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ワルツを踊れ  作者: 脱獄王
20/20

ユーテロの揺籠#20

「改めて今回もよく頑張ってくれたね、光理くん」

 司は珈琲豆を挽きながら嬉しそうに笑みを零す。

「今回もあのおっさんに助けられたのは・・・・癪ですけどね」

 光理は唇をつんと尖らせ皮肉を言う。司は「まあまあ」と笑ってはいるが、フェアレータの力がなければ今回の事件は解決出来なかった。これは自分に対する戒めでもあり、同時に情けない自分への皮肉でもある。

 事件から瞬く間に三日が経過し、今日は遥がエージェント訓練の為に出発する日だ。行き先は『世界機関』の独逸支部と決まっている。独逸支部は初心者の訓練場としては最も適している。教官も厳しくも優しい良い人ばかりだ。実際に、光理も一時期独逸で一通りの訓練を受けた経験がある。

「それにしても本当に話さなくていいのかい?」

「何の事ですか?」

「光理くんが今回の案をフェアレータさんに進言した事さ」

 司の言うように、祥子と遥に提示した案はフェアレータの発案ではない。光理が考案しフェアレータを説得したのだ。フェアレータは話を聞き終わった後一言だけ「君の好きにすると良い」とだけしか言わなかった。関係各所の手続きと根回しがスムーズに進んだのは、フェアレータの力が大きい。光理自身はフェアレータを毛嫌いしている部分はあるが、自分の力を認めてくれているという事だけは自覚している。だからこそ、今回の件も光理の独断を赦したのだ。本来であれば、二条遥は処刑されていてもおかしくはない。

「そんな事は言う必要ありません。二人が一緒に前に進めるならそれでいいんですよ」

 光理は磨いていた銀食器を置くと、自分に言い聞かせるように続ける。

「俺は思ってるんです。罪を犯したとしてもそれを償える人間は必ずいるって。確かに、罪を罪とも考えられない人間はいます。残念ですけど、そういう人間は俺には救えない。だけど、罪の重さを自覚して償おうとしている人がいるなら、俺は手を差し伸べてあげたいんです。嘗ての俺が、フェアレータや司さんに助けられたみたいに・・・・」

 司は光理の肩に手を置くと、

「強くなったね、光理くん。昔の君とは別人のようだよ」

「そうですか?」

 光理は照れ臭そうに肩を竦める。

「ああ。後は、女性関係をきっちりと出来れば、一人前の男だ」

 予想外の鋭い突っ込みに光理の身体は石のように固まる。


「おはようございます」


 ナイスタイミングで『方舟』に到着したのは、祥子と遥だった。遥は大きなキャリーバッグを持参している。それも二つだ。祥子は制服を着用しているが、遥はお嬢様らしい白を基調とした私服を着ている。

「やあ、いらっしゃい。さあ、ここに座って」

 司は二人をカウンター席に促す。祥子は慣れた足取りで進む。一方、遥は店内を眺めながら祥子に続く。二人が席に着くと、

「外熱かったでしょ。先ずはこれでも飲んで」

 司は二人に特製のアイス珈琲を振る舞う。

「「ありがとうございます」」

 と二人は司に一礼した。流石はお嬢様学校の生徒だと言わんばかりの模範的な笑顔だ。

「そう言われれば、二条さんには自己紹介をしていなかったね。僕はこの喫茶店の店長兼『世界機関』極東支部の長官をやっている宇多川司といいます。よろしくね」

 司がにこやかに名乗ると、

「私は二条遥といいます。この度は本当にご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 遥は対照的に沈重な面持ちで深々と頭を下げる。

「気にしないで。誰にだって過ちはあるものさ」

「でも----------」

「二条さん気にしないで下さい。司さんはこういう人なので」

 困っている遥に光理が助け舟を出す。

「僕は今回の件に関しては光理くんに一任してあるから。光理くんの判断で貴女に罪を償う機会を与えるとしているなら、僕はその判断に従う。現に、殆どの仕事は光理くんがやっていたしね」

 遥はそれを聞いて光理に視線を移す。

「今回の事も長期の留学って名目にしてくれたのも神永君なの?」

「そうですよ。その方が色々と都合が良いので」

 光理は今回遥が独逸に渡る際の口実として、星宮女子高校から優秀な生徒を海外から募っている独逸の名門大学の付属高校があり、遥がその推薦に見事選ばれたという話にしている。勿論、実際にある大学名で入学手続きの書類も全て本物だ。大学関係者の協力員によって段取りは完璧に整えてある。二条家には星宮の校長自ら赴いて貰い説得して貰った。二条家は疑いもなく名誉だと受取り、滞り無く話は進んだ。

