八つ当たり
明日も仕事があるからと、一次会でお開きとなった。
足が痛そうな百子をタクシーに乗せて、俺は一人怒りと酔いを冷ますために歩いて帰った。
「直くん、おかえり。」
歩いて帰ったためかなり遅くなった俺を兄貴が出迎える。
(やっぱり起きて待ってたか…)
「ただいま…」
なんか今兄貴と喋りたくない…
「二次会まで行ったの?遅かったね。初日からお疲れ様。疲れたでしょ、お水飲む?」
兄貴は甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。
家では見慣れた風景だ。だから、これが当たり前だと思ってた。会社での兄貴を知らなかったから。
「お風呂入る?あ、お酒飲んでるのか…シャワーだけにしようか。」
兄貴はこんな事をする立場の人間じゃない。
この俺の今の気持ちをどう表現したらいいのか分からない。
「直くん?大丈夫?初日から飲み会とかダメだよね。塚本くんは良いかもしれないけどさー。コンプライアンス遵守って塚本くんに言っておかないと。」
だから、そのせいで、俺が!!
「あれ?直くん手どうしたの?赤くなってるよ!」
そして俺の兄貴は目ざとい。さっき握りしめすぎて所々赤くなった手を見られた。
「なんでも無いよ。」
かなり、冷たい言い方をする。
〝CEOに告げ口する気か?〟高田さんの言葉が引っかかる。
「…塚本部長にそんな事絶対言うなよ。」
兄貴に命令口調。最低だ。俺は。
「あー、うん。言わないよ。ごめんね直くん。」
空気を察して兄貴が謝る。
兄貴は謝る立場に無い。
兄貴は会社のトップで、俺は新人。今、立場が真逆だ。
そんな事があってはならない…
「兄貴、家で無理してんの?」
「え?」
ダメだ。止まらない。
「お酒強いのに無理して家で飲まないの?」
「…仕事だから飲むだけだよ。TPO。」
「家だと俺と貴将みたいな子供がいるから飲まないの?」
「…そんなにお兄ちゃんがお酒飲むのが嫌だったの?」
「…っ!」
我に帰り急に恥ずかしくなった。
そんな事が聞きたかった訳じゃない。それを遠回しに兄貴に指摘された。
俺は子供っぽい。
「直くんを見かけた直属の部下から聞いたよ。ごめんね。お兄ちゃんの配慮が足りなかったから、直くんに迷惑かけたね。」
直属の部下?塚本部長じゃなくて?いつ?どこで?
それはたまたま?それとも兄貴の指示で?
(なんか…)
この気持ちをどう表現したらいいか分からない。
悔しい?情けない?悲しい?…
「直くん、お酒飲んでるんだから。今日はもうお水飲んで、シャワー浴びて寝よう。もう夜も遅いし、明日も仕事だよ。」
酔っ払いの俺が兄貴に絡んでると思われてるのか?
「はい、直くんお水。」
兄貴が水を持って来て俺に渡す。
(だから、だから…!)
「ッ…!」
兄貴から奪うようにコップを取り、水を一気に飲み干す。そして空になったコップを兄貴に突き返す。
「寝る。」
そう言って、階段を勢い良く上がる。
わざわざ水を持って来てくれたのにお礼も言わない。
コップ位自分で洗うべきだ。
奪って、突き返して…
これが職場なら、立場だけで見たら…許されないことなのに。
「直くん、おやすみ!ゆっくり休んでね!」
ほら、兄貴は怒らないで俺に気を使う。
(こんなの、おかしい。)
家と職場の線引きが出来てないのは俺の方だ…
〝三井くんか。立派な男だ。君じゃない、お兄さんの方だ。〟
分かってる。…俺は自分が情けない。