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ワルツを踊れ  作者: 脱獄王
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ユーテロの揺籠#7

 祥子の依頼は文化祭のお手伝いという名目だ。しかしながら、ただ単純に『お手伝い』という訳にはいかない。光理は祥子とのやり取りでそれを自覚していた。文化祭は遊びではない。そう言わんばかりの名門校としての矜持を感じていた。

 祥子のクラスの出し物は喫茶店だ。但し、ただの喫茶店ではない。星宮女子高等学校に相応しい喫茶店でなければならない。名門校故に、定番のメイド喫茶などは言語道断なのだ。可愛いメイドの衣装を着たいという誘惑。それさえも選択肢の一つにすら出来ない。そこで、祥子のクラスメイト達が悩んで出した結果が、本格的な味を楽しめる『珈琲』と『ケーキ』を来校する全てのお客様に提供するというものだった。所謂、純喫茶を突き詰めた『美味しさ』というものに焦点を当て、星宮としての品格を示すという大義名分を作ったのだ。幸いな事に、予算は他の高校と比較すると潤沢で、校内以外の協力者を募るのも社会的活動の一環として奨励されている。特に、親族や知り合い、同じ地域に属している住人の協力を得る事が奨励されているのだ。と、なれば、どこかの有名な喫茶店に協力を得た方が良い。では、この地域の有名で美味しい喫茶店はどこか?当然、最も有名な喫茶店である『方舟』に目が向く。祥子はその交渉役として白羽の矢を立てられ、現在に至っている。

 喫茶店を本格的に行う上で、重要なのは勿論味であるが、それを可能にする道具と材料も重要だ。道具類については直ぐに目処が立った。クラスメイトの一人が家で放置された本格的な珈琲ミルを持ってくる事となった。父親が一時期珈琲にハマり、大金を注ぎ込んだが瞬く間に飽きてしまい家で埃を被っている、という良くある話だ。ケーキを作る道具も家庭科室の道具を使えば事足りる。後は、美味しい珈琲の素である珈琲豆の調達だ。

 祥子の一つ目の依頼は、まさにその珈琲豆の調達の為の仕入れの交渉だった。

 文化祭は夏休み明けから約二週間後の開催となる。期間は充分にあるが、美味しい珈琲を煎れるためには何よりも豆だ。とはいえ、高級な豆をぽんぽんと購入する訳にはいかない。ケーキの材料費を考慮すると、そこまで多くを投資する事が出来ないのも事実だ。ケーキの材料費は司がそれなりにリーズナブルに提供してくれるルートを既に教えてくれているので、それなりに価格帯も把握している。しかし、珈琲豆は種類が多過ぎて、下調べをしているつもりであるが、実際にどれくらいの費用が掛かるか何とも判断が難しかった。

 司の勧めもあり、祥子は『方舟』御用達の珈琲豆専門店を紹介されていた。渋谷の繁華街の端にある小さな店だった。一見すると、エスニックな飲食店にも見える外見であるが、中に入ればそこは珈琲豆畑だ。光理に連れて来られたはいいが、何百という種類の珈琲豆が所狭しと並んでいる店内で、祥子は無力だった。香ばしい珈琲豆の香りに囲まれ、どれも良いものに思えてしまえる。ドレッドヘアーのお洒落な強面の黒人店主に色々と説明されても、益々深みに嵌るばかりだった。

 私はどうしたら良いのだろうか?

