三井家の秘密①
「あっ!お兄ちゃんが帰って来てる!!」
貴将が風呂から出てきた。もうこれ以上は兄貴と話は出来ない。
兄貴には失望した。
俺の将来を勝手に決めて、俺と百子の間に子供が出来る事前提で、しかも数まで決められて、物のように言って。
兄貴が結婚したくないから、俺を利用するんだろ。
「俺、風呂入るわ。」
リビングを出る。兄貴は何も言わない。
兄貴とは話したくない。
早いところ、百子にプロポーズしよう。
プロポーズして、結婚して、まずは百子と二人で暮らしたい。
百子と二人なら、なんだって出来る。やってみせる。
幸せな未来が、――待っている。
✽✽✽
木曜日、仕事が終わり帰路につく。
(帰りたくないけど、俺は悪い事をしていない。堂々としておこう。)
駅に向かって歩く。
「直之くん!」
声をかけられ振り向く。
「叔父さん。」
車の後部座席から顔を出したのはうちの社長。父の弟である俺の叔父さんだった。
「いやー。直之くんがうちの会社で働く事になったなんてなぁ。時間が経つのは早いなぁ。」
叔父さんに誘われて車に乗せてもらう。ついでに食事に誘われて、了承した。
叔父と仲の悪い兄貴に対する当て付けではないが。
「一般の社員と同じ事をしているんだって?」
「はい。分からない事だらけで…」
「大体、前社長の息子、俺の甥の直之くんがなんで平社員なんだ。直之くん、すぐに重役ポストを用意させるから、安心しなさい。」
「いえ、それは…」
俺は自分の実力で頑張りたい。兄貴だってそうだったはずだ。
叔父さんの家に付き、車を降りる。久しぶりにくる。お父さんの実家だ。
父方の両祖父母が亡くなって、両親が亡くなってからは滅多に来ることがなくなった。兄貴と叔父の不仲が原因だけど。
「いただきます。」
叔父の家で食事を頂く。
「直之くんはますます兄さんに似てきたなぁ。」
「兄にもよく言われます。」
「…兄、か。直之くん、不便はないか?うちの子供達も独り暮らしを始めて、家が広く感じてなぁ…何かあったらいつでもうちに来なさい。」
両親が亡くなってから、叔父に会うたびに言われてきた。
そう言ってくれるなら、兄貴を助けてあげてほしい。子供心にずっとそう思っていた。
叔父さんに聞こうかな。
百子と二人で生きていく上で、何がどのくらい必要か。
「叔父さん、俺も独り暮らしをしてみたいんだけど、月にどれくらいかかるかな?何が必要?」
正確には二人だけど。後で×2をすればいいはずだ。
「なんで直之くんが独り暮らしをしないといけないんだ?」
「え?えーっと…俺もそろそろ独り立ちしたくて…」
叔父さんの子供も独り暮らしをしてるのに、俺はだめなのかな?
「あの家は直之くんと貴将くんの家だろう。出ていくのはアイツの方だ。」
「…アイツ?」
「まさか乗っ取られているんじゃないだろうな。直之くん!アイツに、結仁に何か言われたのか?」
結仁とは兄貴の名前だ。なんで叔父さんは兄貴を目の敵にするんだろう。
同じ叔父さんの甥っ子なのに…
「アイツ…あくまで直之くんが独り立ちするまでという約束だったから、家と会社の代表を譲ってやったのに…」
え?
「直之くん、イジメられていないか?ちゃんと飯は食わせてもらっているのか?」
え?
「アイツは…。兄さんのポジションも俺のポジションも家も…全てアイツの手中に…本当に小汚い。アイツは泥棒猫だ。」
な、何が起こってるんだ…。
「直之くん、心配するな。叔父さんがちゃんとアイツから取り返してやるからな。家も、会社も。兄さんの血を引く直之くんが社長になるのは、当然の事だ。叔父さんに任せなさい。」
なんか…その言い方は…
兄貴とお父さんの血が…繋がって無い…みたいな…。