第九話の三
「極大炎熱狐魔法!」
やたら長い上に、格好悪い事この上ない詠唱の末放たれたシャロンの魔法。
しかし、それがもたらした効果は絶大だった。
最初にシャロンが構える刀が発光したと思った直後だった。
スライム将軍の周囲に膨大な熱を持つ光の玉が現れ……。
一気に爆ぜた。
爆ぜ、スライム将軍を離れていても感じる熱が包み込んだのだ。
「っ!」
アッシュは熱量と光から自身を守るため、顔の前に手を翳す。
当然、彼のステータスならば直撃しても痛みを感じる程度で、生死がどうこうまでもいかない。
けれど、シャロンの魔法は思わずそうしてしまう程に、圧倒的な圧があるのだ。
(自信に満ち溢れた綺麗な詠唱。この世界に来てから初めて、しっかりとした詠唱を聞いたな……まぁ、すごくダサいけど)
と、ここでアッシュは正気に戻る。
彼はこんな事をしている場合ではないのだ。
「す、スライム将軍!? スライム将軍は無事か!?」
「くくくっ……残念だったなアッシュよ。奴は我の全力を受けた……とっくに消滅してしまったのじゃ」
と、言ってくるシャロン。
彼女は未だ砂埃漂う爆心地を見ながら、高らかに言ってくる。
「おぬしが救いたい者は、我が粉みじんに消し飛ばしてやったのじゃ! くくっ、くははははははははははっ! ゴミ同然に消飛んで、いい気味なのじゃ!」
「ゴミ、だと……スライム将軍をゴミと言ったのか!?」
「魔王に歯向かう者――すなわちゴミ。これは当然の事なのじゃ! アッシュよ、次はおぬしの番なのじゃ……くくっ、おぬしが倒れ、世界は闇に包まれる!」
「魔王! 俺は、俺はお前を絶対に許さない!」
「さぁ、来るのじゃ、勇者アッシュ!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
と、シャロンとアッシュがノリで小芝居をしていたその時。
「スラァアアアアアアアアアアアアアア!」
声が聞こえたのだ。
アッシュはその声の方へ、弾かれる様に視線へ向ける。
すると、晴れた砂埃の方から見えてきたのは。
「スラァアアアアアアアアアアアアアアっ!」
「スライム将軍! 生きて……生きていたのか!?」
「ば、バカな!? 我の魔法で滅びないなど……あ、あり得ないのじゃ! いったいどうして!?」
と、驚いている様子のシャロン。
けれど、それは確かにその通りである。
アッシュがその理由を確かめるために、視線をスライム将軍の方へ向けると。
「スキル《ウォール》が、残って……る?」
そう、アッシュのスキル《ウォール》がシャロンの魔法に耐えきっていたのだ。
これは予想外の耐久力である。
(スライム将軍どころか、魔王であるシャロンの魔法にすら耐えるなんて。これはもう大概の攻撃どころか、実質無敵だろ……)
アッシュが予想外の戦果を得られた事に、内心うきうきしていると。
「我の魔法……効いてない……」
と、見ればシャロンは地面に両手をついてうなだれてしまっている。
彼女はそのまま「うぅ」と、鳴き声交じりで続けてくる。
「こんなの嘘なのじゃ……我の魔法強いのに……効いてないなんて嘘なのじゃ……っ」
「……えーと」
なんだか悪い事をしたのかもしれない。
アッシュがそんな事を考えたその時。
「うぅ、ぐす……うぅ、うぅ……びぇええええええええええええええええんんっ!」
シャロンは泣き出した。
「我魔王なのに! うぅ、我の魔法強いのにぃいいいいいっ! なのにぃいいいいいいいっ!」
地面を転がりまわっているシャロン。
どう見てもマジ泣きである。
外見どころか、中身まで子供になってしまった。
アッシュはそんなシャロンを見て、ため息を吐くのだった。




