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ナチュライル  作者: 織星伊吹
二章 西暦二〇〇六年 七月

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第二十三話 世界の成り立ちかた


「すみません驚かせちゃいましたね。無理もないです、突然こんな姿見せられれば……えへへ」


 唯香さんは苦く笑い、細い指で頬を掻いた。


「唯香お姉ちゃんが……ナチュと同じ?」

「一体なにが……どうなってんのよ……」


 椎名と美羽が目を見開いたまま身体を固める。


「私やナチュのことを説明する前に、話さなくちゃいけないことがあります」


「聞きます。唯香さん」


 俺はその場に腰を下ろして、話を聞く体勢に切り替えた。


「ちょっと海斗あんた本気で言ってんの?」


 混乱した美羽が訊ねてくる。


「今までだって……色々あったろ。俺は唯香さんやナチュのこと、もっと知りたいんだ」


「……海斗に賛成。今は一つでも情報を得ることがすべてにおいての近道になる」


 空が俺の隣に座ると、ニヒルな笑みを浮かべた。


「私も! 気になるから! 唯香お姉ちゃんとナチュのこと」


 椎名もその場にぺたんと座る。


「あ~もう、わかったわよ! 聞けばいいんでしょ!」


 美羽が髪の毛を掻き乱しながら言う。


「……涼介も聞こうぜ」


 俺は棒立ちの涼介に声をかけた。妙な喋りにくさはもうなくなっていた。

 涼介は黙って俺たちに近づいて座った。


「じゃあ唯香さん。頼みます」


 俺は唯香さんにみんなの意思を代表して伝えた。彼女はみんなの顔を見渡してからゆっくりと口を開いた――。


「キャンプに行ったときのことを覚えていますか、あのとき宇宙はどうしてできたのかって話をしましたね。私は今から約一三八億年前に宇宙が誕生したと言った人に、この星でたった一人、異を唱えることができる存在。この宇宙の理を理解しているたった一人の人間なんです」


 のっけから頭がねじれ切れそうだが、唯香さんは俺たち人間が今まで語ってきた宇宙創世の真実を知っているということだ。

 唯香さんは俺たちにおとぎ話を聞かせる母親のような口調で続けた。


「この地球を出ると、みんなが宇宙と呼称する空間に出ます。宇宙と言っても、今私たちがいる地球は、全体から見ると小さな太陽系の軌道の中の点なんです。この太陽系を抜けると、さらに大きな銀河に出ます。こうしてマトリョーシカのように多重構造になっているんです」


 三年前、俺たちは宇宙は自然数で表せないほどとにかく馬鹿デカいということを知った。


「そのマトリョーシカのような宇宙の一番端を突き破って外に出ると、なにがあるのか、簡単に言うと大きな木があるんです。本当に大きな大樹が。それが【宇宙樹ユグドラシル】。厳密に言うとあなたたちが日頃目にする“木”ではないんですけど、わかりやすく受け取ってもらうために、そうイメージしてもらったほうがいいです」


 ユグドラシル……ゲームでよくその名前を聞いたことがあった。神話が由来だったはずだ。


「『宇宙樹』はかつて、時間も空間も物質もエネルギーもなかった、“無”にすべてを超越した絶対的存在として、“無”より前から存在していました。“無”を認識する「認識」という「概念」が『宇宙樹』と考えてください」


 概念ほど便利な言葉もない。俺は妄想を脳内で展開させながら次の言葉を待った。


「あるとき『宇宙樹』自身に突如起きた振動により、途方もないエネルギーが放出されました。そのとき生まれた原始的な重力は『宇宙樹』の持つ粒子を干渉させて一つの「葉」を創った。それが私たちの知っている宇宙。でもそのときはまだ空っぽの「葉」でしかなかったんです。「葉」は『宇宙樹』を中心にして次々に新たな「葉」を創世しました。その「葉」の一つひとつが、時間の流れや、膨大な空間、物質を得ていました。『宇宙樹』は多くの宇宙を創りだしたんです。すべての生命、物質はみんな『宇宙樹』によって生み出されました」


