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ワルツを踊れ  作者: 脱獄王
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ユーテロの揺籠#11

 事件翌日、広幡亜衣は『家庭の事情』という理由で夏期講習を欠席し、自宅へと戻った。本当の事情を知っているのは『世界機関』に所属している中でも極一部で、学校関係者には、亜衣の両親と祖父母は『不慮の交通事故』が原因で亡くなったと伝えられている。亜衣自身にも真実は伝えられていない。あくまでも事故と伝えられている。だが、そんな分かりやすい嘘も直ぐに暴かれるだろう。生徒達の中には既に噂として広まりつつある。広幡亜衣の両親達は皆殺しにされた、と。

 光理は現状の状態を維持し待機という命令を受けていた。司が光理にそれを命令したのだ。寮の仕事を突然休むのは不自然だからというのは、ただの上辺の理由だ。司は光理の今の状態を心配し、一旦この事件から光理を遠ざけたのだ。アルカに相対した事によって、光理は任務を失敗した。広幡亜衣は生存しているが、犯行は止められなかったのだから、失敗したも同然と思うのが、光理なのだ。司は光理の生真面目さと、枷にも似た過去への後悔を知っている。そして、助けられなかった『誰か』の為に、誰よりも強い悔恨の念を持つのも理解している。それ故に、光理は強くあると同時に非常に脆い。だから、今の光理は心を休める時間が必要なのだ。束の間の時を休めば、光理は必ず自らの足で立ち上がり、再び残酷な真実と向き合い始める。司は、それをただ待つだけだ。

 一方、亜衣の事件に対する反応はとても冷ややかなものだった。

 亜衣は血筋に縛られる広幡家を心の底から嫌悪していたらしい。少なくとも、司が事情を説明した際の反応からはそれが感じられた。何よりも、亜衣と家族の溝を決定的にしたのは、先日の中絶だ。亜衣自身は、愛する人との子供を中絶という手段で『殺された』と考えている。亜衣は、司から最初に両親達の死を聞いた際、涙ではなく笑顔で応え、こう言った。


「私の大切な赤ちゃんを殺した罰ね。死んで当然よ、あんなクズ共は・・・・・・」


 司はその言葉を聞き、これが今回の一連の事件の真実を現した言葉なのではないか、と考えた。そして、それが犯人の動機に繋がっているのではないか、と。


 光理は寮の裏手の扉の前に座り込み、仕事の合間の昼休憩の間ずっと考えていた。亜衣が司に対して放った言葉の中に潜むものを。その中にある真実を。だが、光理の胸の内はもやもやとした暗澹たるもので埋め尽くされ、その中に思考が泡のように消えていく。考えは纏まらず、ただ時間だけが過ぎていく。

 俺は広幡亜衣の両親達を救えなかった。でも、広幡亜衣にとっては、その死が救いだったのかもしれない。お腹の中にいた大切な命が奪われて、それを強要した両親達を心の底から憎んでいた。殺したいと思うくらいに憎んでいた人達が死んだ。復讐が果たせて喜んでいるのかもしれないな・・・・・・

 誰かが殺された事実を喜びと言い換えたくはない。無碍に命が奪われるなどあってはならないからだ。

 だが、亜衣の両親達は亜衣に対して『殺されるだけの動機に値する罪』を犯してしまっている。場合によっては、それは『殺人』と同義の罪だ。少なくとも、亜衣はそう考えている。

 彼女の悲しみは憎しみから生み出されるものだ。その歪んだ衝動は犯人によって果たされてしまった。亜衣からすれば、犯人の行為は神からの祝福そのものだろう。ある人にとっての悲しみは、ある人にとっての喜びとなる。それを分けるのは、視点と立ち位置の違いでしかない。彼女にとって、光理は復讐を邪魔するだけのただの邪魔者でしかなく、犯人は正義の味方だ。

 光理には、事件のあらましを辿っていた時からずっと胸の内に仕舞っていた一つの違和感があった。それが、今回の出来事によって、それがまるで此方を見透かしたように笑う道化師のように姿を現したのだ。光理はその不敵な笑みから目を背けられなくなっていた。

 犯人の全てを理解しているわけじゃない・・・でも、俺はどうしても犯人がただの悪人には思えない。犯人は悪となり罪を犯したとしても・・・たとえ何を犠牲にしても叶えたい願いがあるんだ。『VIS』は使用者の強固な意志によって力を大きく増幅させられる。ただの欲望や憎しみだけじゃ、あんな力は出せない。俺は犯人と相対した時に、本当に闘えるのか・・・・?

 犯人の行為を少しでも肯定しそうになる弱い心が、光理を胸の内を強く締め付ける。

 ただの暴力や悪と対峙するのはとても容易い。正義と悪という明確な二項対立の中にいられるからだ。自身を正義と信じ、正義に殉じれば、迷いなく戦える。だが、相対する敵が、自分とは異なる『正義』の旗の下に行動していたらどうか。そうなれば、互いの正義の前に一方的な正しさなど簡単に水泡に帰す。自分にとっての正義は敵にとっての悪であり、敵にとっての正義は自分にとっての悪に成り代わる。その二元論に、光理の心は雁字搦めにされ、身動きが取れなくなってしまう。自分の確固たる正義を貫く信念が、今の光理は持ち合わせていない。


「やっと見付けた!」


 顔を上げると、手をひらひらと振る祥子が立っていた。だが、今の光理は祥子とまともに顔を合わせて話せる自信がない。光理は立ち上がり小さく頭を下げると、扉を開き室内に入ろうとした。だが、「ちょっと待って!」と、祥子によって引き止められてしまった。祥子はしっかりと光理の腕を掴み離さない。

「どうしたの、光理くん!?元気ないよ?」

 祥子が心配そうに訊ねると、

「初めての環境で少し疲れただけですから」

 と、有り体な嘘を付いてその場を濁しその場を離れようとする。

「・・・・・それ、嘘でしょ?」

 心の芯を突く言葉に、光理は振り返る。祥子の表情は今までに見た事がないほど、凛々しく真剣だった。真っ直ぐに此方を見据える瞳が、張りぼてで作られた嘘の奥にあるものを見透かす。祥子は振り向いた光理の手を優しく包み込むように握り締めた。

「私は光理くんの助けになりたいの・・!!」

 真に迫る祥子が眩しくて、光理はゆっくりと瞼を閉じた。

 自分の弱さにはいつも嫌気が差す。揺るがない心があれば、強い意志があれば、誰かに甘えなくても済む筈なのに・・・・・・

 光理は助けを求めるように祥子の胸に顔を埋めた。

「・・・・・少しだけこうさせて下さい」

 か細い声で呟くと光理はそのまま口を噤んだ。祥子は今までの光理からは考えられない行動に少しだけ驚いたが、何も言わずに光理を子供をあやすように抱き締め頭を撫で始めた。光理は唇を噛み締め、その優しさに没頭するように身体を預け、そのまま沈むように眠りに落ちていった。

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