私の本を返しなさい
私の本シリーズの三作品目ですので「本を返して下さい」から順に読まないと話がわからないかと思います。
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今回はいつもより少し長いお話です。
「私の本を返しなさい」
謁見の間にて仁王立ちになりながら少女が強気で言い放った。少女の姿に毎度のごとくえらそうな態度で王座にふんぞり返っている少々お歳を召したイケメン王様の眉間に皺が入った。
「お前、我に向かって命令をするか」
「うっ」
王様からの容赦ない威圧に一瞬少女は動揺するが、首を振るとビシッと王様を指刺した。
「なんだかんだでいつまでも私の本を返してくれない王様が悪いんじゃない!」
「返す気はあると言っているだろう。あと人を指刺すのではない!」
「気だけじゃダメでしょ! 気だけでいいなら誰だってテストは満点とれているわよ!」
「いきなり現実的なたとえを出してきたな」
呆れた王様はふと、少女の手元になにやら大きな袋があるのに気がついた。分厚いその袋は厚さや形からしてどうやら書類のようなものが何枚も入っているようだ。
「なんだその袋は?」
よくぞ聞いてくれたとばかりに少女は大きく胸を張った。
「私の最終兵器よ」
「最終兵器?」
周囲がざわざわとどよめくが、少女は気にすることなく袋を持ち上げると中を覗いて手を突っ込んだ。
「ちょっと枚数多いから見つけるの大変……付箋がないって不便」
「フセン?」
なんだそれはと王様が問う前に、少女は目当てのものを見つけたのか袋から書類の束を取り出した。
「時間がなくてネームすらまだ途中なんだけど」
「ネーム?」
「漫画を描くときのキャラの位置とか台詞とかコマ割りとかを大まかに書いたものなの」
少女が見せたものは人の顔よりも大きい用紙に何か人物のようなまるい物体と台詞が事細かに書かれたものだった。
「ほう、これがあの本の元になるものか」
興味を持った王様がその用紙を覗き込む。
「このマルに王と書いてあるものは?」
「王様よ! このお話に出てくるの」
「なるほど我がか……見せろ」
自分が出ると聞いて内心ちょっぴり嬉しくなった王様は表面はあくまで無愛想を保ちつつ、受け取ったネームを読み始める。
十分後。
「な、なななななな……」
ネームに折り目が入るくらい強く握り締めた王様は、顔を茹蛸のように真っ赤にしてプルプルと震え上がった。
「なんだこれは! 我が被害者ではないか!」
思わず立ち上がり怒鳴る王様に少女は怯えることなくむしろ考えこんだ。
「被害者って言われるとなんか違う漫画をイメージしちゃうけど……うん、まぁ被害者と言えなくはないかな?」
「疑問符つけるな! どうみても被害者だろうが!」
「被害者被害者言わないでよ! これでもれっきとした純愛ものでハッピーエンドになるんだから!」
「何がハッピーエンドだっ! 我が愛しているのは妃と側室だけだ! その話を描け!」
「それだとリアルすぎて萌えられないじゃない!」
「萌えとはなんだ! こんなもの我が許可せんぞ!」
少女は反論する前にまた袋をあけて数枚の書類を取り出した。
「王妃側室以下王宮の女性たち全員の発行許可申請の署名です」
「な……」
真っ赤な顔から一気に真っ青な顔になった王様は震える手でその受け取りたくない用紙を受け取った。
つらつらと書かれている署名と印に王様は逃げ場がないのだと悟る。
「う、裏切りものぉぉぉ……」
王様は人生初の悲鳴を上げた。周囲にいた人たちは心の中で王様に向かって十字を切った。
王様の手によって少しどころか結構ボロボロになって帰ってきたネームを見て少女は頬に手を添えながら小さく吐息を漏らす。
「お相手がなかなか決まらなくてネームが完成しないんですよねぇ。部下の下克上とかありだと思うのですがどうですか?」
