恋蛍
前略
おだやかな小春日和が続き、桜の 蕾が膨らんできました。
4月になれば祭子ちゃんに会えるのに、待ちきれなくて手紙を書いちゃいました。
祭子ちゃんに会えるのはいつ振りだったかな。私が9歳のときにお父さんの仕事の都合で千葉県に引っ越して以来だから……6年にもなるのかな。
また一緒に学校に行けるのが本当に楽しみです!
小さい頃はどこに行くにもずっと祭子ちゃんと一緒で、よく近所の遊園地や秘密基地で遊んだよね。私の家でお菓子を作ったこともあったっけ。
そういえば小さい頃は不思議なこともあったよね。
覚えてる?魔法使いのお姉さんに会ったこととか、ネッシーの赤ちゃんを育てたこととか、一夜にして鳩やカラスが町から姿を消したこととか。
今思うと子供の頃の記憶って曖昧だから勘違いだったりするかもしれないけれど、そういう昔話も沢山できるといいな。
では、季節の変わり目なので、風邪などを引かれませんように。入学式の日にまた会おうね。
かしこ
2019年3月18日
小峰ラムネ
風祭祭子様へ
2019年4月8日、東京都荒川区。
(AM7:00_小峰家)
朝起きると自分の部屋に違和感を感じる。
とはいえ、昨日の夜に完全に引っ越しを済ませ、この部屋で朝を迎えるのは数年振りなのだから仕方ないと言えば仕方ない。
辺りにはダンボールに入ったままの荷物が散乱し、生活に必要な物だけが出されている。
眠い目を擦りながら、学校に必要な物を確認していると扉を爪で擦る音が聞こえてきた。
ワン! ワン! ワン! ワン! ワン!
「ちくわ〜?起こしにきてくれたのー?」
扉を開けると私を押し倒して顔中をベロベロと舐め回してきた。
「はい、よーし、よーし 、偉いねーちくわー」
くぅーん、くぅーん
毎朝の日課にはなっているけど、中型犬のウェルシュ・コーギー・ペンブロークは重い。その重さが愛の重さだと思うようにして自分を納得させてはいるが……最近はお母さんが可愛がってオヤツをあげ過ぎるせいで特に太っている。
「頑張って散歩して痩せようね、ちくわ」
くぅーん、くぅーん
「ラムネーご飯よー」
お母さんの声だ。引っ越しで疲れているはずなのに私より早く起きて食事を作ってくれるお母さんには感謝しかない。
「はーい、今いきま……」
【ご飯】という言葉を聞いてちくわが一目散に部屋を飛び出す。
「ちくわ……」
顔を洗い、リビングへ行くと妹が椅子に座りながらスマホを弄っている。周りを見てみると、私の部屋と同じく、ダンボールがあちこちに積まれている。
「おっはよー!」
「おはよ、お姉ちゃん」
丸いテーブルには食事が並べれている。
トースト、サラダ、コーンスープ、スクランブルエッグに焼いたウインナー、そしてトーストに塗るマーガリンとブルーベリージャム。
私の家族はお父さんを除いて皆パン派だった。一食だけ変えるのも大変だからと、お父さんも朝は皆に合わせてパンで我慢してくれている。
「あれ、お父さんはー?」
テーブルに並べられた食事の数が1人分少ないことに気がついた妹がお母さんに話しかける。
「お父さんは少し前に食べて既に出勤したわよ」
「そっか、早いね」
「ラムネは今日入学式でしょ準備できているの?」
使い終わった食器を洗いながらお母さんが私に話しかける。
「うん、もう終わってるよ!」
「お父さんもお母さんも仕事の都合で入学式を見に行けなくてごめんね」
「いいって、いいって。それに祭子ちゃんだっているし」
「風祭さんの家の祭子ちゃんでしょ? 昔よく遊んでたわね」
「うん、今日も学校終わったら遊んでくるかも!」
「遅くならないようにしなさいね。……それとちくわの散歩頼むわよ」
ゴハンを食べ終えたちくわはカーペットの上にお腹を出しながらゴロゴロしている。
「はーい。」
食事を済ませて、自分の部屋で学校の制服に着替えて身支度をしていると【ピンポーン】とインターホンが鳴った。
お母さんが急ぎ足で玄関に向かった。
「ラムネー祭子ちゃんが来ているわよー」
昨日の夜に祭子ちゃんの家に電話をかけて引っ越しが終わったことを伝えたときに、一緒に登校する約束をしていた。
今時珍しいことに、祭子ちゃんは携帯電話を持っていない。お父さんが大学の教授で厳しいらしく、教育のために携帯電話を持たせない方針だとかなんとか。
「はーい、はーい、今行きます!」
やっと会える。
気持ちが高ぶるのを感じた。
急いで玄関に向かうと、少女が抱きついてきた。
「ラムネちゃん、お久しぶりです…会いたかったです……」
久しぶりに見た祭子ちゃんは昔と変わらずに可愛かった。
「私もだよ……」
気恥ずかしくて顔は見られないけど、とても良い香りがする。
様子を見にきたお母さんが微笑みながら見守っているのに気がついた。
「祭子ちゃん、色々と話たいことはあるけど学校に行こっか」
「そ、そうですね」
「祭子ちゃんとまた一緒の学校に行けて良かったわね、ラムネ」
抱き合っていたのを見られたせいなのか、顔が少し熱くなった。
