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人を好きになるのに時間はかからない

作者: 石森ライス

人を好きになるのには時間がかかる。


これは世間の常識だし、クラスの友人と話している時も皆同じ気持ちのようだ。ついでに私もついさっきまでその気持ちには賛成だった。


でも今は違う。人を好きになるのなんて1分もかからないんだ。




こんな気持ちになる30秒前。私は体育祭のクラス対抗リレーで転んでしまった。秋に行われる私の高校の体育祭は例年大変な盛り上がりを見せている。全校生徒が4つの色に分かれて点数を競い合うのだけれど、学校街にも開催が告知され高校の一催し物というより街全体の大イベントとなっている。田舎らしい広大なグラウンドを埋め尽くさんばかりの屋台や応援団、父母のビデオ撮影団でこの地域にしてはありえないほどの人口密度になっていた。なぜこんなに大々的に行われるようになったのかはわからない。けれど観衆の期待に応えるかのように体育祭に参加する生徒の方も、新学年が始まる頃に色分けがされ、緻密なスケジュールのもと過酷な訓練が行われた。


そんな中で今年の盛り上がりは群を抜いて異様だった。点数パネルが隠される直前の4つの組みの点数は全く同じ、その後の数少ない競技でも各色組みが満遍なく活躍をしてどこの組みが優勝してもおかしくない状況だった。そんな中で迎えた3年生の学年対抗リレーは観衆の声援でスタートの発砲音が聞こえないくらい熱狂的だった。


女子の中で一番速かったから終盤で他の組みを追い抜いてほしいという期待から私は最後から2番目を任されていた。もともと運動神経には自信があったから緊張よりも興奮が優っている状態でバトンを受け取った。

前を走っているのは3人いた。全員が運動部の女子で顔見知りだった。いずれの女子も各部活のキャプテンを任されるような人物だった


それでも勝つ。バトンを受け取った瞬間に加速をする。まずは一人。抜いた。


足を地面に踏むつける時今日の調子の良さを再確認した。加速のペースが落ちない。自分が無限に速くなって、子供みたいな表現だけど、光にだって追いつけるのではないかと錯覚してしまったほどだった。いつの間にかあと2人も追い抜いてしまっていた。




そんなことを考えた刹那、地面が目の前にあった。何も感覚なんてない。地面に激突してから初めて足がもつれて転んだのだと認識した。痛みは感じなかった。それよりも一刻も早く遅れを取り戻さないとと思う気持ちで一杯だった。


加速を始めるが転んでいる間に私を抜いた4人には追いつける気がしなかった。


泣きそうだった。狂った歓声も私を非難しているように感じられた。なんとか次の走者のところまで走る。するとそいつは私のせいで順位が落ちたのに険しい顔をすることもなく、悠然と待ち構えていた。呆リレー中なのにそいつの顔を見ながらバトンをぽんと渡した。


するとその時だけスローモーションになったかのように私の記憶の中に焼きついた。そいつは微笑んでいた。歓声で聞こえるはずがないのに、唇の動きだけでそいつが何を言ったのかが分かった。




だ・い・じょ・う・ぶ。




そいつはバトンを受け取ると前を向き猛然と加速をする。トラックに取り残された私はただその後ろ姿を見つめていた。


トラック内の人垣にそいつ消えるまで数秒。そのその後の数秒は異様な盛り上がりを見せる歓声がさらに甲高く音を鳴らし、その後の数秒は拍手が周囲から巻き起こった。





人を好きになるのに数秒もかからない。私はそいつの後ろ姿に恋をしてしまった。


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