 そんな気持ちで祥子が戸惑っていると、光理は店主に慣れた口調で幾つかの珈琲豆の名前を告げた。長いカタカナが並ぶ一度では覚えづらい英単語のような名前だ。祥子はそこからの光理の会話に目を見張った。光理の交渉は驚くほど迅速に、且つ滞りなく進んだのだ。

 司の知り合いの仕入れ先というのもあるだろうが、祥子が特に驚いたのは光理の交渉する姿だった。『強面の大人』の店主に全く物怖じせず堂々と渡り合っている。予算と価格に見合った商品を選び抜く事は考えている以上に難しいものだ。光理は決して押し過ぎる事なく、かといって引き過ぎる事なく、きっちり一時間で、見事予算内で文化祭の時期に最も美味しい豆を仕入れる事を契約した。勿論、配送料込みだ。怒濤の展開に祥子は付いて行けなかったが、契約書と領収書にサインをした時に、きっちり仕事をこなしたのだと実感した。光理は「美味しい豆が手に入って良かったです」と笑っていたので、祥子も安心感から笑みが零れた。

 交渉を終えると、光理は祥子を連れある場所に来ていた。そこは、一見ではとても入り難い佇まいの喫茶店だった。住宅街にあるからだろうか、普通の民家と余り区別が付かないし、看板も置いていない。知っている人でなければ、入れない店だろう。光理は店の中に入ると窓際の席に祥子を誘導し、カウンター越しにいる店主に水だし珈琲を二つ注文した。店主は大分歳を召しているようで、雪のように白い白髪頭と眉が特徴的だった。店内の客は疎らで、店主と客同士は顔馴染みばかりのようだ。光理もその一人なのだろう。

 祥子は椅子に腰掛け落ち着くと、光理に尋ねた。

「あの、どうしてここに連れて来たの?」

 光理は手で自身を扇ぎながら、

「さっき注文した豆と近いものをここで飲めるからです。あそこで試飲したのはホットだけでしたけど、ここではアイスも飲めるんで。これがまた美味いんですよ」

 と、笑顔で答える。

「へぇ、そうなんだ・・・」

 祥子は、先程までの顔とは違う年相応のあどけない笑顔にまた気付かされた。

 ああ、またこういう顔する・・・・

 本当の事を白状すれば、『方舟』との交渉は、光理と話す口実を得る為のものだった。決して文化祭を蔑ろにしているわけではないが、祥子は初めから光理しか見ていなかった。

 祥子は目の前で暑そうにシャツの襟元をパタパタとさせている光理を見て思い出していた。

 自分が彼に恋をした瞬間の事を。

 初まりは突然だったのかもしれない。スイッチのオフがオンに切り替わるように、とても単純で簡単なものだった。塾帰りにそのまま帰宅せず、何となく『方舟』に入ったのが最初だ。雑誌に取り上げられた事のあるお店という事もあって、一度は入ってみたかった。入り口の扉を開けると、評判通り席はほぼ満席。お客さんの視線はイケメンの店主に向けられている。そこで、私は光理くんに出会った。第一印象は、正直余り良いとはいえなかった。髪は漫画のキャラクターのような金髪で、笑顔はなく如何にも不良な感じがしたからだ。どうしてあんなバイト雇っているのだろうと不思議に思ったのも今でも覚えている。彼に案内され、私はカウンターに腰掛けた。正面に立つのは、金髪アルバイト君だ。それから珈琲を注文し、私は持っていた小説に目を通し始めた。彼がミルクや砂糖の好みを聞いた事はうろ覚えだけれど、その時の珈琲の味は今でも鮮明に覚えている。とても優しく、心を安心させてくれる。そんな不思議な味だった。その美味しさに思わず小説から目を離し、「美味しい・・・」と声を上げてしまって恥ずかしい思いをしたけれど、それが本当の光理くんを知る切っ掛けになった。目の前で銀食器を磨いていた光理くんが、嬉しそうに飛び切りの笑顔を向け、私に「ありがとうございます」と、そう一言告げた。それが、私に恋というものを気付かせてくれた。珈琲のほろ苦さが、とても甘美なものに変わった気がした。