「うん、じゃ……じゃあ行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
学校は私の家から道なりに歩いて10分ぐらいの距離にある地元の人しか知らない、とても趣のある遊園地である荒川遊園地を通り越して、橋を渡り、5分ぐらい直進した先にある。
高校は中高一貫校で祭子ちゃんはそこに中学受験をして通っていたのを知っていた。
私の頭では合格するのは難しかったけど、祭子ちゃんと一緒の高校に行きたかったから当時ハマっていたイカのゲームも辞めて必死に勉強した。そりゃもう必死に。
学校へ向かう道すがら、会話をしようとしてチラチラと祭子ちゃんの方を見ようとするけれど、緊張と恥ずかしさで思わず目を逸らしてしまう。祭子ちゃんもモジモジしているように見える。
6年という時間が2人の邪魔をしているようだった。
「あ、あの、まつり……」
「あっ、はい!なんでしょう」
「い、ううん、なんでもない……です」
あれ〜?うまく会話ができない〜。
6年振りにやっと会えたんだもん、ちゃんと会話しないと。
そういえば、祭子ちゃんはクラゲの帽子を被っている。思い起こせば、昔もフグやイルカといった変わった帽子を被っていたっけ。
祭子ちゃんのお父さんは海洋生物の専門家の大学教授で、テレビにフグの帽子を被って出演しているのをちょこちょこ見かける。ちょっと……いや、すごく変わっているお父さんだけどとても優しい人。帽子はそのお父さんの影響らしいけど。
それにしても、クラゲの帽子を被っている祭子ちゃんもかわい……
違う、違う、違う、そうじゃ、そうじゃないでしょ!
伝えたい事、聞きたい事がいっぱいあったはずなのに、何も浮かんでこないよ。
こんなことなら、スマホにメモっておけばよかったと後悔した。
何を話そうか、どうやって話そうかを私が決められずにあたふたしていると、祭子ちゃんがきっかけを作ってくれた。
「あっ見てください、ラムネちゃん! 荒川遊園地です」
遊園地を指差しながら満面の笑みで私の顔を見ている。
「わぁー懐かしい昔よく遊んだよね」
「はい!よくモルモットの触れ合い体験をしました!」
「ポニーにも乗ったね!」
「ジェットコースターにも乗りました!」
「上る時にガタッてなるところが一番怖いジェットコースターだね」
「はい! ガタッとなったあとはもう終わった気分になるジェットコースターです(笑)」
「そうそう、でも子供の頃はあれが楽しかったんだよね」
「ミニSLや観覧車にも乗りましたね!」
「あー、あったね! 懐かしいなぁー」
「ラムネちゃんが鯉や白鳥のいる池に落ちたことも何度かありましたね」
「あはは……そうだったかなー」
昔話をしていると緊張の糸がほどけて肩の力が抜けた気がした。
「あ、あの、よろしければ、今日は学校が早く終わるようですし、一緒に遊園地へいきませんか?」
「うん! 」
二つ返事で約束してしまった。遊園地に行けることもそうだけど、祭子ちゃんに誘われたことが嬉しかった。なんだか昔に戻った気がした。
そういえば、伝えておかなきゃいけないことがあった。
「祭子ちゃん」
「はい、なんでしょうか」
「……ただいま」
祭子ちゃんは一瞬目を丸くしたけど、すぐに記憶の中にある昔と変わらない笑顔で私に微笑んだ。
「おかえりなさい、ラムネちゃん」
そのあとも、家族の話、趣味の話、近所の駄菓子屋さんが閉店した話、中学校でできた友達の話、たわいのない話をしていると学校に到着した。
校門に立っている教師に挨拶をして中に進むと、一点に生徒が集まっている場所を発見した。
「あそこに人だかりができてるね。行ってみようか」
「はい、そうしましょうか」
生徒の頭でよく見えないけれど掲示板があるのが分かった。
「祭子ちゃん、掲示板があるよ。クラス分けが張り出されているんじゃない?」
「そっ、そうですか。み、見に行きますか?」
ドキッとした表情をみせた祭子ちゃんがオロオロし始めた。
「大丈夫? 祭子ちゃん」
「はい、行きましょう」
「ラムネちゃんと一緒のクラスになれますように ラムネちゃんと一緒のクラスになれますように ラムネちゃんと一緒のクラスになれますように ラムネちゃんと一緒のクラスになれますように……」
祭子ちゃんが何かぶつぶつ呟いている。
生徒を掻き分けて掲示板の前にまで進むと、生徒の氏名とクラスが記載されている紙が張り出されていた。
「小峰……小峰…っと。あっ!あった」
「どこです?! ラムネちゃん」
「1組だよ。ほらあそこ!」
「ラムネちゃんと一緒のクラスに……」
祭子ちゃんが1組の場所を真剣な表情で確認する。
「あっ! ありました! ありました! 私も同じ1組です、ラムネちゃん!」
周囲の人には目もくれずに私の胸に飛び込んできた。
祭子ちゃんはうっすらと涙を浮かべていた。
「あの人達抱き合ってるよ(驚嘆)」
「あら、お熱いこと(熟知)」
「みて、あの子変な帽子被ってる(笑)」
「裏山しい(羨望)」
周りがザワザワしてきているような気がした。
「祭子ちゃん、これからもよろしくね」
「はい! よろしくお願いします」