第三十話の二
暗黒騎士ゾンビは、もともとこのダンジョンに居たわけではない。
故に当初、アッシュは暗黒騎士ゾンビが必ずしも定位置――ダンジョンの最奥などに居るとは考えていなかったのだ。
それは縄張り意識のような物だ。
通常のダンジョンボスが、ボス部屋を縄張りと意識しているならば、当然部屋から出ないに違いない。
一方の暗黒騎士ゾンビは、このダンジョンそのものを縄張りとしている可能性がある。
そうなれば、暗黒騎士ゾンビはボス部屋どころか、あらゆるとこを動き回っているに違いない……と、そういう事である。
けれど、実際ここまでの道中で暗黒騎士ゾンビを見かけることはなかった。
そうなれば結果的に、ダンジョン最奥――先ほどアッシュとシャロンが開いた扉の向こう。そこに暗黒騎士ゾンビが居なければおかしいのだが。
「どういうことだ、これ?」
「暗黒騎士ゾンビが居ないのじゃ!」
と、言ってくるのはシャロンである。
彼女は周囲を見回しながら続けてくる。
「それどころか、魔物すらいないのじゃ! 完全におかしいのじゃ!」
「あぁ。ダンジョンのボス部屋には、絶対に魔物が居るはずだからな。となると、いくつか考えられる事があるんだけど」
「他の冒険者が我達より先に倒した……とかかの?」
「まぁそれもある。だけど、それは限りなく低い」
何度も言う様に暗黒騎士ゾンビはレイドボスだ。
通常の冒険者では太刀打ちできない――仮に適正人数を集めたとしても、場所が場所故そう易々と倒せない。
実際、クエスト掲示板に暗黒騎士ゾンビの依頼が残り続けていたのが証拠だ。
(それをこうもいいタイミング――俺とシャロンがクエスト受けたタイミングで、偶然討伐するなんてありえないだろ)
よって、可能性があるとするならば。
「このダンジョンから他に流れて行った可能性がある」
「そんなわけないのじゃ! ボスは絶対にダンジョンに居つくのじゃ!」
と、反論してくるシャロン。
アッシュはそんな彼女へと、彼女が忘れているに違いない事を言う。
「暗黒騎士ゾンビはそもそも他から流れてきた魔物って、さっき言っただろ? このダンジョンを縄張りとはしているものの、通常のボスより縄張り意識は薄いはずだ」
「むぅ……じゃあ、暗黒騎士ゾンビはどこに行ったのじゃ! これじゃあ、我の計画がうまいこと行かないのじゃ!」
「…………」
シャロンの質問はとても重要な事だ。
(ダンジョン内の魔物の強さからして、つい最近まで暗黒騎士ゾンビはここにいたはず。どうして急に――)
「っ、まさか!」
「ど、どうしたのじゃ? 急にびっくりしたのじゃ!」
などと、狐尻尾をビクンと立たせるシャロン。
アッシュはそんな彼女へと言う。
「こうは考えられないか? 暗黒騎士ゾンビはそもそも、魔力を求めてこのダンジョンにやってきたんだ」
「ふむ、確かにダンジョンならば魔力に満ち溢れているには違いないが……それがどうかしたのかの?」
「問題はこの後だよ。じゃあ仮に、暗黒騎士ゾンビが魔力を求めてダンジョンを転々としている魔物だとする。そうすると、暗黒騎士ゾンビがこのダンジョンから別の場所に移動する時――それはどんな時だと思う?」
「くははっ! 質問になっていないのじゃ! そんなの、より強力で純度の高い魔力を手に入れられる場所を見つけた時だけなのじゃ!」
「……わからないか?」
「?」
ひょこりと首を傾げるシャロン。
どうやら本当に理解していないに違いない
アッシュはゆっくりと、わかりやすく彼女へと言うのだった。
「暗黒騎士ゾンビは、俺達と行き違いで街に向かったんだよ。つい最近、そこで凄まじい魔力が放たれただろ」
「っ!」
「わかったか? 向かった場所はティオ達の家の跡地だ」