 それから、私は光理くんに会う為に『方舟』に通うようになった。いつか私の想いに気付いてくれる事を期待して。自分でそれなり光理くんの事を調べたりもした。光理くんは高校を中退してからずっと『方舟』で働いているらしい。何でも暴力事件を起こして自主退学したとか。でも、私はそんなでまかせは信じていない。何となくだけど、光理くんは誰かを傷付けるような人じゃないと思う。少しだけ理由を聞いてみたいけど、きっと話したくない事だろうから、これ以上詮索はするつもりはない。それよりも目下はどうやって私の気持ちに気付いてくれるかどうかだ。光理くんは鈍いのか、私をただの常連客にしか思っていないらしい。私の好みはきちんと理解してくれているのに。それをどうやって打破しようかと考えていた矢先に、文化祭のクラスの出し物が喫茶店に決まった。私はそれを口実にし、職権乱用をしつつ今に至っている。連絡先を手に入れて二人きりになれた事は大進歩。必ず、文化祭前に私の想いを伝えて、本番は一緒に文化祭を回って、後夜祭できっと・・・・・

 祥子は頭の中であれこれとピンク色の妄想を逡巡しながら、改めて気合いを入れる。

 それと、『アレ』を絶対今日聞いておかないと・・・・・

 そうこうしている内に、二人の前に珈琲が運ばれて来た。珈琲カップの中を覗くと、ホイップクリームがぎしりと詰められている。所謂、ウインナー珈琲というやつだ。

 祥子はそれを一口口に含む。珈琲の爽やかな苦みとホイップクリームの仄かな甘さが口の中に広がる。

「美味しい・・・」

 と感嘆にも似た声を上げる。光理はその表情に満足そうに微笑む。

「文化祭は九月って聞いてたので、やっぱりアイスもあった方が良いと思うんですよ。事前に少し準備が必要ですけど」

「うん、そうだね。クラスの皆にも話してみる」

 祥子は頷きもう一口珈琲口に運ぶ。

 よし・・・今がチャンスかな・・・・

「ところで、光理くん。ちょっと聞きたい事があるんだけれど?」

 祥子はあくまでも自然を装い切り出す。

「はい?何でしょうか?」

 光理は何の疑いも無く祥子に促す。祥子は心の中でぐっと拳を握り締める。

「いつも仲良さそうにしているあの女の子って光理くんの友達?」

 その問いに光理は「あぁ」と思い出したように口を開く。

「鈴香の事ですか?アイツは俺の幼馴染ですよ。子供の頃から家が近所なんで」

 光理は祥子の意図にどうやら気付いていないらしい。祥子からすれば、『今』はその方が好都合だ。恋人ではないとは思っていた。光理の口からそれを聞いて内心でほっとしている自分がいた。