 俺は間違いなく自分の母親から生まれたはずだが、その母はきっと祖母から生まれたはずで――どんどん遡っていくと、すべての親は『宇宙樹』だったということだ。人間も動物も植物も星も宇宙もみな兄弟。


「“オムニバース”ってわかりますか。先生も言ってたと思うんですが――」


 恭一郎先生が宇宙について語ったとき、聞いた気がする。俺たちの前にはホワイトボードが用意されていて、唯香さんがペンを走らせる。


「『宇宙樹』を“オムニバース(すべて)”として定義すると、木の幹に当たります。そしてその幹から延びている木の枝は“マルチバース(多元宇宙)”と定義できて、その先にはたくさんの「葉」が生えていて、その一枚一枚が膨大な質量を持った別々の宇宙ユニバースを構成しています。私たちが存命してるこの宇宙も、その中のたった一枚の「葉」ってことです。この「葉」を顕微鏡で拡大した繊維の一つひとつが「惑星」で、私たちがいる地球はその繊維の中のどこかに存在しているんです……わかりますか?」


 なるほど、わからん。とりあえず果てしない話であることはよくわかった。


「私たちは大樹に生えるとても小さな葉っぱの中の繊維細胞で、その「葉」の一枚一枚は『宇宙樹』から木の枝を伝って養分を貰ったり、他の宇宙と干渉しあったりしているんです。……これでも凄く端折ってるんですけど、『宇宙樹』の概念自体の理解がないあなたたちに一から説明するのは難しいんです。ごめんなさい」


「……えーと、それで唯香さんとナチュは?」


 俺は訊ねた。唯香さんはペンを握って続けた。


「すべての宇宙の創造主である『宇宙樹』は膨大な量の「葉」を創り出したときに大きなエネルギーを消耗して疲弊しました。「葉」の存続をするためには、より大きな栄養が必要なんです。そして、一つひとつの宇宙に『宇宙樹』へ自然エネルギーを送らせるため『ユグドラシルの種』を撒き散らしました。その「種」はそれぞれの宇宙に広がって色々な惑星に衝突。……実はこの地球にも、数十万から数百万の「種」から生まれた生命体が暮らしているんですよ。私もその中の一つです。私を含めた、「種」から生まれた生命体の成長が『宇宙樹』にとっての養分になります。だから私たちが生きていけない自然の恵みのない宇宙は『宇宙樹』にとって不必要な存在となります。……つまり『宇宙樹』の目的は、全宇宙の大自然の繁栄と、次の世代の新しい『宇宙樹』の創世にあります。

 ……すべての宇宙、惑星には『宇宙樹』が定めた順位があって、繁栄の余地がない惑星には『終焉種』が送られます。その『終焉種』から誕生した生命体の成長次第で、送られた惑星の存亡が決まるんです。『終焉種』から生まれた成獣が自然破壊を起こすように成長すれば、その惑星は最終的に破壊され、成獣と共に一つの惑星となって新たな惑星が誕生します。成獣が自然を愛する心を持てば、星は生き続ける。その『終焉種』から産まれたのが……ナチュ」


