祝福されて一緒になりたい
土曜日。
兄貴と貴将はラグビーに出かけた。大きい試合みたいで貴将から見に来るように言われたけど、そんな気分にはなれない。
今日の夜、兄貴が貴将に伝える。血が繋がっていない、事実を――。
ブラコンの貴将を思うと、とても平常心ではいられない。
兄貴はいつも通りだった。
ずっと、今の俺の恐れにも近い感情を兄貴は抱えてきたんだ。
〝ずっと恐かった〟
…兄貴は俺にとって、スーパーマンだった。小さい時から、兄貴は何でも出来た。兄貴に聞けば何でも解決出来た。
いつも堂々としていて、兄貴に〝恐れ〟や〝恐怖〟みたいな感情は無縁だと思ってた。
いくら俺が兄貴を兄だと思っていても、この前の叔父さんとの感じだと今も職場では兄貴の肩身が狭いはずだ。
今の俺に出来る事、兄貴の為に出来る事は、会社を、家を、継ぐ、という意志を示すことだ。
そしたら兄貴はもう、泥棒扱いを受けなくて済む。叔父さんからあんな仕打ちを受けなくて済む。
その事を、
百子の両親にちゃんと伝えよう。俺は婿にはいけない。
それでも、百子と結婚したい。
百子にプロポーズする権利を与えてもらいたい。
✽✽
「坊っちゃん、お昼ご飯が出来ましたよ。」
キヨさんと共に二人でご飯を食べる。両親が生きていた頃はシェフがいて、キヨさんは作っていなかった。
「キヨさん、料理って難しい?」
両親が亡くなって、30人ほどいた使用人は皆いなくなった。キヨさんの負担は大きいはずだ。
俺は本当に守られていた。手伝いくらいするべきだ。
安全な道を、兄貴やキヨさんに…、人から与えてもらう事が当たり前になっていた。
ちゃんと家事を手伝っていたら、百子との二人で暮らしたいという願いももう少し身近だったかもしれない。
「…直之坊っちゃんは料理がしたいのですか?先日からそのような事を。」
「今までキヨさんに任せきりだった。一人で大変だったよね。気づかなくてごめん。」
「坊っちゃんはもう〜。何を言っているんですか?大変と思った事はありませんよ。」
「でも…」
「それまでの私のお仕事と言えば、お嬢…奥様の話し相手くらいでしたから。」
…。
「結仁坊っちゃんにも心配されましたよ。ご兄弟ですねぇ。」
「…。」
〝ご兄弟ですね〟
…俺は昔から、兄貴と似てると言われると嬉しかった。頭が良くて、優しくて、何でも出来る兄貴と似てると言われると、偉大な兄に近づけた気がして…とても嬉しかった。
「兄貴と血が繋がって無いって。」
「え?」
「兄貴から聞いた。キヨさんも知ってたんだろ?」
やっぱり、今もどこがですがってる。兄貴が兄弟であることを。
「…坊っちゃん、申し訳ありません。」
責めてるわけではない。
「キヨさんにも気を使わせてたんだね。ごめん。」
ただ…否定して欲しかった。
「兄貴はどういう気持ちでずっとここにいたのかな?」
きっと物のように連れて来られたはずだ。あの口調だと。
「…結仁坊っちゃんはそれはそれは大人びたお子様でしたねぇ。」
…。
「五歳でここに来たときはとても痩せておられて…全てを諦めているような目をされていたのが印象的でした。朝は起こしに行く前には起きてお勉強をされて、滅多に口を開くこともありませんでした…。」
俺の知ってる兄貴はいつも穏やかに微笑んでた…口数が少ないと感じた事もなかった。…明るかった。
「ご成長されてからも日本に帰国されるたびに、満点のテストなどを旦那様と奥様に見せていましたね。坊っちゃんはいつも〝私は、お二人の理想の息子になれておりますでしょうか〟と気にしておりました。」
…。
「私もそのままで理想の息子ですよ、とは伝えていたのですが…」
〝帰る家のない人間の気持ちなんか分からないだろ〟
兄貴はずっと頑張って〝理想の息子〟になろうとしてたんだ。
――ここに帰って来れるように。
「俺、兄貴に何が出来るかな?」
兄貴の体験してきた壮絶な出来事は、俺は想像もつかない。
「…結仁坊っちゃんは、直之坊っちゃんと貴将坊っちゃんが幸せに元気で暮らしてくれたら、とても喜ばれると思いますよ。」
それは、俺の両親ありきだ。
〝俺を受け入れてくれた両親が喜んでいたから直くんが産まれて嬉しかった〟
お父さんとお母さんが生きててくれたら…
「近頃はお二人とも成長されて、私と結仁坊っちゃんと二人で家にいる事も多くなりましたので、よくその話をするんです。」
キヨさんが続けた。
「〝自分はずっといつ死んでも惜しくないと思っていましたけど、今は死ねないですね。弟二人を置いて死ねない。…まさかこんな感情を持つ事が出来るとは思ってもいませんでした。直之と貴将のおかげで自分も人間になれた気がします〟…と。」
兄貴の闇はどれほどだったんだろう。
「直之坊っちゃん、いいお兄様をお持ちでいらっしゃいますね。」
〝いい兄ちゃんだな〟塚本部長にも言われた。
「うん…本当に。」
兄貴はいつも俺と貴将を愛おしそうに見つめてくれていた。あの目は偽りじゃない。
俺の兄貴は、世界一だ。