直くんが頼りにしてる人
車に乗って気づく。この状況、ありえないです。
運転手さんと、助手席に秘書の黒崎さん。後ろにお兄さんと私。
ないないない。新入社員にこんな状況、ないないない。
「ごめんね、職場で声をかけて。」
お兄さん…
「いえ!ありがとうございます!」
送って下さって、声をかけて下さって!
「今はどこの部署?仕事はどう?」
「あ、今は営業部で、今日は外回りに連れて行って頂きました。」
「あー、塚本くんのところね。直くんと一緒か。初日から飲み会だったって聞いたよ。ごめんね。」
何故かお兄さんに謝られる。
(直くんもお兄さんもよく謝るなぁ。)
「いえ!楽しかったので!」
「…そう?なら良かった。…研修で外回りか。足は大丈夫?ヒールで歩くの大変でしょう?」
ん?なんか今〝間〟があったかな?
それにしても、女子のヒール事情を知ってるお兄さんはジェントルマンだ。
「はい。馴染みの会社一か所だけでしたので!」
「…そっか。」
ん?研修で外回りって普通行かないのかな?
あ、そうだ。直くん!私じゃ力にならないけどお兄さんなら!
「…CEO、お話中失礼致します。」
おっと、黒崎さんがお兄さんに声をかける。
「何?」
「例の件…先方が動いたと、知らせが入っております。」
「なら、こっちも進めるしかないな。」
!なんかゾクッとした。急にお兄さんを取り巻く空気が変わって…ピリついた…なんて言うか、気軽に話しかけちゃいけない、そんな空気。
「承知致しました。」
「悪いね。後は任せるよ。」
なんか恐い。ドクドクドク…心臓が大きく動き出す。
いつも、穏やかで優しいお兄さんなんだけど……
今、隣にいるのは…私の会社の…トップだ。
直くんの…プライベートの話を今ここでしてはいけない気がする。
「ごめんね、百子さん。急に仕事の話になって。」
さっきの姿が幻想のように…嘘のようにいつものお兄さんに戻る。
「いえ。」
だけど…やっぱり直くんの事は言えそうにない。
いつも優しい直くんと違って、さっきのお兄さんは…恐い。
✽✽✽
「送って頂きありがとうございました。」
結局直くんの事は言えなかった。今も直くんは元気がないはずなのに。
(私って役に立たない。)
「こちらこそ、どういたしまして。明日も頑張ってね。…直くんの事も…、仲良くしてあげてね。」
「はい!もちろん!!」
もちろん仲良くしますとも!
「良かった。百子さんがいるなら安心だね。ありがとう。じゃあまた明日。」
「お、お疲れ様でした!」
やっぱりお兄さんは優しい。直くんのお兄さんだ。
直くんの事、やっぱり相談したら良かった。
きっと、お兄さんなら直くんの悩みに答えられる。頼りになる。直くんを元気にしてあげられる。
(お兄さん、なるべく早く直くんの待つおうちに帰ってあげて下さい。)
…私は頼りにならない。グスン。