「いつも仲良さそうだから、てっきり彼女さんかと思ってたよ」

 祥子は少しだけ態とらしく心にもない事を言ってみる。

「まさか。兄弟みたいに育てられたんで仲良く見えてただけだと思いますよ」

「そうかも。変な事聞いてごめんね」

「いえ、全然問題ないですよ」

 良かった。これで一安心。向こうは光理くんを好きみたいだけど、光理くんの方はそうじゃないみたい。

 今日は此処までと祥子は小さな欲を胸の中にある大切な箱に引っ込める。これ以上は、きっと足が付く。初めての想いを小さな失敗で壊したくはない。

 祥子はホッと一息をついて、視線を窓の先へ遣る。人通りが少ない歩道に二人の親子が歩いていた。よく見ると、祥子と同じ高校の制服だ。顔をよく見ると、

「広幡さん・・?」

 ぼんやりと祥子は呟いた。光理も祥子と同じ方向を見てみる。如何にもお金持ちそうな母親とこの世の終わりのように俯き歩いている女生徒がいる。

「都築さんのお知り合いですか?」

「うん。まあ。一、二年の時のクラスメイト。三年では違うクラスになっちゃったけど。でも、どうして制服なんか着て・・・」

 祥子の脳裏には夏休み前に起こった『ある問題』が呼び起こされた。光理は祥子の表情が明らかに強張るのを見ると、

「もしかして『訳あり』ですか?」

 と、尋ねてみる。祥子は何も言わず小さく頷いた。その様子を見れば、余程の事である事は容易に想像が付く。光理はこれ以上の詮索は止めようと考えていると、

「光理くんには知って貰っていた方がいいかもしれないね」

 と、逆に祥子は自分を納得させるように頷いた。光理は祥子に変な気を遣わせたと思い、

「俺の事なら気にしないでください。別に無理矢理聞きたいとかそんな事ないので」

 取り繕う光理に、祥子は真剣な面持ちで小さく横に首を振る。

「違うの。これからうちの学校に出入りする事もあると思うから聞いておいた方が良いと思って。不快な思いをして欲しくないし」

 祥子の妙な言い回しに光理は疑問を投げ掛ける。

「彼女の『訳あり』が俺に関係するんですか?」

「・・・場合によっては・・ね。ウチの学校は『男性に対して偏見を持っている』人が多いから」

 光理は祥子の返答に苦笑いを浮かべる。

 祥子の通う星宮女子高校は厳格なミッション系の学校だ。基本的には男性の出入りは親族以外は許されておらず、唯一、一般的に開かれるのは文化祭のみと聞いた事がある。最近では時流に乗り、『その部分』が緩和されてきたようで、今回のような行為も許可が得られるようになってきた。

 しかしながら、明確に、且つ厳格にルールは定められている。

 外出時には、時間、場所、誰と会うか、目的は何かを報告しなければならない。女子高生なら友達と遊んだり、彼氏とデートするなど普通かもしれないが、星宮女子校ではその行為は許されていない。しかしながら、生徒達は結託し、巧妙にその包囲網を潜り抜け、逢瀬を重ねているものも多い。祥子もそのルールに漏れず、光理と会う時間帯や行き先などの報告義務があり、少しでも違反があった場合は、厳重に処罰される。

 それ以外に、星宮女子高校は幾つかの有名な『裏』の噂が存在する。

 男性を蔑視し、女性こそが絶対であるというフェミニストの存在、女性同士の恋愛、陰湿な虐めによる自殺。ミッション系学校には特有の文化と偏向性が多数存在している。光理としては未知数の世界だ。とはいえ、仮に男性蔑視のクラスメイトなどに当たれば、どんな罵詈雑言を浴びせられるか。

 男ってだけで冷たい視線を浴びせられる事になるっていうのはちょっと嫌だな・・・・・

 光理は祥子の提案に従い、先ずは話を聞いてみる事にした。

「じゃあ、ちょっと聞かせて貰う事にします」

 祥子は小さく頷くと、その時の出来事を思い出すように語り始める。

「彼女の名前は広幡亜衣(ひろはたあい)。吹奏楽部の部長を務めていて、バイオリンの腕前は全国のコンクールで優勝するくらいのもの。生活態度も他生徒の模範になるくらいにとてもしっかりしてた。でも、夏休みに入る二週間前くらいに『事件』が起きたの・・・・私は話を聞いただけだから正確には分からないけれど、彼女が授業中に急に教室を飛び出していったらしいの。後から先生と何人かの生徒が彼女を追い掛けていくと、彼女はトイレで嘔吐していた。顔色が悪かったらしいから、体調不良だと思って先生が保健室へ連れて行った。でも、広幡さんはただの『体調不良』じゃなかった。----------彼女は『妊娠』していたのよ」

 彼女の吐き気は、『悪阻』だったのだ。

「広幡さんは誰かの子を身籠っていた。これでもかなりの問題なんだけどね。もっと問題になったのが、彼女がその『相手』が誰なのかを頑なに話そうとしなかった事なの。その・・・何ていうか・・・・『事件』に巻き込まれて無理矢理・・っていう可能性もあるから話したくないんじゃないかって、御両親や先生方は考えていたみたいなんだけど。彼女自身はそれは絶対に違うって断言したみたい」

 ドラマで見るような話と、先程見た彼女の表情に光理は一つの疑問が浮かんだ。

「確かに高校生が妊娠なんて学校じゃ大問題でしょうけど・・・・でも、どう考えてもさっき歩いていた彼女はもっと『別の何か』に絶望していたように見えました。それが本当の『問題』って事じゃないんですか?」

