直くんの葛藤と癒やし
社会人生活二日目。
俺はずっとモヤモヤして落ち着かない。
〝CEOの弟として注目を集めていること〟
〝高田さんが百子を好きということ〟
それと…なんだか兄貴に対してモヤモヤする。
それを表す言葉が見つからなくて、落ち着かない。
昼休みが終わって、午後からの仕事中に百子が呼ばれた。
高田さんに。
〝奪う〟昨日の言葉が忘れられない。
二人で外に行く事が気になって仕方ない。
行くな、と思ってしまう。…仕事なのに。
戻って来た百子は高田さんと打ち解けたようだ。楽しそうに百子が笑っていた。…百子が高田さんで、笑っていた。
百子は社交的だ。元から。
こうして、他の新入社員ともすぐに打ち解ける。仲良くなれる。
昨日から百子に助けられてばっかりだ。社交の面でも。
俺は全く成長していない。
人付き合いが嫌いだった百子と付き合う前の自分と。
なんとか自分に仕事だと言い聞かせたけど、気になって仕方なかった。二人で何を話していたのか、とか。
…俺は心が狭い。
俺はと言うと、
「あ、君がCEOの弟?こんにちはー!」
「はじめまして。宜しくお願いします。」
もう今日だけで何人に同じ言葉を言ったんだろうか。
俺はさながら見世物パンダだ。
〝バックにお兄ちゃんがいるんだぜ。当たり前の対価だろ。こっちは注目されてるんだら。〟
俺は貴みたいに生きられない。
注目を浴びるのはある程度予想はしていた。だけど、こんなにもとは…
✽✽✽
「直くんお茶でもして帰ろうよ!」
就業時間が終わって、百子が俺に笑顔で声をかける。
(…かわいい。)
俺の今の唯一の癒やしで、拠り所だ。
「平日はまっすぐ帰らないと。」
かわいい百子のためだから。
「直くん、気にしなくっていいって!あんなの嫌がらせだよ!」
「約束した以上は守らないと。」
俺もお父様からの信頼を得たい。
「いいって!大丈夫だよ。パパだって仕事で遅いんだから、バレないよ!ママには口裏を合わせてもらうから!」
え…、
「直くん?」
〝愛梨ちゃんは信頼の置ける良い子だ〟
松本さん相手だったら百子は嘘をつかなくてもいい。
それなのに…
俺が相手だと、百子は親に嘘をつかないといけない。
その状況が悔しい。松本さんが羨ましい。…松本さんにすら嫉妬する。俺は本当に心が狭い。
「ご、ごめんね?」
百子が俺に何度も謝る。百子に気を使わせて、謝らせて…
…ダメだ。心がグチャグチャだ。
心が狭い俺は本当は色々と口に出したい。
高田さんと何を話したのか、何か言われていないか、出来るだけ距離を取ってほしい。…二人だけで出かけないでほしい。
ダメだ。たとえここが会社じゃなくても、そんな事は言えない。もどかしい。確かめたい。だけど…帰らないと。
俺がお父様との信頼関係を築けていないだけだから。
「心にため込むくらいなら言ってよ。私、直くんになんでも言ってもらえる存在になりたい。」
…俺も百子と付き合い始めて、どうしていいか分からなかった時にそう思った。同じ気持ちが…嬉しい。
俺の事を思ってくれる百子が愛しい。絶対に取られたくない。
「うん…ありがとう…。」
百子を好きになりすぎて、もう、百子無しでは生きられないから。高田さんにも…誰にも、取られたくない。
「ママがね、門限が18時だから直くんと一緒に帰って来て、うちでご飯食べたらいいって!そうしよう!」
百子が思いついたように提案する。やっぱり百子はいつも唐突に話す。…そこも、かわいい。愛しい。
(…お母様には嫌われていないようだ。ありがたい。)
「ありがとう。いきなりは迷惑だから、また今度。百子も今日は帰ろう。」
お母ようには嫌われていない。少し、気分が浮上した。
百子のお父さんの事も、仕事も、高田さんの事も…
まだまだ頑張らないと。〝CEOの弟〟から脱却しないと。
今日は兄貴は遅くなる。顔を合わせなくて良いことに安堵する。
(今はまだ顔を見れない…)