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ワルツを踊れ  作者: 脱獄王
16/20

ユーテロの揺籠#16

「もうこんな時間か・・・」

 遥が窓の外を眺めながら、携帯の画面に視線を落とす。時刻は十八時三十分を跨いだところだ。外はぼんやりと明るいが、ビルの隙間から見える夕焼けは沈み掛けている。

 祥子は腕を天井に向け伸びをすると、

「もうちょっとで夕飯か。今日のメニューなんだろうね?」

「神永くんが作ってくれれば何でもいいんじゃないの?」

 遥の発言に祥子の肩がびくりと反応する。

「・・・それは間違ってないけど。光理くんはお料理上手だし」

 祥子のちょっとした惚気に、遥はうんうんと頷く。

「それだけお惚気られればもう充分ね。勝負はカフェテリアが閉まる十分前。作戦通り実行するわよ。時間はあんまりないからね!」

「うん、分かった!」

 二人が試行錯誤をしながら三時間を要し考え出したデートプランの実行。その為には、先ず光理をデートに誘わなければならない。善は急げと遥は祥子の背中をぐいぐいと押した。祥子もその気になり、既に戻っているであろう、光理に早速アプローチというわけだ。

 祥子は胸の内の鼓動を何とか抑えながら、冷静になろうと努める。

 大丈夫。一緒に遊びに行くだけだもん。

 そわそわしている祥子を横目に見ながら遥は満足気ににやついていると、室内のインターホンの音が鳴った。

「誰だろ?」

 遥は立ち上がり、インターホンに付属している画面を見る。

 ふーん・・・『なるほど』ね。まさか・・あっちから来てくれるなんてね・・・・

「どうぞ入って来て。鍵は空いてるから」

 遥はインターホン越しの人物に促すと、祥子の方を振り返る。

「どうしたの?」

 と、不思議そうに訊ねる。

「祥子の『お目当ての人』が来てくれたわよ」

 祥子は遥の発言に目をこれでもかと丸くすると、髪を手櫛で整え、だらしない襟元を整える。就寝の時以外は制服を義務付けられているのが、ある意味幸いした。人前に出ても問題ない服装だからだ。もし、だらしない格好でいたらとてもじゃないが、真っ当に会う気さえ起こらない。女の子は好きな男の子の前では可愛くいたいものなのだ。

 リビングルームの扉を開きやって来たのは、祥子の予想通りの光理だった。

「突然お邪魔してしまって申し訳ないです」

 光理が一礼すると、

「気にしないで。そこに座ってよ」

 遥は光理に座るよう促し、光理はそれに従う。遥も同じように座ると、

「それでどうしたの?わざわざ私の部屋に来て」

 光理は二人の顔を見合わせると、

「祥子さんに用があったんですけど、部屋に行ってもいらっしゃらなかったので。もしかしたら二条さんの部屋かと思ってこちらに来ました」

「・・・そっか。でも、どうやってここまで来たの?ここは男子禁制の桃源郷だよ」

 遥はくすくすと冗談めいて光理に問い掛ける。

 確かに遥の言う通りで、この部屋というよりは、この寮の二階以上は特別な許可がない限り、生徒以外の者がエレベーターに乗るのさえ許されない。その上、男性が部屋に入ってくるとなれば、一種の大事件だ。

「それは単純明快ですよ。俺が此処に入れる許可を貰っているからです」

「へぇ・・まあ、そうだよね」

 祥子とは対照的に、遥は光理の来訪を驚いている素振りを見せていない。それどころか、まるで光理がこの部屋を訪れるのを予見していたかのようにも思える。祥子には分かる。今の遥は、いつもの遥とはピントが『ズレ』ている。罅割れた鏡の奥底を覗くような違和感が漂っている。

「それで、祥子への用って何?」

 遥はテーブルに肘を付くと、斜向いにいる光理を眺めながら掌に顎を乗せ尋ねた。光理は瞼をじっと閉じると二、三秒そのまま沈黙した。そして、ゆっくりと瞼を開けると、祥子を見据える。

「---------二条さんの事で話したい事があったんです」

「私の事?」

「そうです。とても大事なお話です」

 祥子は正面に座っている遥を一瞥すると、

「光理くん、ちょっと私には話が見えないんだけど・・・」

 困ったように光理に尋ねる。

「内緒話だったら私の部屋で、しかも私の目の前でしたら不味いんじゃないの?」

 遥はテーブルに手を付きゆっくりと立ち上がると、

「何の話かは知らないけど、私は祥子の部屋に行ってるから。ここで二人でご自由に話すといいわ」

 あっけらかんとした様子でリビングから出ようと扉へと向かった。

「二条さん」

 と、光理は遥を振り返らず呼び止める。遥も光理の方を振り返らない。


「俺が此処に来た意味を、もう貴女は『知っている』筈だ・・・・」


 光理は意を決したように立ち上がり、遥の背中を見据える。遥は扉の野面に掛けていた掌をゆっくりと離すと、光理の方へと振り返った。


「・・・・意外と早かったかもね。私まで辿り着いたのは・・・」


 祥子は二人の異様な雰囲気を不安に覚え、同じように立ち上がり遥を目で追った。遥と目が合った瞬間、祥子は口元を抑え絶句した。

 

