ユーテロの揺籠#6
駅前にある犬の銅像前は待ち合わせの定番の場所だ。世間が夏休みともなれば、普段の倍以上の人達が誰かを待っている。恋人を待っている者もいれば、外国から来た観光客もいる。顔触れは様々だ。
しかしながら、光理は『現在』の居心地の悪さに辟易していた。
都築祥子から依頼を受けてから何度かチャットで遣り取りをし、三日後の今日に至っている。
待ち合わせの時刻は午後1時。待ち合わせ場所は定番の犬の銅像前だ。
光理は一応のマナーとして十分前に到着した。
人は多いがそれほど探す手間も無く、光理は先に到着していた彼女を発見した。
発見したまでは良かった。
が、彼女の周囲にいる『取り巻き』に、光理は燦々と照っている太陽の熱が益々鬱陶しく思えた。遠目から見ても、とても分かり易い図式だ。小学生でさえ直ぐに理解出来るだろう。祥子は誰の目から見ても美人と見える容姿の持ち主だ。そんな美人がお洒落をして一人で立っていれば、声を掛ける男がいてもおかしくはない。ただ、厄介なのは、祥子に絡んでいる数人の男が『いかにもな連中』という事だ。どの国にも須らくいる者で仕方がない部分はあるが、光理としては関わりたくない人種でもある。金髪に髪を染めているという理由だけで同列に見られるのも気に入らない。
トラブルにはなるべく巻き込まれたくないんだけどな・・・・・
近くには派出所もある。余程の田舎者か莫迦者でなければトラブルを起こすような場所ではないのだ。『慣れている者』はきちんと時間帯と場所を選ぶのが暗黙のルールだ。光理はそれも気に入らないが、そんな奴等に付いて行く奴を擁護する気も更々ない。危機意識があれば避けられる場合が多いからだ。
前者で無いのを祈りつつ、光理は祥子に近付いて行った。
どうやら祥子は声を掛けている男達と視線を合わせる事なく、無視を決め込んでいるらしい。対処法としては悪くはない。脈が無いと分かれば大概次の相手を探すのが彼等の行動パターンだからだ。彼等は特定の女性を狙っている訳ではない。単に、遊べる女性を探しており、隙があればヤらせてくれる女性を欲しているからだ。
祥子は未だ光理に気付いていない。だが、嫌気が差したのか場所を移ろうと歩き出した。その時、一人の男が、「おい、待てよ!」と苛立った声を上げ祥子の腕を無理矢理掴んだ。
光理は顰めっ面をして益々嫌気で眉間に深い皺が寄る。
「あー・・・バカの部類の方かよ・・・・・」
呆れたように呟きつつ、光理は駆け出し、見る見る内に雑踏を走り抜けると祥子の元へ到着した。すると、直ぐさま祥子から男の腕を引き剥がし、彼女を自身の後ろへと移動させる。
「都築さん。遅れてすんません。怪我してないですか?」
祥子は安心したように頷くと、
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
光理の背中にぴたりと身体を寄せる。遠目から見ると、三人だと思っていたが、もう一人見えない位置にいたようで、合わせると計四人の大馬鹿者が光理にガンを飛ばしている。
「悪いですけど、彼女は俺の連れなんで」
光理はそう断り、その場を直ぐに離れようと考えた。
三十六計逃げるに如かず。此処は逃げるに越した事はない。光理は、下らないいざこざに祥子を巻き込みたくはな買った。祥子は光理と違い、将来がある人間なのだ。全うな道を歩んでいる人間なのだ。光理のように道を踏み外してしまった人間とは違う。決して疵を付けてはいけない。
「さあ、もう行きましょう」
光理は半ば強引に祥子の手を握り男達から離れようとした。
「何だてめぇは!?」
テンプレートにもほどがある罵声で光理は彼等を振り返る。彼等は怒り心頭といった様子だ。
「ナンパは他でやって下さいって言ったつもりなんですけど?」
このような類の人間の対応には『職業柄』慣れている。
「調子こいてんじゃねぇぞ、おら!!」
