短編 そのワケを知りたい
〝酔っ払いももちゃん〟の後日談です。
「なぁ、兄貴って怒ることないの?」
俺は物心付いたときから兄貴が怒るというのを見たことがない。たまに貴を叱っていることはあるが、叱るというレベルでもない。
「ないよ!」
「…なんで貴が答えるんだよ。」
「直くん何かあったの?」
兄貴に聞かれる。
「単純な疑問。よく貴と一緒にいて怒らないな、と思って。」
「それは俺がかわいいからだよ!」
「…。仕事で嫌な事もあるだろ?ストレス発散何やってんの?」
「かわいい俺を眺めること!」
「…。だから兄貴に聞いてんだよ。貴は黙って。」
「なんだよー。仲間はずれかよ!俺もいれろー!」
「貴ちゃんも考えて答えてくれたんだもんね?」
「うん!」
「…兄貴いつかハゲるんじゃ…。」
「ワハハ!全力で笑う!」
ダメだ。この家にいて兄貴と二人で会話なんて出来ない。
「直くん、何か怒りたい事があったの?」
怒りたいことがあった訳ではない。逆だ。
〝直くんのばぁーかー〟
酔った百子に言われた言葉だ。
かわいかったのは置いといて、…初めて聞いた。
心に溜め込まず何でも言ってほしいと思っているのに。
普段は言わないのに酔った時に出たってことはずっと心に思っていて、酔った勢いで言ったということ…
俺に対するストレス…ずっと溜め込んでいたんだろうか。
〝爪の垢位しか好きじゃない〟
そう思わせる何かがあったか、ずっとそう思ってきたか。
百子に聞く訳にもいかない。あれはあくまで酒の席だ。
どうしたら、分かってもらえるんだろう。
「直くん、カッとなったときはね。自分の事を考えない事だよ。」
「え?」
「カッとなるってことは、自分の意に反する事があった訳で、その時は自分主体になってるって事だから。」
カッとなった訳ではないけど。
「相手がどうしたいから、それを自分に言ってるんだって考えたら、そんなに怒ることは無いよ。」
兄貴は悟りの境地だ。
相手が…百子がどうしたいから、それを俺に言ってるんだ、か。
百子がどうしたいかが分からないんだけど。
「言われた事の意味をすぐに相手の立場で変換するって難しいけどね。」
「…変換出来ない時はどうしてる?」
「笑ってごまかす。」
…。何でもスマートにやってのける兄貴にしては随分原始的だ。
「そしてその後に、その人を観察して、フォローする。」
「フォロー…。」
俺も百子にフォローしたらいいのか。
「その人がどうして欲しかったのかとか、分かったらそれをしてあげるとか。分からなかったら献身的に尽して、ダメなら諦める。潔さも必要だからね。」
諦めるは出来ないけど、献身的に尽す、は出来そうだ。
「お兄ちゃん本当にそんなことやってんの?ハゲるよ!」
確かに。百子以外にすると考えたら…ハゲそう。
「兄貴ありがとう。」
悟りの境地には行けないけど、百子には献身的に尽したい。
✽✽✽
後日
「百子、俺にしてほしいことない?」
百子がしてほしいことは分からない。聞くしかない。
「え?」
「何か、俺が出来そうなこと…」
「そんな!充分優しくしてもらってるし…」
「そんなことない。足りないはずだ。」
〝ちっとも分かってないんだから。〟
―――もっと、百子に近づきたい。
ももちゃんはもう忘れていそうです。
それなのに真剣に考える直くんが好きです(笑)