「そっか。ありがとう。何から何まで」

「いえ、とんでもないです。俺が勝手にやった事ですから」

「私からもお礼を言わせて。本当にありがとう、光理くん」

 祥子は丁寧に頭を下げた。

「でも、二条家としては私みたいなお荷物が海外に五年間も留学してくれて嘸かし嬉しいでしょうね」

 遥は珈琲を一口口に含むと皮肉気に呟いた。

「また、そういう事言って!自虐的な発言は禁止だって約束したでしょ?」

「違うわよ。私はせいせいしてるの。これから新しい人生を歩ませて貰える事に感謝してもし足りないわ」

「それならいいけど・・・・」

 祥子は訝し気に得意気な遥の顔を見ながらストローで珈琲を啜る。

「仕方無いですけど、二条家は『勘違い』をしたままですから。そういう反応も致し方ないかと思いますよ」

 光理の意味深な物言いに遥は首を傾げる。

「それってどういう意味?」

「俺言いました?二条さんが『普通』の人間に戻ったって」

 確かに、光理は遥の部屋でそう言っていた。

「それって『VIS』の力を浄化してくれたって意味でしょ?」

「半分はそれで正解です。でも、もう半分は違います」

 遥と祥子は顔を見合わせ、光理のクイズに頭を悩ませる。

「俺の『GLORIA』は人が持つ全ての痛みや憎しみを浄化する能力です。だから、二条さんにとって痛みや憎しみの対象になっているものは全て浄化される」

 光理と司はアイコンタクトを交わすと、司はキッチンの下から一通の封筒を取り出した。それを遥に向かい差し出す。

「中の書類を取り出してみて」

 遥は云われるがまま封を切り、中にある書類を取り出す。遥にとっては見慣れた書面だ。遥はその記述を見て思わず掌で口元を覆う。

「本当に・・これ本当なんですか・・・・?」

「ああ、本当だ」

 書類の上に一粒、また一粒と雫が零れていく。祥子は「どうしたの?」と心配そうに肩を抱くが、遥の瞳から流れる大粒の涙は止まらない。

「祥子さんには見慣れないかもしれないですけど、それは妊娠力検査の検査結果の書類です。俺も詳しくは知らないんですけど、必要な検査はこの前の健康診断の時に行わせていただきました」

 祥子は思い出す。つい二日前、遥は健康診断に一日掛かったとぼやいていた。『VIS』に拠る身体の後遺症を見るため、麻酔を使用し半日くらい眠っていたらしいとも言っていた。

「私は・・自分の子供を産めるのね・・・?」

 噛み締めるように遥は言葉を紡いだ。

「はい。二条さんは二条さんの子供を産めます」

 光理は事実を反芻するように応えた。

「良かったね・・・・遥・・・・・・」

「うん・・・うん・・・・・」

 祥子は泣き噦る遥を抱き締め同じように涙を流す。

 光理は内心でほっとしていた。『GLORIA』の力は文字通り『栄光』を示す。その意は、自分の栄光ではなく、人の幸せを願う瑞光だ。光の力には浄化作用があるが、それでも一か八かの賭けでもあった。正常な機能を妨げているものを排除した経験は過去に一度経験があったが、それでもぶっつけ本番なのは変らない。

 二人が喜んでくれればそれで充分だよな・・・・

 光理は己の中で納得する。

 司はエプロンのポケットから携帯端末を取り出す。どうやら迎えが来たようだ。

「二条さん」

 遥は司の様子に気が付くと、ハンカチで涙を拭い背筋をぴんと正し、

「宇多川さん、神永くん。本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

 再び深々と頭を下げる。祥子も同じように頭を下げた。

 司は両手でぴしゃりと音を鳴らすと、

「さあ、前を向いて」

 二人は頭を上げる。

「今日は二条さんの門出の日だ。涙なんてやめて笑顔で送り出そう」

 司が満面の笑みで宣言すると、

「そうですね。取り敢えず車来たみたいなんで、俺荷物運びますね」

 光理はカウンターから移動すると、キャリーバッグを持って外に運び出す。

「さあ、二人とも外に」

 司に促され遥と祥子も外へと歩き出した。

 門出の日に相応しい、何処までも広がる青空だ。店の前に停まっている黒塗りの車のトランクに荷物は既に詰め終わっている。遥を待つように車の扉が開かれ、今か今かと待ち侘びている。

