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ワルツを踊れ  作者: 脱獄王
17/20

ユーテロの揺籠#17

 遥が暗闇の中へ消えてから既に一時間が経過している。

 祥子は漸く泣き止んだが、じっと膝を抱えたまま顔を伏せてしまっている。光理はどんな言葉を祥子に掛けていいか分からず、ただそれを黙って見守る事しか出来ないでいた。祥子にとって、遥は無二の親友だった。その関係が一方的に、突然、何の前触れもなく崩れ去ったのだ。その片棒を担いでいるのは、遥を追い詰めた光理だ。その元凶がどんな主張をしようが、遥が消えた事実を変えられない。

 一体、俺にどうしろっていうんだよ・・・・・

 無力な己に腹が立つ。

 光理は石のようにじっと座り込み、ただ祥子に対してどう弁明するかを考え続ける。すっかり夕陽は沈み、部屋の中は月明りだけが窓から射し込むだけだ。その光は遥の行き先を祥子に伝えるように真っ直ぐに降り注いでいく。


「光理くん・・」


 突然、目の前にいた祥子が顔を上げ嗄れた声で光理に呼び掛ける。

「お願い・・聞かせて?どうして・・・祥子が・・・人を・・殺したのか・・・・・」

「でも、それは俺からじゃなくて--------」

「いいの。遥が光理くんに聞けって言ったのは、きっとそれが遥の答えだから」

 祥子の願いに、光理は咽喉元まで出掛かった想いを押し込んだ。

 これから残酷な真実を祥子に突き付けなければならない。それは、罅割れた祥子の心を壊すには充分なほどの痛みを内包している。だが、祥子の泣き腫らした瞳には揺るがない意志が浮かんでいた。光理はその覚悟に気圧されたのかもしれない。

「本当にいいんですね?俺から話しても・・」

「うん・・お願い」

 祥子の意志は変らない。

 光理はその意志に反する事なく全てを打ち明け始めた。

「二条さんは僅か三ヶ月の間に十一名の人間を殺害しました。その内、四人は広幡さんのご家族です。広幡さんが家庭の事情でお休みしているのはこれが原因です。それ以外の七人の被害者は全て女性です。誰もがごく普通の人でした」

「そう・・・なんだ・・・・」

 ある日親友が十一人もの人間を殺していた殺人犯だと言われれば、誰でもこんな顔をする。現実か嘘かも分からなくなるような曖昧な立ち位置に追いやられ、ただそこで耐えるしかなくなる。

「もう少し今回の事件の内容を話しましょう。経歴も年齢もバラバラな中で、殺害された理由が当初は分からなかった。それを考える上で、俺はある共通点を見付けました。それは、被害者達が『人工妊娠中絶』を受けた経験があるという事です」

 祥子の瞳には段々と光が戻ってきていた。自分の親友の中にある真実を知ろうと。

「・・・ちょっと待って。広幡さんは亡くなっていないけど・・・・」

「そうです。広幡さんのケースの場合は、広幡さんじゃなく広幡さんのご両親と祖父母が殺害されています。俺も最初はこの事実に囚われ、その中にある本当の理由に辿り着けませんでした。二条さんはその行為自体にも確かに強い憎しみを持っているようですが、大事なのは行為に至った理由です。その理由に基づいて、二条さんは殺人を繰り返してきた」

「そんな・・・・・」

 祥子は事実を喉に詰まらせながらも、確実に咀嚼し飲み込んでいく。 

「遥の『あの姿』と『不思議な暗闇』も事件に関係してるの?」

 祥子は振り返る。凡そ人から外れたあの異形の姿。それが脳裏に焼き付いて離れない。

「-------はい。でも、『アレ』が何であるかは俺の口から説明出来ないんです。重要機密事項に含まれているので・・・・・」

「光理くん・・・まるで映画に出てくるエージェントみたいな事言うのね・・・・」

 その感想に光理は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 祥子は何となく勘付き始めていた。光理が『何らかの特別な組織』に属しているのではないかという事実に。一介の十代の男性が殺人事件を調査するわけもない。それこそ、小説に出てくる少年探偵でもあるまい。況して、警察さえも呼ばず至極冷静な態度を保ち、二条遥の異様な姿にさえ一つも驚いた様子を見せなかった。つまり、それは、神永光理が以前にも『このような事件』に関わった経験があるという証拠でもある。だが、祥子はその点について、光理に追求しようとは思わなかった。光理が何者であろうと祥子には関係ない。光理が祥子に手を差し伸べている事実は変らないのだから。

「・・・・分かった。でもね、私は分からないの。全ての殺人が遥のやった事だとしたら、やっぱり私はその理由が分からない。どうして遥がそこまで殺意を持っているかが・・・・正直、良いとは言えないけれど、事情があれば中絶せざるを得ないって事くらいは、遥だって分かっている筈だから」

