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ナチュライル  作者: 織星伊吹
一章 西暦二〇〇三年 七月

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第十話 森ガールな山賊


「ここ」


 俺と美羽と空が小道に入り、木の枝でできた鳥かごの中に入っていた。鳥かごの中央にはクレーターのようなへこみがある。元々はここに卵が置いてあったらしい。……気のせいかもしれないが、あのときよりへこみの深さが浅くなっている気がする。涼介と椎名は一度見たことがあるため、外で待機中だった。


「へー……このへこみに卵が置いてあったわけね」


 美羽は名探偵めいた表情でへこみ部分に手を触れる。


「ふむ、普通ね……」


「ナチュをそこに置いてみたら」と空。


 俺はナップサックからナチュを取り出してへこみに置いてみた。


「みゅう?」


「…………なにも起こらないわね」


 RPGでなんでもないところを「しらべる」コマンドでもしてるようだった。


「ん~、ますますわかんないわ! もっとわかりやすい感じにしてほしいわねっ」


「実は卵はジュラ紀に埋められたタイムカプセルで、長い月日を経て地上に現れた、とか?」


 俺はなんとなく思いついた妄想を美羽に言ってみた。半分冗談のつもりだった。


「そう! まさにそーいうのがいいわ! てゆーかそれがいい」


「いやいや、誰が埋めるんだよ……恐竜がやるの?」と俺は手で顔を覆った。


「でも……今海斗が言ったことがぜったい違うとも言い切れない。決定的証拠があるわけでもないんだから。……もしかしたら本当にそうかもしれない」


 空が髪を払いながら言う。


「ん~まあ、案の一つとして考えとこう。……それよりおれはなんでここが鳥かごみたいなになってるのかすごい気になってる。まるで卵を守るようにして作られた風に見えない?」


「確かに……でも綺麗よね~、ここ。だれが作ったのかしらね」


「人工? それとも天然?」


 空がまた唸った。おれたちは特に収穫もないまま小道を戻った。


「おー、どうだった? なんかわかった?」と涼介。


「いや、全然……」


 俺たちはそのまま卵の発見現場を引き返し、ナチュに関する秘密がこの裏山に潜んでいるかもしれないと考え、付近をしばらく歩き回った。


 緑豊かな自然を感じながら、俺はあることを思い出していた。隣を歩く椎名に訊ねる。


「そういえば……今から二十年くらい前、裏山に虹色の隕石が降って来たって話知ってる?」


「あー……聞いたことあるー。でもぶつかったときの証拠もなくてなにか色々謎があるって」


「そうそう、それ。その隕石さ、この裏山のどこらへんに降って来たんだろうね」


「裏山の頂上って噂で聞いたことがある」


 背後を歩いていた空がそう呟いた。


「……てっぺんか。よし、ちょっとそこに行ってみようよ……なにかあるかもしれないよ」


「おい海斗まじかよ、この裏山すごい広さって話だぞ」


 前を歩く涼介が振り返った。


「ナチュの陣はこんなところでめげたりしないの! ほら、さっさかリーダーに従う!」


 俺はみんなの指揮を取り、裏山の天頂を目指した。


 * * *


 一時間ほど歩いた。喉も渇いてお腹も空いてきた午後三時頃、人気のない森の中に俺たちはとても古い家を発見した。こんな辺鄙な山奥に家があるなんてきっと山賊の住処だと勝手に決め付けて俺たちは冒険気分を味わっていた。


「おい……どーすんだよ、まじで山賊かもしれないぞ、武器なんて持ってないぜ」


「山賊って言っても考えなしに人を襲ったりはしないと思うよ。きっとわかり合えるはず」


 十メートルくらい離れた茂みから俺たちは古い家を確認する。


「ええ、怖いよう……」


 椎名が怯えた声で俺の服の袖を掴んだ。これが吊り橋効果と言うやつだろうか! と当時の俺は興奮していたが、その気持ちもすぐに壊された。


「だいじょうぶ……椎名は怯えなくていい」


「空くん、ありがと」


 空が椎名にやけに優しく喋りかけるのが俺は少し面白くなかった。おまけにこいつときたら、気がつくと椎名を美しいものを愛でるような目で見つめているのだ。それは俺も同じかもしれないが……そんなことを考えていた俺の背後から――女の声がした。


「……あなたたちは、こんなところでなにをしてるのですか?」


「うわああああ山賊だああ!」


 間抜けな声を上げたのは涼介だった。その叫び声に驚いて俺たちも次々に尻もちをついた。


「山賊……? あ、それ私のことです?」


 目の前の綺麗な女性は細い人差し指を豊満な胸に当てて、ふふふと微笑んだ。とても穏やかな声で、涼しそうな木漏れ日の中に佇んでいる。


 その場にいる誰もが目を奪われる――女性らしい柔らかな体つきも、ふわふわのキャラメル色のロングヘアも、柔和なその表情も目の下のセクシーな星型の泣きぼくろも。すべてが彼女を構成するのに必要不可欠な要素だった。後に流行する『森ガール』を連想させる出で立ちだ。


「……あ、す、すいません。人違いっ、で……」


「ふふふ。いえいえ、気にしてないです。それより…………可愛いぬいぐるみですね」


「あっ!」


 背中には首を露出させたナチュ。人気がないから油断していた。


「あーこれはー、この前買ったばかりで、とっても気に入ってるんです! あはは」


「…………ふぅん。……それで、あなたたちたちはここでなにを?」


 ギクっとする。


「おれたち夏休みの自由研究でここに来たんだ! なんか凄い生き物とかいないかなーって」


「実はこの辺にあたしのパパの会社があるのよ、確か。だからお散歩ってわけ」


「えっと……わたしはどんぐりを拾いに~」


「……バンドの練習」


 次から次へと変なフォローを入れんでいい。余計に怪しまれるだけだ。


 女性はうさんくさい俺たちを順番に見つめてから、くすりと笑った。


「……あの、冷たいお飲み物とおやつでもどうですか。あなたたちが見ていたのは私の先生が住んでいるお家なんです。この辺に人が来るなんて滅多にないから先生も喜びます」


 女性は踵を返し、古い家への坂道を上っていく。


「あっ、ごめんなさい~名前も言ってなかったですね。私は橙永唯香とうとゆいかと言います。ふふふ、あなたたちよりもずっとお姉さん、大学生ですよ」


 振り返りざまに頭をぺこりとさせる。とてもおっとりした性格の綺麗な女子大生だった。この家の先生の下で論文提出のための勉強をさせてもらっているという。


 こうして俺たちは山賊の家と決め込んだ古い家へお邪魔することになったのだ。



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