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ダンジョンと魔法と、頼りない幼馴染み  作者: 東西 遥
第六幕 明日のことはわからない
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二十八、書架

「それで、魔法を使えるようになったのはどっちなんですか?」

 トナンさんの研究所は塔の下層、つまり比較的地上に近い階にある。俺たちはそこに招かれて簡単な食事を頂いた。それを済ませた頃、ようやくトナンさんが本題を切り出した。

「えっと、僕、です」

 風通しもよく清潔で、いかにも研究所というような堅苦しい雰囲気はない。だがやはり同じく魔法を扱う身として厳かな空気につられたのか、リルがあんなに硬い話し方をするなんてらしくない。

「ははあ、でしたらまず魔法を使えるようになった経緯から、教えていただけますか?」

 トナンさんが熱心に質問を始めた。俺は手持ち無沙汰になってしまい、辺りを観察するくらいしかすることがなくなった。

 塔には中心を貫くように昇降機が据え付けられている。そして各階はそれぞれ六つほどの区画に区切られていて、トナンさんの研究所もそのうちのひとつだ。所狭しと本棚が並んでいる割によく風が通るのは何か魔法が働いているのだろうか。

 俺たちが囲んでいる机は窓際にあって明るい。しかし本棚には日が当たらないように配慮されていて、整然と並んだ本にも掃除が行き届いているようだ。

 俺はおもむろに立ち上がって、本棚の方へ向かった。トナンさんがちらりとこちらを見て、軽くうなずいた。勝手に見ていいということだろう。

 本棚を巡っていると、ふと何かが気になった。その違和感が何なのかすぐにはわからなかったが、次第に俺の視線はひとつの本棚に吸い寄せられていった。

 他の棚には「体系的に語り直す魔法」とか「陣定着の定式化についての研究」とか、見るからに硬そうな本が細かく分類されているのに、その棚には全てごっちゃに、それも魔法に関係なさそうな本まで並んでいる。

 どこをとっても本当に雑多としか言い様がない。料理、経営、人付き合い。その隣には魔物図鑑が並んでいる、といった具合。多くの本は古びて黄みを帯びている。

 恐る恐る、一冊の本を取り出した。かなりぼろぼろで、今にもほどけてしまいそうだ。慎重に扱う。書名は「ダンジョンの剣術」、著者はヘト・アウルとなっている。原本か写本かはわからないが、手書きのようだ。

 俺には本を読む習慣がない。最低限の読み書きは学校で習ったが、基本的に本は高級品だから簡単には手が出せないのだ。リルの家に行ったとき、本棚があることにびっくりしたっけ。

 言い回しが古めかしいのも影響したが、そもそもがそんなんだから読む速度はなかなかに遅い。一行一行を咀嚼しながら、なんとか読み進む。

 小さな足音がした。リルとトナンさんが座っている窓側からではなく入り口の方からだ。その足音が俺のそばで立ち止まる。

「ねぇそこのお兄さん。この前、会ったよね?」

 両手に重そうな本やら書類やらを抱えた利発そうなその少年を、記憶の底から引っ張り出すのに一苦労した。

「ああ、砂糖漬けを買ってたあの子か」

「そう」

 それだけ言うと飽きたように俺を離れ、また歩き出した。

「兄さん、頼まれてた本。あと昨日の研究者ギルドの定期会合、欠席したらしいだけどこれ報告書」

「うん、ありがと」

「研究もいいけど、せっかく親方になったんだからギルドの方もそれなりに付き合わないと信頼されないからね」

「ごめんわかった。次は出るよ」

 抱えていた荷物をどさっと机に下ろすと、さっさときびすを返して出ていってしまった。

 というか兄弟だったんだな、あのふたり。本棚の陰から聞いていた俺は、なんとも対照的な兄と弟だなと思った。

 はきはきしてしっかり者の弟と、気弱で内向的な兄。しかしどちらも、笑顔を見せれば相手の印象は決して悪いものにはならないと思える。

 さらに何丁かをめくるうちにふたりの話は終わって、トナンさんが俺の所までやってきた。

「ソラくん、お待たせしました。貴重なお時間をありがとうございました」

「いえ、リルがお役にたったのならよかったです」

 本を閉じながら、俺はそう答えた。

「その本、気に入ったんですか? その棚の本は亡くなった祖父の遺品で、必要なものはもう取り分けたのでそろそろ処分しようと思っているんです。よかったら差し上げますよ」

 トナンさんが他意のない笑顔を浮かべて言った。やっぱり笑うと印象変わるな、この人。たぶん心根が優しいから、親の期待に答えていないことを常に思い詰めてしまうのだろう。親が厳しかったのかもしれない。

 もらっても邪魔になるか、とも思ったが、読みかけたからにはやはり続きが気になる。ありがたく受け取ることにした。

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