第三十二話の二
「ゲームの中で決してあり得ない力を持つ者同士か」
アッシュはスキル《変換》とメニューウィンドウによるコンボ。
暗黒騎士ゾンビはダンジョンを渡り歩き、吸収してきた膨大な魔力。
(これまでの敵と違うのは明らかだ……少しは本気を出した方がいいか?)
と、アッシュがそんな事を考えたまさにその時。
「イク……ゾ」
暗黒騎士が動き出す。
奴は猛烈な速度でアッシュに接近してくる。そしてそのまま、横薙ぎの斬撃を放ってくる。
アッシュはすぐさまステータスウィンドウを操作。
ステータスをもう一度マックスにし腕で防御するが――。
「っ!」
この世界に来て初めて感じる鋭い痛み。
アッシュは咄嗟に暗黒騎士ゾンビに蹴りを放った後、距離を取る。
その後、暗黒騎士ゾンビの攻撃を防いだ腕を見てみると。
「なるほどね……ただのステータス操作じゃ防ぎきれないってわけか」
決して深くはない。
けれど、カッターで薄く斬りつけられたような傷が出来ていたのだ。
(この世界で血を流したのって、これで初めてなんじゃないか?)
つまりは、この暗黒騎士ゾンビ。
強い――アッシュがこの世界で戦った誰よりも強い。
「オマエ ナンダ ナンデ キレナイ」
と、頭に響くような声で言ってくるの暗黒騎士ゾンビである。
奴はそのままアッシュへと続けてくる。
「ドウシテ ウデ キレテナイ」
「へぇ、ゲームと違って喋れるのか。それも各地で魔力を吸収しまくった――」
「オマエ キケン ダ」
直後、暗黒騎士ゾンビは再び猛烈速度で接近してくる。
けれど、今度のアッシュは先ほどまでとは違う――すぐさまメニューウィンドウ操作、様々なスキルを付与していく。
(これでもう暗黒騎士ゾンビの攻撃は――)
ガンッ。
と、アッシュの思考を断ち切り響く音。
見ればなんと、アッシュの体は空高く舞い上がっていた。
「なっ!?」
「マダ ダ」
響くのはアッシュを空に打ち上げた張本人――暗黒騎士ゾンビの声。
奴は木や地面などを足場に、空中に居るアッシュへ追撃を仕掛けてくる。
右からの斬撃。
左からの斬り上げ。
正面からの斬りおろし。
斬撃斬撃斬撃。
終わりが来ない圧倒的な手数と威力。
「あ、アッシュ! 避けるのじゃ! 避けないと危ないのじゃ!」
聞こえてくるシャロンの声。
今のアッシュの状態を見て、さすがに危険だと判断したに違いないが――。
「うぐっ――」
アッシュは思わず顔を歪ませる。
今の彼に暗黒騎士ゾンビの攻撃を避ける暇などない。
なぜならば、今彼の体には猛烈な苦しみが襲っているのだから。
(く、そ……これを我慢するので手いっぱいで、暗黒騎士ゾンビに対処できない!)
これまで生きてきた中で感じた事のない苦しみ。
このままではまず――。
「オワリ ダ」
アッシュの思考を遮り聞こえるのは、暗黒騎士ゾンビの声。
奴はアッシュの首へ猛烈な斬撃を放ってくる。
直後。
「ぐあっ!?」
駒の様に回転しながら、地面へ叩き付けられるアッシュの体――見れば、彼の体は地面へとめり込んでしまっている。
「あ、アッシュ! しっかりするのじゃ!」
と、駆け寄って来るのはシャロンである。
彼女はぷるぷると尻尾を震わせ、刀を抜き放った後に暗黒騎士ゾンビへ言う。
「我のアッシュにこんな……たかが魔物風情が、絶対に許さないのじゃ!」
「ま、まて……シャロン。そうじゃ――」
そうじゃない。
俺は暗黒騎士ゾンビに負けたわけじゃない。
と、アッシュはシャロンへそう言おうとした。だが、そこで彼の限界は来た。
「うっ……しゃ、シャロン……ちょ――」
「アッシュ! どうした? 何か最後に言う事があるのかの?」
などと、シャロンは刀を捨て、アッシュを抱きかかえてきてくれる。
その直後――アッシュは決壊した。
「う、うぇ……うぉぇええええええええええええ――」
「なんじゃとぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
響くシャロンの悲鳴。
この日。
アッシュは空で何度も急激に方向転換させられた事により、猛烈な吐き気を抱き。
詳しくは割愛するが、シャロンは泣きながら近くの川へと走っていくのだっだ。