怒髪天を突く勢いで彼等のリーダー格らしき男が光理の胸倉を強引に掴む。が、光理は全く動じず、目の前でガンを飛ばしている男を睨み付ける。
「俺にムカついてるなら彼女は関係ない。余所で決着付けましょうか?」
「上等だ、餓鬼がっ!」
思惑は光理の予想通りに進む。このまま祥子から一旦離れ、別の場所で此奴等を片付ければそれで万事解決だ。彼女から軽蔑の念を受ける事も覚悟の上だった。今時喧嘩をする不良なんて流行らない。お嬢様の祥子には野蛮な行為にしか映らないに違いない筈だった。
しかし、光理の予想は此処で大きく裏切られた。
「光理君を離して!!」
何かが破裂するような音が雑踏を引き裂くように響き渡った。通行人達の視線は一気に祥子に集められた。祥子の平手打ちがお手本のように見事に男の頬に炸裂したのだ。男は光理のシャツから手を離し、ふらりふらりと後退る。
「さあ、もう行こう!」
祥子は呆然としている光理の手を引きずんずんと歩いていく。男達も流石に予想外だったのか、驚きを隠せないままその場に立ち尽くすだけだった。
祥子は何も云わず光理を引き摺るように歩く。光理自身も半ば驚きを隠せず、暫くの間彼女に付き従うだけで精一杯だった。
繁華街から離れ住宅街に差し掛かった所で、祥子は急に足を止めた。すると、光理の方を振り返り、
「ごめんなさい!」
と、深々と頭を下げた。光理は慌てるように、
「どうして謝るんですか!?助けられたのは俺の方ですよ?顔を上げて下さい!」
祥子は光理に促され渋々顔を上げる。彼女は耳を真っ赤に染め恥ずかしそうに俯く。
「だって・・あんなはしたないところを光理くんに見られて。どんな顔をしていいか分からなくて・・・」
光理は祥子の反応に困ったように後ろ手で頭を掻く。
この三日間、祥子とはSNSチャットで何度も遣り取りをしている。
彼女は三年生で一つ年上。学校では生徒会長を務め夏休みであっても忙しい毎日を送っているなど、取り留めのないい会話を繰り返す事が多かった。
光理はその中で一つ気付いた事があった。
祥子は、『表面上』如何にもお嬢様学校出身らしい言葉遣いや振る舞いをしている。が、会話の端々に見える語気や主張の強さは、とても『それらしい』ものとは思えなかった。本人の生まれながらの『性』なのだろうから、隠そうと思っても隠し通せるものでもないのだろう。祥子の方が年齢も一つ上というのもあって、光理に対しては先輩風というよりは、お姉さん風を吹かせる節もある。
そこから推測するに、祥子は本来強気な性格だろうと、光理は考えていた。それが、今回の件で確信に変わった。とはいえ、祥子自身は余りそれを光理に見られたくないらしい。目の前で恥ずかしそうにモジモジとしたまま容量を得ない。光理はその反応に戸惑いながらも、何とかこの状況を打開しようと蜘蛛の巣の張った脳味噌をフル回転させる。
変な感じになっても仕事し辛いし・・・・・とりあえずここはフォローだ!フォローしかない!
「何言ってるんですか!?あの時の都築さん、すっげぇカッコよかったですよ!!」
光理の言葉に祥子は目を丸くする。
「恥ずかしい事なんて何にもないです。都築さんは人として正しい事をしたんですから!」
「ほんとに!?本当にそう思ってる!?」
祥子は上目遣いで迫るように光理に問い質す。
「はい。勿論ですよ」
「あんな事した私・・軽蔑したりしない!?」
「絶対しないです」
光理は頷き断言する。
「そう・・・・なら良かった」
祥子はほっとしたように胸を撫で下ろした。
どうやら成功したらしい・・・・
光理は本来の目的へと舵取りをする。
「じゃあ、気を取り直して早速行きましょう」
「うん。今日はよろしくね」
光理と祥子は当初の目的を果たす為にとある場所に向かい始めた。
光理は、祥子の足取りが軽くなったのを横目で見ながら、ほっとしている自分がいるのに気付いていた。それは、誰かさんのご機嫌取りをしている時によく似ていた。




