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ダンジョンと魔法と、頼りない幼馴染み  作者: 東西 遥
第三幕 バカが揃うとろくなことがない
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十一、噂

「ただいまー」

 家の前でリルと別れ、玄関の扉を開けると親父が料理をしていた。

「おうおかえり。遅かったな」

 親父が鍋をかき混ぜながら答える。

「あんまり心配してないんだ?」

「ん? そりゃまあ心配だけど、ちゃんと準備して出かけたんだし何事もないだろうって思ってたぞ。それにソラは臆病だから無茶はしないだろ。いくらリルと一緒でも滅多なことにはならないだろうな」

 信頼されてるのだろうが、はっきり臆病者って言われると微妙な気分である。だが親父は純粋に臆病は褒め言葉だと思っているらしい。

 いつだったか親父とこんな話をした。親父に言わせれば臆病は恐怖とは全く異なるものだ。臆病は理性に、恐怖は本能に基づく。恐怖で動けないのと臆病で動かないのとでは大違いなのだ。無鉄砲に動くよりはそっちの方がよっぽど安全なんだと。そのときはなるほどと思ったがやはり臆病と言われると褒め言葉には思えない。

「ああでもダンジョンには〈主〉がいるからな。あれに遭遇したら不運としか言いようがないな」

「確かに〈主〉だけはいくら臆病でも出会う可能性はあるね」

〈主〉は巨大化した魔物だ。体長にして普通の三倍はあり、凶暴で凶悪、冒険者を震え上がらせる存在である。しかも深度に関わらず無作為に発生する。

「そういや第三階層だったかで〈主〉の目撃情報があったとか聞いたぞ。まだ討伐されたとは聞いてないから気を付けろ……ってお前たちまだそこまで行ってないよな」

「うん、まだ第一階層でうろちょろしてるところ。リルが慣れるまでもう少しかかるかな」

 重い鎖帷子を脱いで、床に置きながら答える。今日一日ずっと着ていたから、脱ぐと重しが取れたみたいな気分だ。

「そうか。でもいずれ出会ってしまうかもしれない。そのときは全速力で逃げるんだな。気付かれる前に、が理想だぞ」

「わかってる」

〈主〉は災厄だ。その強さは五階層下の魔物にも匹敵する。つまり第三階層の〈主〉は第八階層級の強さということだ。

「よし、できた」

 親父が満足げに言った。

「ほら、ちょうどいいときに帰ってきたな。食事にするぞ」

 豆と赤茄子の煮込みだろうか、親父はそれを皿に盛る。俺はパンを取り出し、何枚か切り分けた。

「いただきます」

 ふたりして小さくつぶやき、料理に手を伸ばした。しばらくは会話もなく、沈黙が食卓に居座った。

「今日の冒険はどうだったんだ? 危なげなく終わったのか?」

 親父がそれを破って口を開く。

「あ、うん。俺とリルでちゃんと連携して、ハウンド三頭を仕留めた。特に怪我とかはしなかった」

「それは良かった。ところでリルのやつが魔法を使えるようになったって聞いたが本当か? にわかには信じがたいが」

「俺も目の前で見てなかったら信じられないけど実際に使えてるからさ、本当だよ」

「そりゃ珍しいな。この前そんな話を聞いたのは二十年ぐらい前だし――」

「前例があるの!?」

「お? 知らないのか? 一度だけ聞いたことがある。そのときは、そうだな、少し重い話になるが、ひとりの冒険者が〈主〉と戦闘になった。かなり腕の立つ剣士で、一緒にいた冒険者もみな熟練だった。しかし男は〈主〉の猛攻に倒れ、助ける間もなくその餌食になると思われた。全員が息を飲むなか、突如男は強力な魔法を発動させ〈主〉を吹き飛ばした。それまで一度だって魔法が使えたことはなかったのに、だ」

 そこで一旦黙り、間を空けてから親父は続けた。

「それから男は微動だにせず、不思議に思った仲間が近寄ってみると男はすでに死んでいた。すでに体力の限界が来ているところで魔法を使ったもんだから体が持たなかったんだろう」

 いつの間にか俺の手は匙を持ったまま止まってしまっていた。

「と、ここまでが聞いた話だ。その冒険者は死んでしまったから真実はわからない。だけどリルと同じように魔法に目覚めたのかもしれないな」

 親父の話には妙な現実感があって、突拍子もない噂なはずなのに俺はなぜか直感的に本当だと思った。きっとリルのことがあったからだろう。そうでなきゃ信じるはずがない。

「それで……、そのあとはどうなった?」

「どうなったもないさ。仲間が男を背負って戻った。簡素な葬式をやってそれでおしまいだ。仲間は不思議な出来事に首をかしげたがそれくらいだ」

 親父はただ聞いた話をしているだけのはずだが、俺はその冒険者の死をありありと感じた。

 いつか、俺もそうなるのだろうか。思わず身震いをする。

「大した話題にもならなかった。はっきりしたことは何一つわからなかったから、みな多くを語らなかったんだろうな。そして単なる与太話として酒場を回った」

 そこまで言った親父は俺の食事が全然進んでいないのを目につけて、俺を急かすように言った。

「ほらほらせっかくの料理が冷めるぞ。ちゃっちゃと食べちまえ」

 そうだ、明日もダンジョンへ行くのだ。しっかり食べて眠らなくては。俺はそう自分に言い聞かせて皿の残りを掻き込んだ。

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