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ワルツを踊れ  作者: 脱獄王
14/20

ユーテロの揺籠#14

 光理は広幡家を後にした道中で、もう一度亜衣から聞いた話を頭の中で整理していた。亜衣の言葉によって、光理の中には少しずつ朧げな犯人の輪郭が映り始めていた。あくまでも推理の域は出ないが、亜衣の話によって少なくとも犯人の動機は鮮明になってきている。

 犯人は単に『人工妊娠中絶をした女性』を対象に殺人を遂行しているのではない。人工妊娠中絶を行った『理由』に基づいて対象を定めていると考えられる。その根拠は、必ずしも中絶手術を受けた女性を犯行の対象にしているわけではないという事実だったが、亜衣の話でそれが色濃く顕在化したように思われる。実際に手術を受けた亜衣ではなく、亜衣の祖父母と両親が殺害されているのは、その理由を象徴する結果となった。

 犯人は何らかの方法を用いて、中絶手術を受けたという事実ではなく、中絶手術を行った理由を調べ上げ、それを元に対象を定め、殺人を繰り返している。中絶手術を受けた全員が対象でない理由も、この理由があるからこそなのだろう。光理は亜衣の言葉を思い出す。

 

「謂れの無い理由で大切な赤ちゃんを産めないこの悲しみを・・・・・」

 

 お前にはこの悲しみが分かるのか?

 そう訴えられているような言葉だった。

 犯人が広幡亜衣の祖父母と両親を殺害した理由は、彼女が最後に心の底から叫んだ言葉に繋がっているような気がするんだ・・・・彼女の言葉には嘘偽りのない真実があった。その真実の中に、犯人に辿り着く為の何かがある筈なんだ・・・・

 広幡亜衣の心に最も近い感情、もしくは強いシンパシーを感じるのはどんな人物か?

 詰まる所、それを考え出すのが最も犯人を導き出す手法として最良だ。広幡亜衣の想いに寄り添える人間と考えると、ただ単に彼女を可哀想と考えるだけでは難しい。可哀想と思うだけではただの他人事だ。他人事を自身のように捉えている人物ではなくてはならない。では、広幡亜衣と同様に中絶手術をしている人間というのはどうか。しかしながら、その見解が的外れなのを光理は既に知っている。『世界機関』が調べた情報の中で、星宮女子高校の女子生徒の中で人工妊娠中絶手術を受けた経験があるのは、広幡亜衣しか存在しない。それ以前に同様の手術を受けた人間も一人もいない。当然と言えば当然であるが、この経験自体が犯人に結びつく鍵にはならない。

 少し座って考えるか・・・・

 光理は目についた公園のベンチに座り、もう一度事件の犯人像を熟慮する。

 中絶手術の経験がないとすれば、中絶に近い経験をしているか、中絶を行う人間に対して異様なまでの憎悪を持っているかしか考えが及ばない。前者はそういう経験ってのが浮かんでこないし、後者は今回の事件のケースから外れている。そもそも医者は誰も殺されていないし・・・・

 八方塞がり。

 もう少しで出口が見えそうな所まで来ているが、そこからどうしても上手く抜け出せない。だが、立ち止まるには、十分な時間を既に費やしている。犯人の犯行スパンは短い。最短で三日後にはまた誰かが殺害されるかもしれない。これ以上、もう犯人に犯行を続けさせてはいけない。光理は少なくともそう思っている。広幡亜衣の話を聞いたはっきりしたもやもやの中の一つが、犯人は決して悪人ではないという事だ。犯人には少なくとも犯人なりの信念を持っている。

「もう一度考えるんだ。広幡亜衣の心の中にあるものを・・・・・」

 光理はゆっくりと目を閉じる。

 犯人は中絶経験がないのに何故そこまでそれを行う人間を嫌悪するのか?そもそも嫌悪してるんだったら、手術を行っている医者だって対象になる。でも、そうじゃない。中絶手術という経験そのものじゃなく中絶をする理由に犯人は主眼を置いている。この理由がきっと犯人の憎悪の対象なんだ。亜衣は産むのを望んでいた。でも、彼女の祖父達は産むのを反対していた。その反対の手段が中絶だった。中絶は手段でしかない。中絶は子供を堕ろして産まないという選択肢だ。そう言われれば、他の被害者達は子供を産みたくないという理由で堕胎をしていた。でも、被害にあっていない人達はどうだった?子供を産まないという選択肢は同じなのに、犯人はどうして選別をしている?