「やっぱり驚くよね?初めて見る人はさ・・」


 遥は自虐的な笑みを零す。祥子が驚きを隠せないのは当然だった。

 まさか、ここまで『侵食』が進んでいるなんて・・・・・・

 光理は目を細め、奥歯を噛み締める。

 遥は凡そ人とは外れた形相をしていた。顔の左半分の皮膚が瘡蓋のように剥がれ落ち赤黒く染まり、真っ赤な血管が浮かんでいる。それは左半身全てに及んでいるようで、制服のシャツから伸びる左腕は既に人の色を忘れてしまっていた。双眸は血溜まりのように赤黒く、まるで泥水の上に打ち捨てられた石のようだ。

 祥子の顔は驚きのあまり見る見る内に青ざめていった。一歩一歩その場から後退ると、腰が砕けるようにその場にへたり込んだ。遥は悲し気な瞳で祥子を眺めると、視線を光理へと移す。

「・・・さてと、何処から話そうか?まあ、私が自分から話さなくても神永くんはもう分かってるんでしょ?だから、あんなまどろっこしい言い訳をして、私の部屋に来た」

 光理は苦虫を噛み潰すように口を開く。

「・・・その通りです」

「じゃあ、全部知ってるんだ。私が今まで『十一人』も殺したって事もさ?」

「・・・・・・・はい」

 

「どういう事なの、遥・・?」


 血の気の抜けた祥子の顔は、信じ難い親友の姿とその言葉に混乱するばかりだった。遥は光理の背後に座り込んでいる祥子に再び視線を移すと、

「言葉の通りよ。私は十一人の人間を殺したの」

 祥子とは対照的に至極真っ当であるかのように返答する。まるで、普段の何気ない会話の遣り取りと同じだ。

「殺したって・・・意味が分からないよ、遥・・!?遥は人を殺すような人じゃないでしょ?」

「そんな事ないよ。私は殺したい人間がいて・・・その力をずっと望んでたから」

 遥は自身の左腕の裾をたくし上げ、ありありと人とは異なる左腕を見せ付ける。別の生き物のように鼓動する腕は、これまでの殺人を行ってきた武器でもあった。

「これが、その『力の代償』よ。何事にもリスクは付きものだし、こうなるってのは力を得る前に聞いてたから後悔はしてないけどね。--------それから、勘違いして欲しくないけど、人を殺すのが悪いっていうのは理解してるし、私は人の道を踏み外した人間だってのも理解してるから」

「だったらどうしてっ!?」

「頭では理解していても、心では理解する気がないってだけ。理解したくもないっていう方が正しいかな?まあ、持つ者は持たざる者の気持ちなんか一生分からないっていう話よ」

「私に遥が持っていないものを持ってるって言いたいの?」

「・・・・そう。でも、私は祥子を殺したいとは思わないし、絶対に殺さない自信がある。祥子はきっと『それ』を大切にする子だから。今まで親友だった私が言うんだから、間違いないよ」

 祥子は頭を抱え、大粒の涙を零し始める。

「分かんないよ・・分かんない!私は・・遥が何言ってるか分かんないよ!!」

 駄々を捏ねるように泣き噦る祥子に、遥はがっかりするように溜め息を付く。

「泣き虫癖は治ったと思ってたのに、やっぱり未だ残ってたんだね。でも、もう私は祥子を助けてあげられないから。一人で泣いてても、きちんと一人で立ち上がりなよ」

 遥は名残惜しげに祥子から視線を外すと、左腕を空中へと差し込んだ。すると、遥の背後から蟲が影のように蠢くように暗闇が広がり始める。

「神永くん。私は先に『フェルヌス』に行ってるから。決着はそこで付けましょう。私が殺人鬼に成り下がった理由は貴女から祥子に説明してあげてね?貴方がここにいるって事はそういう意味なんでしょ?」

 悪戯な笑みを浮かべると、遥はその暗闇の中に背中を預けるように呑み込まれていった。遥の姿が全て暗闇に入り込んでいくと、やがて暗闇も霧散するように消え去っていった。

 光理は拳を爪が喰い込むくらいに握り締める。

「簡単に言ってくれるなよ・・・・・」

 暫くの間、光理は祥子の泣き噦る声を聞きながらただ立ち尽くすだけだった。

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