表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワルツを踊れ  作者: 脱獄王
19/20

ユーテロの揺籠#19

 誰かが泣いている声が聞こえる。

 弱虫の癖にいつも強がりで、その癖いざとなると引っ込み思案になる。

 泣きそうなのを我慢しても、結局最後には泣いてしまうのは、彼女の長所でもあり、短所でもある。

 私はそんな彼女が大好きだった。

 彼女だけは私に決して嘘を付かなかった。

 私に嘘を付かせようともしなかった。

 だから、彼女に対して、私はいつも自然体でいられた。

 二条という家の重荷も誇らしいものに思えた。

 そんな彼女を偽り、私は己の憎しみに呑まれ人を殺してしまった。

 何人も殺してしまった。

 私はもう彼女の居た場所には戻れない。

 きっと、それが罪を犯した私への罰だから・・・・・


 遥は、頬に伝う温かい熱によって目覚めた。

 ぼんやりと瞳に映り込むのは、ずっと見てきた彼女の泣き顔だ。必死に涙を堪えているのに、全く涙を止められていない。思わずその表情に頬が緩くなってしまう。

「どうして・・泣いてるの・・・・祥子?」

 遥はゆっくりと祥子の頬に手を伸ばしそれに触れる。指先に温かな雫が落ち流れていく。

「遥が無事だったからに決まってるでしょ!!」

 祥子はその手を力強く握り締める。もう二度と離さないと言わんばかりに。

「・・・・そっか。いっぱい心配掛けちゃったね」

「ほんと・・だよ・・・・」

 祥子は嗚咽を漏らし、大粒の涙を流し始めた。

 遥はその手の感触で漸く自分が生きているのだと実感した。どうやら祥子に膝枕をされているようで、身体は泥に沈んでいるかのように重く、体が言う事を聞かない。腕を伸ばした時も同じ感覚だった。祥子は視線だけで周囲の様子を確認する。そこは、何の変哲も無い見慣れた学校寮の自分の部屋だった。月明かりに照らされた部屋の中はしんと静まり返っている。


「目覚めたみたいですね?」


 扉から入って来たのは光理だった。祥子は袖で必死に涙を拭い取ると、

「うん。もう大丈夫みたい」

 祥子は紅く腫れた瞼を隠すように笑う。光理は「良かったです」と応えると祥子の傍らに腰掛ける。遥は床に腕を付くと上体を少しずつ起こしていく。祥子は止めようとしたが、遥はそれを「大丈夫だから」と拒否した。何とか身体を起こし、テーブルに凭れるように上体を起こすと、

「・・・・・私は助けられたのね、貴方に?」

 と、光理に問い掛けた。

「助けるって始めから言っていたじゃないですか」

 光理は当然だと言わんばかりに答える。

「それは、そうだけど・・・・・」

 遥は戸惑いながらも何も言い返せなかった。自分の左腕が今まで同じように『人』のものに戻っているのにも驚いている。それに、肌には傷一つない。身体の中で自覚していた『VIS』の力も感じず、子供達の声ももう聞こえない。

「もう二条さんの身体は『普通』の人間と同じですよ」

「・・・そっか」

 遥は素っ気なく応えると、

「それで、私はこれからどうなるの?」

 と、光理を問い質す。

「どうなるって、どういう事?」

 祥子は不安気に遥と光理を交互に見渡す。

「祥子・・・私は人を殺しているのよ。それが『ただ』で済むなんて都合の良い話があるわけないでしょ?」

「それは・・そうだけど」

 遥の尤もな言い分に祥子は縮こまるように黙り込む。

「・・・・私はもう覚悟してるから。警察にでもどこにでも連れていって。罪は償うつもりだから」

「ちょっと待って!」

 祥子は遥を庇うように前に出る。

「遥はちょっと騙されただけなんだよ、あの女の子に!だから、本当は人を殺すなんて出来なくて・・・・遥はとっても優しいからそんな事出来るわけ---------」

「もういいよ、ありがとう」

 遥は祥子を背中から抱き締めた。

「私の為を思って言ってくれてるのはよく分かってるよ。だから、もういい。私に罪を償わせてよ」

「でも、それじゃあんまりだよ・・・・」

「しょうがないよ。罪は罪だから・・・・」

 遥は祥子の頭を名残惜しそうに撫でると、身体の感覚が戻って来たのか、ふらつきながら立ち上がる。

「さあ、連れて行って・・・・」

 遥は覚悟を決めて光理に進言した。だが、光理はきょとんとした様子で遥を見る。

「二条さんを警察に連れて行くなんて、俺行ってないですよ?」

「何言ってるのよ!?神永くんは警察関係の人なんでしょ?」

「違いますよ」

 遥は予想もしない返答に頭を抱える。今までの行動を振り変えるとその節は幾つもあった。それを全否定されたとなれば疑問は一つだ。

「じゃあ、神永くんは何者なの?」

「俺は『世界機関』の者ですよ」

「『世界機関』?」

 聞き慣れない組織名に遥と祥子は互いに顔を見合わせる。

「お二人が知らないのも仕方無い事ですよ。一般には非公式の機関ですから。普通に生活していたら絶対に聞く事はありません」

「もしかしてあの渋いおじさんも?」

「アイツは『世界機関』の長官ですよ」

 祥子は口をあんぐりとさせて吃驚している。

「あのおっさんからお二人に提案です」

 光理は少し不機嫌そうに指を一本立てる。

「一つ目。一連の事件の記憶を全て消去し、今までの生活に戻る。この場合、二条さんは自分が殺人を犯した事さえ忘れ普段の生活に戻れます。同様に、祥子さんもこの出来事を忘れて同じように普通の生活を送る事になります」

