直くんの成長
次の日の朝。
兄貴を見習って朝早く出社する。
(兄貴はもっと早かった。謎だ。)
「おはようございます。」
高田さんはもう出社していた。高田さんと俺の二人きり…
「高田さん早いですね。」
話しかけてみる。自分から話しかけるというのは勇気のいる行動だ。
「お子ちゃまと違って、することが山ほどあるの。」
「…ありがとうございます。勉強になります。」
兄貴に言われた通り、ありがとうで切り返す。
…鍛錬と訓練だ。
「…。」
うん、確かに清々しい。高田さんが驚いて黙った。
「高田さん、先日はありがとうございました。」
「…何が。」
「良い女性がいたら奪うって。高田さんに言われて自分を磨こうと思えました。…奪われないように。」
歓迎会の件もありがとうで切り替えしてみよう。
「バカにしてんの?」
あ、失敗。
「…営業の基本を教えて頂きました。ありがとうございました。」
もう一度チャレンジする。へこたれてはいけない。
「…。」
あ、黙った。
兄貴はこうやって下積みを経験したから、下の人間の気持ちも分かるんだろうな。
だから、部下から慕われる。
いきなりジャンプアップは出来ない。コツコツ粘り強く。
焦ったら駄目だ。
就業時間が始まって、いつも通り仕事をしていく。まだ研修期間で誰でも出来る雑用しかしていない。
だけど、清々しい。
夢があるから。
働いて、稼いで、お父様に認めてもらって、
いつか…いつか、百子と二人で生きていきたい。
…それはまだまだ先だろうけど。
〝夢があると仕事は楽しいよ〟うん。今、仕事は楽しい。
✽✽✽
「直くん、シャンプー三回したからね!」
昼休みの社食。ニコニコと笑顔を俺に向けて喋る百子がかわいい。
「ワガママ聞いてくれてありがとう。」
なんかありがとうが口癖になってるような…
「あれ?珍しい〜!直くんいっつもここで謝るのに!」
「…そう?」
言われてみれば確かに。
「〝ごめん〟より〝ありがとう〟の方が嬉しい!」
「そっか。」
確かに。百子に謝られる事を想像すると胸が苦しい。ありがとうって言われた方が安心する。
「百子、ほら。ご飯半分あげる。」
お米が大好きな彼女はご飯の減りが早い。
「わーい!ありがとう直くん!」
もりもりとご飯を頬張る百子がかわいい。かなり微々たる事だけど、俺がしてあげた事で百子が喜んでくれる事が嬉しい。
(…かわいいなぁ。)
百子と同じ会社で良かった。かっこ悪い所を見られるかもと思って最初は嫌だったけど。それ以上に一緒にいられる時間があって嬉しい。
これが別の会社だと、平日は一切会えなくなる所だった。
(危なかった。)
「ハッ!そうだ!忘れてた!!」
…びっくりした。百子はいつも突然大きな声を出す。
この流れはまた変な解釈では…
「直くん!金曜日、うちにご飯食べにおいで。」
なんか有無を言わせない誘い方だ。