先生と唯香さんは、ナチュが死ねば地球は滅亡すると世間に公表した。中継カメラの前で唯香さんは正体を晒したのだ。


 自分は地球外生命体であるということ。すべての創造主である『宇宙樹』からの「種」であり、地球には自分やナチュのような地球外生命体で溢れている現状を説明した。これに世界は驚愕し、新たな議論がなされることになった。恭一郎先生と唯香さんを今世紀始まって以来のペテン師だと批難する声は絶えなかったが、地球を存続させるため、我々は一丸とならなければいけないと、恭一郎先生は全世界に叫んだ。


 人類の観測史上最大の厄災は冷めることなく議論が交わされ、七年の月日が経った。


 自衛隊、日本警察、特殊部隊SATなど日本を中心に米軍、NASA、各国の特殊部隊、さらに世界を代表する博物学者、生物学者、宇宙物理学者、世界を代表するエキスパートたちからなる新たなる特殊機関が設立されることになった。


『地球外生命体対策機関』“Extraterrestrial life Countermeasure Agency”略称“ETCA”。 地球外から飛来した生命体に対しての防衛、殲滅、捕獲、解析、研究、管理を主な目的とし、ナチュの発見国である日本がブレインとなった。“ETCA”の立案者となった恭一郎先生と唯香さんは、地球の命運について世界にこう公表した。


「あと一年もしないうちに地球が存続するか、滅亡するか決まるだろう」


 数百年前の予言者のような言葉だが、人々の反応は様々だった。地球と意思をリンクできる唯香さんの予言のもと、“ETCA”は水面下でとある計画を進めていた。


 ナチュの陣と恭一郎先生、唯香さんはこの計画に深く関わり、約三年ほどかけて“ETCA”の協力を得て実行することとなったわけである。


 その名も――『青岬海斗復活計画』


 つい失笑してしまいそうなネーミングセンスなのだが、一体誰がつけた? まさか内閣総理大臣とは言わないだろうな。シリアスな顔で議論され続ける天界の俺の身にもなってほしい。


 では、どうやって俺は蘇ったのか。“ETCA”の宇宙物理学者の椎名が説明してくれるらしい。



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