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ワルツを踊れ  作者: 脱獄王
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ユーテロの揺籠#1

 光が在るからこそ、そこに闇が生まれる。光と闇は常に互いを牽制し合う天秤のように屹立している。

 人とは、その狭間で揺れ動くただの不安定な幻想に過ぎない。

 人は、『光を持つ権利』を持つと同時に、『闇を持つ権利』を持つ。その権利の天秤を何方かに傾けるかは、権利を持つ人によって異なるだろう。権利を行使し己の意志で傾ける者も居れば、恣意的に権利を行使され、他者によって強制的に傾けられる者も存在するだろう。

 でも、意識的であれ、無意識的であれ、天秤が均衡を保つという瞬間はこの世に一度足りとも存在し得ない。それは、人が定められた運命に翻弄される生き物であるからだ。人は決して運命には抗えない。

 少し視点を変え、仮に、光を『幸』、闇を『不幸』と定義する。

 人は誰でも幸せである事を望む。『例外』を除き、誰も不幸になりたいなどと思わないでしょう。

 だが、この観点には一つの大きな矛盾が内包されている。

 『幸せ』とは一体何を指し示すのか?

 此処で問い掛けたいのは、言葉そのものの意味じゃない。幸せという状態がどのようなものであるか、という問いに尽きる。大多数の人が幸せに感じる事が、必ずしも万人にとっての幸せじゃない。逆に、大多数の人が不幸せに感じる事が、必ずしも万人にとっての不幸でじゃない。つまり、人には明確に『幸』と『不幸』という在り方を証明出来ない。

 仮に、唯一あるとすれば、世界共通の法として、『生存権』という『権利』が存在する。

 これが、人間が人間らしく生きる権利、つまり、人が人である為に最低限の幸せを享受出来る権利だ。この権利を持つ者は、社会という枠組みの中で、それなりの幸せを保障される。

 杓子定規的な表現で言えば、『生存権』は、一定の社会関係の中で健康で文化的な生活を営む権利を指す。具体的には、人間には勤労、教育の機会が平等に与えられ、各種の社会保障を通じ、健全な環境の下で心身共に健康に生きる権利が与えられる。国家には、その生活を国民に保障する義務が課せられている。つまり、国家に属している限り、人には幸せに暮らせる権利があり、それが保障されているのだ。

 実際に、これによって、人は社会の中で大なり小なりの恩恵を受けている。平等か不平等かを唱え始めれば切りが無いのは事実だが、少なくともありふれた幸せを獲得するには充分だ。

 しかし、そのありふれた『幸せの枠』から外れてしまった者はどうなるか?

 高級な嗜好品を望む事も無い。

 分不相応な立場を望む事も無い。

 社会から逸脱した権利を望む事も無い。

 ただ、大切な人と共に温かい家庭を持ち、子を育て、そして死んでゆく。

 そんな人が幾重の歴史の中に刻んできた幸せさえ掴む権利を赦されない者はどうなるか?


 答えは単純明快。

 天秤が大きく傾き、深い闇へと堕ちるだけだ。ただ深い闇の中へと・・・・


 あの子もまた、枠から外れた『不幸な人間』の一人だ。


 あの子自身には悪性などなかった。

 あの子の望む願いは、人が誰でも望むありふれた幸せだった。

 自らその枠から外れようなどと当然思うまでもなく、あの子は特殊な環境にありながらも、人して普通に暮らしていた。その意味で、あの子は社会から『逸脱した者』ではなかった。何処にでもいるありふれた普通の人だった。

 だけど、今はもう違う。

 あの子は社会の枠から大きく外れ、人としての『権利』を放棄した。

 厳密に言えば、あの子は『社会の枠の中で幸せに生きる権利』を持つ権利を初めから持ち得ていなかった。つまり、あの子は権利を放棄したのではなく、始めから権利を持たず、例外的に枠の外に立っていたのだ。権利を放棄したという表現は、あの子を知らない者が放った虚言に他ならない。

 故に、初めから権利を持たない以上、あの子自身が人間の形成した社会の枠組みを守る必要性は一切ない。

 少なくとも、賢いあの子はそう判断した。

 自身を納得させ、そして、『私』にその力を望んだ。

 その力は人が持つには余りにも強大で危険なもの。

 それを知って尚、あの子は自らの意志で選択をした。

 そして、私の目の前に佇むあの子は、今、人を逸脱した存在となった。


 あの子のか細い指は赤黒い血染めの闇に染まっている。

 その闇はあの子を人ではない『何か』へと変貌させてしまった。

 変貌するあの子の瞳は、月光を浴び、血を浴び、蠢く殺意に溺れていく。

 その姿は、まるで人が持ち得ない美しさを秘めた獣だ。


 私はこの獣を眺めるのが堪らなく好きだ。何度見ても飽き足らない。

 あの子が私を見て壊れそうな微笑を向けた。狂い踊った道化師のように。


 深く白む闇の中で、彼女は、真の意味でこの世の生を享受した。

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