 ホワイトボードが下手な絵と文字で埋め尽くされると唯香さんはペンを置いた。


「ざっとこんなところです……どうですか。イメージできましたか?」


「あの……ということは私たちの地球は『宇宙樹』さんに不必要って思われたってことですか? 壊れちゃう? 地球がなくなったら私たちは……」


 椎名が自信なさげに発言した。地球滅亡説は今まで何度も唱えられてきたことだが、一度としてその片鱗を人類が見たことはない。


「残念ですけど……そうなります椎名ちゃん。地球にとって人類は脅威に他ならないんです。地球史を二十四時間で喩えると、人類の生きた時間は真夜中までのたった二十秒間の出来事でしかないんですけど、その類い希な知性から人類は画期的な発明や技術を生み出してきた。それは地球にとってよくないものでもあったんです。一九〇〇年代から作られた“合成樹脂”は生分解されずに数千年先まで残りますし、冷蔵庫や缶スプレーに使われる“フロンガス”は今後もオゾン層を破壊し続けます。他にも世界に四〇〇カ所はある原子力発電所の“放射物廃棄”も今後数万年に渡り有害な放射能を出し続ける。あなたたちにこんなことを言うのは酷かも知れませんが、そうやって人類は凄い早さで地球を蝕み、今も地球を苦しめ続けてるんです」


 俺たちは目の前の突き付けられた悪夢みたいな現実をただ聞いていることしかできなかった。


「……唯香ちゃんは……なんで人間の形をしてるんだ」ずっと黙っていた涼介が問いかける。


「……私は……今から数百年前にこの地球に「種」としてやってきた『パラサイト』。本来は種から生まれた虫のような姿をしていますが、人間の女性の体内に侵入したことで、人間の赤ちゃんとして産まれてきてしまったんです」


 俺たちは唯香さんに声をかけられずにいた。


「パラサイトとして生きていた時期は、人間並の知能を持っていましたが、感情は一切なかったので、なぜこの宿主に寄生をしようと思ったのか、今となっては私にもわかりません」


 唯香さんは悲しげに眉を下げた。彼女の髪の一本一本が触手のように蠢いている。


「……気持ち悪いですか? 嫌いになりましたか? え、えへ……なんか言ってほしいです」


 唯香さんは声を震わせながら拳をぎゅっと握る。


「…………唯香お姉ちゃんは……あたしたちのことが憎いの?」


 精一杯勇気を出した美羽が不安そうな表情で唯香さんに訪ねた。


「そんな! 私はみんなのことが大好きです」


「じゃあ……なんで黙ってたの。きっとナチュの不思議な力についても唯香はなにか知ってるんでしょ。どうしてなにも言わなかったの……そしたら涼介の親だって」


 空は今までで一番感情的な顔で唯香さんに訊ねた。


「それは……あなたたちがこの地球上において極めて特殊な存在だからです。私が変な接触をすることであなたたちの波長を狂わせてはいけないと思ったんです。でも、今のままでもいけないんです。あなたたちの波長は日々弱まっています。だから今日告白させてもらいました。このまま消滅してしまえば、結果的にこの地球の終焉を意味しますから。理由についてはごめんなさい。なにも言えません。……でも、きっとあなたたちは自ずと気づくと思います。そのときまで待っていてください」


 唯香さんは申し訳なさそうに唇を噛みしめた。


「……地球に呆れた『宇宙樹』が、最終決断を地球に決めさせるために『終焉種』を送ってきた。それは三年前に俺たちが拾った卵で、ナチュはそこから産まれた。じゃあナチュの成長次第で地球の存亡が決まるっていうのは具体的にどういうことなんです? 今後ナチュや俺たち、それにこの世界は一体どうなってしまうんですか」


 俺は混乱している頭をできる限り整理しながら、これからすべきことについて聞いた。


「ナチュはあなたたち五人の願いに応じて成長していきます。その願いの内容、規模に応じてナチュは大きく三タイプに別れるんです。その結果によって地球の存亡が決まります」


 俺は小学校で流行った育成型キーチェーンゲームを思い出していた。確かそのゲームにも三タイプほど属性が存在していた。たしかワクチン・データ・ウイルスだ。


 唯香さんはホワイトボードをひっくり返すと新しい文字を次々と記入していく。


「ナチュの生態に関しては私からも説明しよう。この三年間でわかったことがある。今唯香くんが記入してくれているのは私たちで考えたものだ。唯香くんが『宇宙樹』と意思を一部共有させているから得られた情報もあるがね」


 端に佇んでいた恭一郎先生が語る。そして俺たちはナチュについて改めて知ることになった。



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