 光理はもう一本の指を立てる。

「二つ目。今までの記憶を継承し、『世界機関』の一員として働く。この場合、二条さんは日本を離れて『世界機関』のエージェントとなる為に訓練を受けて貰う事になります。機関のエージェントに従事する事によって罪は免罪される予定です。ただ、途中で機関の利益にならない行動を取った場合は法の裁きを受けていただく事にはなりますが。一方、祥子さんは日本に残り、日本支部の協力者として機関に尽力していただく事になります。仮に、機関の存在や重要機密を漏洩させた場合、記憶の抹消、若しくはその罪に準じた罰を受ける事となるのは覚悟していただく必要があります」

 二人は余りの突然の提案に困惑している。

「突然の事なので直ぐには結論は出ないと思いますから、また後日に回答していただけれ--------」

「この選択肢以外は無いって事?」

 遥の問いに光理は困ったように視線を逸らす。

「残念ながらありません・・・・それがあの世界を秘匿する為の最善の方針なので・・・・」

 遥は苦虫を噛んだように顔を歪ませる。それは、自分の扱いに対して、ではない。自分の扱いに付随するように祥子の扱いに影響を及ぼしているからだ。光理の言い分は正しいのかもしれない。この世には知ってはいけない秘密が存在する。それを知った者がどうなるか。子供でも知っている話だ。

「私は協力者になるよ!」

 高らかに声を上げたのは祥子だ。祥子の瞳には迷いはない。

「もっとよく考えなよ、祥子!?神永くんが言っていたでしょ?もし秘密を漏らしたら、最悪口封じに殺されるっていわれてるんだよ?」

 遥は真っ向から祥子を否定する。

「遥こそちゃんと話聞いてたの!?」

 祥子は引き下がらず、ずいと前に出る。

「今回の出来事が辛くて苦しい記憶だったとしても、私は忘れたくないよ。忘れたくない。-------私に遥の罪を一緒に償わせてよ」

「莫迦言わないでよ!祥子には関係ないでしょ!?」

「関係あるよ!私は遥の親友だよ!」

「親友だからって---------」

「関係あるから!!」

 絶対に引かない。それがありありと瞳の中に書かれている。

 遥は思い返す。祥子は引かないと決めたら絶対に引かない。子供のように駄駄を捏ねるように引くという行為自体を忘れる。たとえそれで自分が傷付く事になったとしても、自分が正しいと思った事を信じ通す。

 それが、自分の最高の親友である都築祥子という人間だ。

「・・・神永くん。もしも私が前者を選んで、祥子が後者を選んだ場合どうなるの?」

「俺が説明した言葉の通りです。二条さんは今回の件の全てを忘れて今まで通りに普通の生活を送って頂きます。それ以前に築いた関係性は何も変わりません。逆に、祥子さんの記憶はそのままですので、今回の出来事は絶対に話してはいけないですし、『世界機関』の協力者になるのは変わりません」

「祥子は覚えていて、私はそれを忘れて何食わぬ顔で生活するって事よね。罪を犯したのは私なのに・・・・・」

 そんな事は絶対に許せない。遥にはその選択肢そのものが無い。

「祥子が後者を選ぶなら、私も後者を選ぶ。その上で、今までの罪を償わせて貰うわ」

 祥子は遥の手を握ると、

「うん!一緒に頑張ろう。遥は一人じゃないよ」

「・・・・そうだね。私は一人じゃない・・・・」

 二人の姿に光理はほっと一息付く。

「話が纏まったところで、今日はもう休んで下さい。諸々の処理は此方で済ませますので」

 最後に、光理はテーブルに二つの携帯端末を置いた。

「三日後の朝十時にお二人で喫茶『方舟』に来て下さい。必要な連絡事項は随時この端末にメールで送付させていただきます」

 手際の良さに遥は目を光らせる。

「もしかして、私と祥子がこの結論に達するって分かってた?」

 光理は小さく頷くと、

「お二人は本物の親友だって、俺は信じてましたから」

 と言い残し、部屋を出て行った。

 遥は光理の後ろ姿を見送ると、

「ちょっと惚れちゃったかも・・・・」

 ぼそりと呟いた。

「ちょっと急にどうしたの!?駄目だからね!」

「だったら早く告白しなよ。お互いに『秘密』も共有したし、急接近じゃない?」

「そんな簡単じゃないってば!」

 二人はいつもの会話で顔を見合わせると、お互いに何故か笑ってしまった。

 きっとそれは変わったものがあったとしても、変わらないものがあるのが分かったからかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