第十話 初めてのクエスト報告
あれから数時間後。
辺りが暗くなり始めた頃。
「え、えーっと……もう一度言ってもらっていいですか?」
と、聞こえて来たのはギルド受付のお姉さんの言葉。
そう。現在、アッシュは冒険者ギルドへと帰ってきていた。
その理由は勿論、先のクエストの結果報告をするためである。
「あの、アッシュさん? 結果報告をもう一度、もう一度聞かせて欲しいんですけど……」
と、再びアッシュに話しかけてくるお姉さん。
なるほど。
どうやらお姉さんは、アッシュによる報告が聞き取れなかったに違いない。
うんうん。
それならば仕方ない。
もう一度、丁寧にクエストの報告をしようではないか。
と、アッシュは再びお姉さんへと言う――今回のクエスト結果を簡潔に。
「失敗しました」
「初心者用の簡単なクエストを?」
「はい、失敗しました」
「上級冒険者のシャロンちゃんが居たのに?」
「そうです、失敗しました」
「えっと……」
「というか、そのシャロンちゃんのせいで失敗しました」
「????」
と、頭上にクエスチョンマークを沢山浮かべるお姉さん。
アッシュは事実を話したつもりだったが、最後の一言は余計だったかもしれない。
彼はそう考え、再びお姉さんへと言う。
「いや、ちょっとシャロンと揉めちゃって。なんというか、クエスト続行不能になったというか」
「あ、なるほど……やっぱりそういう事でしたか! ひょっとしたら、二人がかりでスライムに負けたのかと思ってしまいました! それならよかったです!」
今、お姉さんが「やっぱり」と言った気がするのだが、これはアッシュの気のせいだろうか。
いや、気のせいだ。気のせいに違いない。
こんなに優しそうなお姉さんが、そんな問題児を押し付けてくるわけがないのだから。
「それで、そのシャロンちゃんはどこに?」
と、再びお姉さん。
アッシュはそんな彼女に、酒場の方を指さしながら言う。
「あいつならあそこですよ」
「あ~……」
お姉さんが何とも言えない顔しているが、それも仕方ない事だ。
なぜならば。
アッシュの指の先――酒場のテーブルに覆いかぶさるように脱力しているシャロン。
彼女は「うぅ……」っと唸りながら。
「ぐすっ……我、我は最強なのじゃ! なのに……なのにぃいいいいいいいっ!」
時折そんな事を言いながら、テーブルをバンバン叩いているのだ。
完全に悪酔いしたおっさんの様である。
そう、シャロンはあの時――スキル《ウォール》を破れなかった時から、ずっとこの調子なのだ。
アッシュがスライム将軍を倒した後、シャロンは『もう嫌なのじゃ! おうち帰るのじゃ!』と言って、その場で転がり出した。
彼はそんな彼女を背負い、ギルドまで帰還したというわけである。
「ど、どうします?」
と、お姉さんは唐突に言ってくる。
思わず「何が?」と聞き返したくなるが、アッシュには彼女の気持ちが理解できる。
お姉さんは何を言っていいか、わからなくなってしまったに違いない――シャロンの余りにもアレな様子を見て。
故に、アッシュはそんなお姉さんへ、とりあえず無難な事を言う。
「今日はあいつダメそうだし、とりあえず帰ります……また今度、よろしくお願いします」
こうして、アッシュ初のクエストは失敗に終わったのだった。