 祥子は一瞬目を見張り、小さく深呼吸をすると、

「・・・・そう。広幡さんは学校を退学してでもお腹の子を産みたいと訴えた。でも、御両親がそれを許さなかった。広幡家は代々由緒正しい華族の血を引く家柄で、同じ華族出身の人しか婚姻を認めないし、一族の血統として認めない。-------だから、中絶をする事になった。中絶を『強要』された・・・その手術が終わって、学校に報告に行ったのが今日なんだと思う・・・」

 と、歯切れ悪く言葉を切った。

 痛み。

 光理は祥子の言葉からそれを感じた。広幡亜衣の『痛み』を代弁するように、彼女は敢えて全てを語ったのだ。望んでも産めないという事がどれほどの苦しみであるか、光理には到底計り知れない。何を言ったとしても、どれほど言葉を繕っても、当事者でない者の言葉は安く軽くなる。想いの重みというものは、何よりも尊く、そして儚い。

「話していただいてありがとうございます。都築さんもきっと辛いのに・・・・」

 光理が襟を正し小さく頭を下げると、

「そんなに畏まらないで」

 祥子はバツが悪そうに眉根を顰める。

「本当は私が誰かに話したかっただけ・・・なのかもしれない。こんな辛い事が本当にあっていいのかって。--------なんか凄くね、心が締め付けられるの。私も同じ女性だからかもしれないけれど、自分の好きな人と愛し合って出来た子供をこんなに簡単に『殺して』いいのかなって・・・広幡さんの御両親にその権利があるのかなって・・・・思ってしまうの」

 光理は何も言葉に出来ず口を噤んだ。

 中絶という行為自体は、『場合』によっては『止むを得ない』時もあるのだろう。

 光理もそれは理解している。

 だが、広幡亜衣の場合、その選択は本当に正しかったのか?

 血筋のために、産まれて来る子供を『殺して』いいのか?

 どれが正しい選択なのか?

 今の光理には誰もが納得する回答は出せない。

 じっと黙り込む光理に、祥子は焦るように取り繕う。

「ごめんなさい・・今話す内容じゃなかったよね・・・」

「いえ。俺の方こそ余り励ましになる事とか言えなくてすみません・・・」

 互いに気まずい雰囲気になってしまったところで、光理の携帯が震え出した。その長いバイブ音は着信だ。光理はポケットから携帯を取り出すと、祥子に「すみません」と断り席を立つ。発信先の名前を一瞥すると、そのまま一旦喫茶店の外へと出る。人通りがいない事を確認すると、漸く光理は電話を取った。

「随分と出るのが遅かったじゃないか、光理。もしかして、誰かと涼しい場所でお茶でもしていたのかな?」

 まるで自分の行動を見ていたように話す男。光理はその調子に慣れたつもりだが、久し振りという事もあり、若干苛立ちを示しながら、

「用が無いなら電話を切るぞ、『フェアレータ』」

「図星を突かれてご立腹とはまだまだ青いな。それでは、女性の一人も口説けまいよ」

 まるで洋画の一場面に登場する紳士が台詞を吐くように、フェアレータと呼ばれた男は光理を揶揄う。光理は心の中で彼のペースに嵌まっている事を反省する。

 いちいち付き合ってたら埒が明かないっての・・・・・

「----------『依頼』か?」

 光理は一言だけ発し、そのまま押し黙った。電話先ではほくそ笑むような笑いが聞こえて来るような沈黙が漂う。

「本日の二十時に『方舟』で」

 フェアレータは同じように一言だけ告げるとそのまま電話を切った。

 光理は耳から電話を話すと、照り付ける太陽に手を翳し目を向けた。

 眩しい太陽を直接見れば目が潰れる。だが、何かを通して見ればその輪郭を少しは捉える事が出来る。

 その『少し』を捉えるため光理は『この道』を選択した。

「穏便に済めばいいけど・・・・・」

 だが、そうはならない。

 心の中で己に皮肉を突き付けるように呟き、光理は店の中へと戻った。

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