 遥はもう一度深々とお辞儀をすると、

「ありがとうございました」

 と、光理と司へと感謝の念を伝える。そして、祥子と向かい合うと、今にも泣き出しそうな祥子を抱き締めた。

「離れ離れになっても私達はずっと親友だよね?」

「当たり前だよ!絶対に遊びに行くからね。だから、遥も頑張って!」

「うん、頑張る。親友と私を助けてくれた神永君に恥じない頑張りをするって約束する!」

 お互いに涙を堪えているのは分かっていた。だが、二人はそれを止められなかった。これが最後だと約束するように二人は涙を流した。

 遥が祥子からゆっくりと手を離すと、隣に立っていた光理の耳元に顔を近付ける。


「祥子の事・・・お願いね」


 光理にだけ聞こえるように呟くと、遥は振り返らず車の中に入っていた。扉が閉じられると、中の様子は窺えない。

 光理の隣で祥子は必死に涙を拭っていた。しかし、その瞳はただ泣き噦っている子供のものではない。前を向き進み出そうとしている者の瞳に成っていた。

 車がゆっくりと進み始め、遥は徐々に祥子から遠退いていくのを実感していた。だが、遥は決して振り返る事をしなかった。

 今は前を向いて進む。祥子に負けないように・・!

 決意を固めた祥子の車はやがて完全に見えなくなってしまった。

 司は見送りを終えると、二人を残し先に店の中に戻った。司はその直前に、祥子に向かって意味深なアイコンタクトを送っていた。その意味を祥子は直ぐに理解した。

 私も頑張らないと・・・・

 祥子はうんと頷き、早速行動に移す。

「光理くん、一つお願いがあるの」

 祥子は光理と向き合い真っ直ぐ光理を見据える。

「何ですか?」

「もしも私が弱音を吐いたら叱って欲しい。それで、どうしようもなくて堪らなかったら・・・・慰めて欲しい」

 祥子はそのまま光理の胸に飛び込み顔を埋める。光理は不意の出来事に動揺する。祥子からの体温が全身に広がっていくようで自分でも顔から火を噴いたように熱いのが分かる。

「祥子さん!?」

「私も前に進みたい。遥とだけじゃなくて、光理くんとも・・・・・」

 光理はどうするべきか迷っていると、脳裏に先程の遥の言葉が浮かぶ。

「俺は-------------」


「なぁあああああにやってのぉおおおおお!!」


 駆け足の音と共に閑静な住宅街を引き裂く怒声が響き渡る。

 光理と祥子は突然の声に動揺し、思わずお互いに身体を引き離した。

 息を切らしてやって来たのは鼻息を荒くした鈴香だ。鈴香は二人の顔を交互に睨み付ける。

「こんな朝っぱらからなーにをしてたのかな、お二人さん?」

 目を血走らせて怒っている鈴香を宥めようと光理が口を開こうとすると、

「躓いちゃったところを光理くんが抱き抱えてくれただけですから」

 祥子は一つ咳払いをしてお嬢様学校らしい凛とした佇まいへと直ぐさま切り替える。鈴香は訝し気に「ふーん」と呟くと、

「本当なの、ひかり!?」

 と、今度は光理を追求する。

「そうだよ。たまたま躓いたみたいでさ」

 光理も祥子に口裏を合わせる。

「それなら・・・まあ・・・いいけど・・・・・」

 鈴香は疑いの目を向けながらも納得はしてくれたらしい。

「それで鈴香こそこんな時間にどうしたんだよ?」

「ちょっと司さんに相談事。事前にちゃんと連絡しておいたもん」

 光理は全く聞いていない。これは意図的に司が伝えていないと見て間違い無いだろう。

「相談事って何だよ?」

「ウチの高校の文化祭でもクラスの出し物で『喫茶店』やる事になったから。それの相談だよ」

「ほんとかよ!?」

「ほんとだよ。だから、ひかりにも星宮女子校と同じようにきちんと協力して貰うからね。ちなみに、日程も同じ日だからよろしく♪」

 鈴香はちらりと祥子を一瞥すると、満足そうに店の中に入っていった。

 宣戦布告ね・・・・・上等よ!!

「光理くん。さっきの続き・・・また今度二人っきりの時にね」

 祥子は燃え盛る炎を背に背負い同じように店の中へ入っていった。

「俺はこれからどうしたらいいんだよ・・・・」

 そんな迷いの中でふとフェアレータの言葉が浮かぶ。

 人生は楽しむものだよ。ワルツを踊るようにね。

「この状況も楽しめって事かな・・・・」

 残された光理は汗ばむ太陽に呟いてみる。光理の夏はまだ始まったばかりだ。

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