 光理の頭の中で渦のように言葉がないまぜにされていく。


「産んで上げられなくてごめんなさい・・・・・」


 光理の頭の中にふと亜衣のこの言葉が一縷の光のように何かを照らした。光理はベンチから立ち上がると、顎に手を当て呟いた。

「・・・・犯人は『産まないという選択肢を取った理由』で対象の選別をしているのか・・・!?」

 視界が段々と晴れ渡ってくる。

 広幡亜衣の憎しみの根源となっているものは、中絶という行為に対してじゃない。産むのを望んでいるのにも関わらず、自分の子供を産めなかったという結果に、だ。犯人はそれに同調している故に、被害者達が中絶をしたという行為に対して憎しみを抱いたわけでじゃない。だからこそ、中絶手術を受けている者全員を対象にしなかった。それを分けているのは、手術を決意した者達のその理由だ。犯人は『産まない選択肢を取った理由』に対して憎しみを抱いている。そして・・・産まないという選択肢を取った理由が、犯人の許容し得ない理由だった者を殺人の対象としている・・・・

 犯人が被害者達を許せなかった理由。

 光理は、一旦広幡亜衣以外の被害者達が手術を受けた理由を思い出す。手術を担当する主治医は、患者の手術をする前に必ずコンセンサスを取る。その際に、手術を受ける理由を聞いている。それは光理が読み込んだ資料にも記載されていた。その理由は大きく二つに別れる。一つは、経済的に難しいという理由。もう一つは、結婚を考えていないという理由だ。どちらも今の生活スタイルを崩せないからという理由に起因している。彼女達は全員犯人に殺害されている。一方で、殺害されていない人達も理由としては変わらない。では、この二者を明確に分けた理由は何か?それを解明する為には、もう一度イレギュラーケースである広幡亜衣のケースを考えなければならない。広幡亜衣のケースのみが手術を受けた当人ではなく、別の者が殺害された。

 広幡亜衣は産みたかった。でも、産めなかった。そこにあるのは後悔と罪悪感・・それに・・懺悔・・・・・産んであげたいけど産めない。そこには人が生活する上でどうしても避けられない理由がある。犯人はそれを知っているからこそ、手術を受けた全員を殺さなかった。それを分けたののは、亜衣のような罪の意識かもしれない。亜衣と両親達に違いがあるとすればそれしかない。じゃあ、犯人はどうして中絶に対して罪の意識のない人間をここまで憎む?自分が中絶をした経験がないのにどうして?

 光理の目にふと公園の中で無邪気に遊ぶ母親と子供の姿が映り込んだ。その景色は、どこにでもある日常だ。誰しもが得られる可能性のある小さな尊い幸せだ。きっと、広幡亜衣もこの幸せを夢見ていたに違いない。楽しそうに遊び回る子供との生活を。

 その時、穏やかな日常の景色が、光理に一つの結論を導き出させる。

「・・・・犯人はまさか『子供を産めない体』なのか・・・!?」

 子供を産めないからこそ、子供の未来を奪う中絶という行為に憎しみを持つ。だが、犯人は決して子供ではない。中絶をせざるを得ない理由を持つ人間には理解を示している。きっと、それは望まれない子供があんな風に幸せに生きられないという事を知っているからだ。彼らには罪の意識があるのも理解している。だから、中絶をしている人間を全員殺害しているわけじゃない。だが、罪の意識もなく、身勝手に中絶をした人間は決して赦さない。それが、犯人にとっての信念とも言える殺人行為なのかもしれない。

「でも、これ以上は繰り返させちゃいけない・・・・」

 これ以上、犯人に殺人を繰り返させてはいけない。光理は決して犯人を庇っているわけでも、犯人の行為を赦したわけでもない。ただ、犯人が自分ではどうしようもない闇の中で踠き苦しんでいるのであれば助け出したいと願っているからだ。その為に手にしたのが、『VIS』という力であり、『世界機関』に所属するという意味なのだ。

 光理は携帯をデニムのポケットから取り出すと、司に連絡を取った。二回目のコールで司は電話越しで応答した。

「・・・・僕にこのタイミングで電話してきたって事は何か掴んだんだね?」

 司はお見通しだったらしい。電話越しでも微笑んでいるのが見なくとも分かる。

「はい。俺は今から犯人のところに向かいたいと思います。--------その前に、一つお願いしてもいいですか?」

「ああ、勿論。僕に出来る事があれば何でも言って欲しい」

「ありがとうございます。お願いというのは----------」

 光理が司に依頼したのは、犯人にとって最も知られたくない『真実の証明』だった。

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