楽しいはずが…
「あ~!!直だ!直発見!!」
突如として弟の声が聞こえる。
「貴ちゃん、走ったら危ないよ!」
弟は今日、友達とそのお母さんが一日遊びに連れて行ってくれていた。
まさか出くわすとは。
「あ~!直、女の人連れてる!!このムッツリー!教えろよー!」
窓側の席に座っていた俺達は歩道からでもよく見えたんだろう。貴が走って店内に入って来る。
後を追うように友達親子も入って来た。
「貴、黙って。すみません。貴将の兄です。いつもお世話になっております。今日は遊んで頂きありがとうございます。」
「こんにちは。お邪魔しちゃってごめんなさいね。いいのよ。うちの子もいつもお世話になってて。」
友達のお母さんと…
「こんにちは!」
友達ね。
「貴ちゃんお兄さん二人いたのね。いつももう一人のお兄さんにはお会いしてて、若いのに立派なお兄さんね。」
そう、兄は立派だ。順当に行けば父の後を継いで社長になったはずだ。なのに平社員でも文句言わず仕事をして、俺達の面倒みて、ご近所付き合いやらPTAやら何でも一人でこなしてる。
…何をやってるんだろうか、俺は。
バイトするって言っておきながら、探す事も、兄貴を説得する事もしないで。
今こうして遊ぶお金も兄貴が稼いだお金だ。
兄貴が今も働いているっていうのに…
「ありがとうございます。伝えておきます。」
なんとか声を振り絞る。
「ねーねー、直の彼女?いつから付き合ってんの?直が告ったの?」
貴が本田さんに絡む。
「あっ、えっと…」
本田さんが戸惑いチラリと俺を見る。
(あーあ、あーー、)
頭がグラグラする。
✽✽
「もー!直!もっとゆっくり歩けよ!」
あの後、友達親子にお礼を言い、本田さんに詫びてから貴将を連れて家までの道を歩く。
「もー!直ってば!!」
「…。」
二人になってから俺は一度も喋っていない。
頭の中がグチャグチャだ。
本田さんに返事をしていない。
友達親子に非礼は無かっただろうか。
兄貴が働いているのに、俺だけ遊んでた。
兄貴のお金で。
「もー!直!直!聞いてんのかよ!お兄ちゃんに言いつけるからな!」
「〜〜!!ッ!!あーもう!うるさい!!」
つい、怒鳴りつける様な言い方をした。
「ー〜ッ!ぅっ…うわーん!」
(…やってしまった。)
道端でワンワン泣き出した弟の手を取り、家まで早足で帰る。
こっちが泣きたいのに。