 祥子は遥の常識的な部分をよく知っている。遥の校内での成績はトップクラスであり、生活態度も他者の手本となるくらいに非の打ち所がない。

 だが、それが遥を形成する全てではなかった。やはり祥子は知らなかった。遥が抱える大きな『闇』の存在を。光理は今になって思い至っている。遥は自身が抱えている闇をずっと祥子に伝えられなかったのだ。それは今も変わらず、光理の口から代弁して貰おうとしている。きっと、それはたった一人の親友への後ろめたなのかもしれない。油断すれば、掌の上でさえも砕け散ってしまいそうな硝子の闇だ。

「・・・・祥子さんは『石女』っていう言葉は知ってますか?」

「えっ・・子供が産めない人とか不妊症の人だっけ・・・」

 祥子は思い出すようにそれを口にすると、驚愕の事実を知ったように大きく目を見開いた。

「まさか・・・・・・」

 祥子は再び大粒の涙を瞳から零し始めた。祥子は語らずとも遥の闇を光理の言葉から悟った。

「私・・知らなかった。遥が・・そんな・・・・・・」

 泣き噦る祥子に光理は事実を述べるしかない。

「代々二条家は石女の家系だそうです。女性は十六歳を迎えると自身が石女かどうかの検査を受けるのがしきたりのようです。二条さんはその検査で石女と判断された。不妊治療も行っていたようですが、それも全く効果がなかったようです。--------俺が言えるのは此処までです」

「でも、違う!!」

 祥子は大声を上げて立ち上がる。

「喩えそうだとしても、遥は人を殺せる人間じゃない!それは私が一番知ってるんだから!」

 祥子はその勢いで光理の傍へと近付くと、

「お願い!私を祥子が行った場所に連れてって!光理くんなら分かるんでしょ?祥子が今居る場所が!」

 光理は小さく首を横に振る。

「それは出来ません・・『フェルヌス』は招待された者以外は絶対に入れない。二条さんに招待されたのは俺だけです。だから、俺以外は入れません」

「そんな・・・」

 祥子は俯き嗚咽を押し殺す。

 光理もどうにかして祥子を遥に会わせたい気持ちはある。きっと、光理からではなく、遥から祥子へと直接

話さなければならないのだ。きっと、それが今回の事件から遥を救う鍵となる。だが、光理にはその力がない。自らの意志では『フェルヌス』に足を踏み入れられないのだ。それが現世と隔絶した『フェルヌス』のルールだ。


「女性を泣かせるとは何とも情けない話だね、光理?」


 見覚えのある嫌味な声に光理は目を細める。

 窓から射し込む月光が黒く大きな影のように欠けている。目を凝らしてよく見れば一目瞭然だ。

「どうしてこんなところにアンタがいるんだよ、フェアレータ!?」

「不甲斐無い部下を助けるのも優秀な上司の役目というものだ」

 フェアレータは得意気に高い鼻を鳴らすと、躊躇いなく遥が消失した場所へと歩を進める。

「ふむ、成る程ね・・・・・」

 一目で何かを理解したのか大きく頷くと、祥子の前へと跪く。

「お嬢さん、望み通り君の願いを叶えよう」

 フェアレータは不敵に微笑むと指先を鳴らす。その音と同時に、先程遥が消えた時に生じていた影が再び霧のように発生し始める。祥子は目の前の光景を信じられないようだ。

「貴方は一体・・・!?」

「私は光理の上司だよ。それも彼とは違って飛び切り優秀なね」

 光理はその嫌味にいらっとしながらも手際の良さに内心驚いた。

 相変わらずの便利の能力だよな、此奴の『GRANATUM(グラナタム)』は・・・他者の『VIS』に強制介入して、一時的に支配する力・・・・気に喰わないが、でも助かった・・・

「礼というのは口に出して言うものだぞ、光理?」

 内心を読まれ光理は明らかに不快な様子を示す。フェアレータはそれを楽し気に眺めると、再び視線を祥子へと戻す。

「いいかい、お嬢さん。この入り口はあくまでも此方から『無理矢理』に開いたものだ。だから、行きっ放しという事態も充分に有り得る。片道切符という奴だ。それでも、君は親友の為にその足を踏み入れるかい?」

 一度行けば二度と戻って来られない。

 その言葉に祥子の全身は凍り付くように震える。だが、その震えは嘗て見た風景とは違う。

 遥は閉ざされた闇の中で静かに眠りにつこうとしている。きっと、それは嘗ての自分と同じだ。その中へ手を差し伸べるのは自分しかない。手を差し伸べてくれたいつかの遥のように。

「私は・・私は行きます!そして、遥を助けて必ず此処へ帰ってきます!」

 フェアレータは固く決意を固めた祥子の瞳に頷くと立ち上がり、光理の肩を後押しするように叩いた。

「君は彼女を守る騎士だ。彼女の想いを必ず遂げてみせろ」

 光理は舌打し、その掌を撥ね除けてみせる。

「アンタに言われるまでもない。絶対に『二人』とも守ってみせるさ・・・・」

「泣きべそをかいていた割には上等な答えだ」

「・・・ほっとけよ」

 光理は振り返らない。

 フェアレータも振り返らない。

 だが、フェアレータは知っている。

 光理が今どんな顔をして、誰を守ろうとしているかを。

 二人の決意を見届け、フェアレータは颯爽と去っていった。

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