「我に聞くな! いい加減黙らないと不敬罪で捕らえるぞ!」
王様の目じりにはうっすらと涙のあとがあった。
「王様が早く本を返してくれれば健全本になりますよ!」
「結局作るのか」
「いい加減タダ飯貰い続けるのも辛いので。あ、ネームはこれでどうでしょう?」
少しやつれた様子の王様は新たに袋から取り出された書類を受け取り、嫌々ながらも中身を読んだ。
十五分後。
「早急に仕上げろ。必要なものがあればこちらで手配する」
王様の威厳が戻っていた。
「やはり英雄譚はどこでも人気あるなぁ」
飴と鞭両方用意しておいてよかったと少女は思った。
やはり元気のない王様より目の前にいる今の王様のほうが王様らしい。
「我を称えるならば問題はない」
すがすがしい気持ちで読み終わったネームを差し出す王様に、少女は受け取ろうとしてふと手を止めた。
「あ、でもでも早く本を返してくれないと純愛のほうを発行しますからね」
王様は書類を差し出したまま石像のように固まった。
「で、いつ私の処女作は返ってくるのですか?」
少女の質問にこの危機的状況を乗り越えなければと、王様の脳内は急速にフル回転する。
「い……今は隣国の動きが怪しくてな。本探しにあまり人数を割いていられんのだ」
「え?」
いきなり政の話をされて少女は驚いた。
何度もこの謁見の間に来ているのにそんな話をされたのは初めてだったのだ。
「お前の大事な本は無事を確認している! 安心して待っているといい」
少女の台詞を苛立ちと受け取った王様は少し語尾を強めて説得した。
「頼む、もう少し待ってはくれぬか?」
普段は見せない王様の紳士な眼差しに少女はたじろぐ。
「う……この国の人にはお世話になっているし、居候している身ですし。本が無事ならもうしばらく待ちます」
「ああ、お前にまで迷惑はかけぬ。だからその健全なほうを描いて待っているといい」
「わ、わかりました……」
なぜか王様の視線が強烈に感じていたたまれない。ネームを袋にしまった少女は、逃げるようにそそくさと謁見の間から出る。謁見の間から出て扉が閉まったが、しばらくその場から動けなかった。
なんだかちょっぴり顔が暑いのはネーム頑張り過ぎて風邪でも引いたのかもしれない。今回はしっかりと約束を取り付けたし、少しは状況が前進したのだと思っていいはずだ。
今日は早く寝ようと少女はそう決意した。
ネームが入った袋を持って謁見の間から出ていった少女を見送ったあと、宰相は沈黙する王様に体を向けた。
「陛下」
宰相はにっこりと微笑んだ。
「自業自得ですね」
宰相の言葉が王様の胸に深く刺さった。
「政のためとはいえあの本を早く回収しないのが悪いのですよ」
「言うな……もう嫌というほど実感しておる……」
うな垂れる王様に宰相は呆れた顔でため息をついた。
「それに嘘も方便とはいいますが、隣国の動きが変化したのも元は陛下がうっかり流したあの本のせいでしょうに」
「あちらの情勢が怪しいのは嘘ではない」
「あの本を巡って窃盗が発生しているだけですが」
宰相のツッコミを無視して王は王座から立ち上がった。
「早急にあの本を取り戻さねばならん」
「純愛ものですか。彼女も考えますね」
「絶対阻止する!」
王様は鬼気迫っていた。
「隣国に出ている諜報部隊に早急に本を見つけろと指令を送れ!」
「何度も送ってますがどうやら向こうでも窃盗が相次いでいるようで追跡することすら困難だと」
「ええい、盗みに加担した者を片っ端からひっとらえてもかまわん! さっさと見つけろ!」
王は必死だった。人生の岐路に立たされているのだと否応なく自覚する。
「我が称えられるかそれとも被害者になるか、ここが最大の節目なのだ!」
本の中のお話なのになと宰相は遠い目をしつつ部下に指示を出した。