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ダンジョンと魔法と、頼りない幼馴染み  作者: 東西 遥
第一幕 バカにつける薬はない
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一、空の青

 窓の外を眺めながらぼんやりと考え事をしていた。

 目に映るのは高い塔――。この街を訪れた人は誰でも、まず街の中心にあるその塔の高さに驚く。確かに街並みからぬっと頭を出したその姿は、旅人の目には奇異に映るだろう。

 しかし産まれたときからそれを眺めて生きてきた俺にとって、それは興味の欠片も感じられないものだ。

 目の前では相変わらず、日用品に掛けられた魔法の解説とかいうつまらないものが延々続けられている。魔法が使えるやつなんてこの教室にわずか数人しかいないし、話してる当人だって全く魔法の適性がないのに、である。こればっかりは才能だから、とか言ってたが出来もしないものを勉強する気になれるかってんだ。

 いくら魔法の街・エルトと言っても魔法使用者は二十人にひとりいるかいないか。大多数の人間は魔法の恩恵を受けながらも自分にはあまり関係ないものと考えている。まあそれでもあの塔には上から下まで魔法関連の商店やら工房やらが詰まっているし、街の至るところに魔法が存在しているので完全に無関係と言える人はいないだろうが。

「……じゃあ今日はここまで。そろそろ試験も近いんだしちゃんと復習しとけよ~」

 終了の鐘が鳴って、先生は授業を止めた。俺はひとつ伸びをして、それから立ち上がった。

「おーいソラ~」

「おうリルか。何かあった?」

 近づいてきたのは幼馴染み。思考回路が単純で、後先考えず好奇心で生きてるようなやつだ。

「いや何もないけどこれから暇?」

「ん、まあ空いてるな」

「じゃあ遊ぼう?」

「お前なあ。試験勉強はいいのか?」

「またまたそんなこと言ってどうせソラだってやる気ない癖に~」

「……まあな」

 こいつとは本当に長い付き合いになる。産まれた日が数日違いで家は隣、物心ついた頃からの友人だ。

「んで、どこ行くんだ」

「えーっとねぇ、じゃあダンジョン」

「あのなあ、ダンジョンは遊びで行っていいところじゃないだろ」

「えー、いいじゃん第一階層だけだったらそんなに危なくないし、ちょっとしたやつならソラの剣でやっつけられるじゃん!」

「でも駄目。何が起きるかわからないのがダンジョンだから」

 リルがこう言ってくるだろうということは予測していた。つい先日俺たちは誕生日を向かえ、決まり上はダンジョンに潜れる年齢になった。とはいえ死と隣り合わせのダンジョンに潜りたいという酔狂な子どもなど普通は存在しないわけで、いや存在しないはずで、……存在しないのだ。リル以外には。

「とにかくダンジョンは駄目。代わりに剣の練習だな。ダンジョン行くなら身を守れるようにならなきゃだしな」

「えー」

 リルは思いっ切り不満そうだが、リルの安全を考えたらこうするしかない。

 ほんの数日遅く産まれただけの友人を、俺はまるで弟のように扱っていた。リルは見ていてすごく危なっかしくて、そのせいか俺はリルといつも一緒にいて、兄弟みたいな関係になった。小柄なリルから見れば俺も少しは頼り甲斐があるのか、兄のような存在を疎ましく思うこともなく慕ってくれた。それで俺も気をよくして、俺たち二人はこの安定した関係をずっと維持してきた。

 近くの原っぱまで二人で歩く。リルは不満をこぼしていたが、なんやかんや剣の練習も楽しみらしく雰囲気はそんなに悪くなかった。途中で家に寄って木剣を二本拝借する。

 俺の家は刀鍛冶で、家には真剣もごろごろ転がっているがリルには重すぎるし怪我させても面倒だ。

「さーてかかってこいリル。一発でも当てられたらなんか奢ってやるぞ」

 原っぱに立った俺はリルの不満を忘れさせようとしてそう言い放った。

「おお、まじか! よっしゃ当ててやる!」

 案の定やる気を出したリルだったが、こちらとしては簡単に奢ってやるつもりはない。小さい頃からみっちり仕込まれた剣術である。リルなんかに負けるような俺ではないのだ。

 しばらくの後、俺たちは二人揃って原っぱに寝っ転がっていた。一応最後まで守り切ったものの、リルが予想以上に健闘し俺もかなり体力を消耗することとなった。

「やっぱ強いよ、ソラ」

「でもリルも腕を上げたなあ。前はもっと早く音を上げてたよな」

「最近ちょっぴり鍛えてるからね!」

 へぇ、そうなのか。昔から体力が好奇心と釣り合ってない印象しかなかったが、ちょっとは均衡を取る気になったのだろうか。

「そうか、体を鍛えてるのか……」

「うん、冒険者になるからね」

「リルもこれで何かあっても少しは身を守れるな……って今なんて言った!?」

「冒険者になるからね?」

「いやいやいや冗談だろ? なんでまたよりによって冒険者なんだよ。あんなの血の気の多い筋肉バカと魔法バカしかなるやついねーしいつ死ぬかわかんねーしお前がそんなのやっていけんのか?」

 この街の地下に広がる巨大な洞窟、果てさえ知られていない百階層以上に及ぶとも言われる魔物の巣窟。それがダンジョンであり、そこへ潜ることを生業とする者が冒険者である。

「やっていけるかはわかんないけど、僕は冒険者になりたいんだ」

「なんだよそれ。死んでもいいってことか?」

「いや、死んだら困るから死ぬつもりはないけど」

「じゃあ今のままじゃ駄目だな。少なくとも俺に勝てるようにならなきゃダンジョンの魔物と渡り合えるはずない」

 正論すぎてぐうの音も出ないのか、リルは黙ってしまった。吹き抜ける夏の風が、俺たちの汗を乾かしていく。

「……よし、奢ってやる!」

 突然俺が叫んだのでリルは少しびっくりしたようだ。それから頭に疑問符を浮かべる。まだ一発も当てられてないのに。

「リルがずいぶん強くなったからな、その分だ」

 俺はリルを引っ張り起こして、ぐしゃぐしゃと髪を撫でた。

 それっきりダンジョンの話は出ず、俺はリルを連れて街を歩いた。リルは控え目に串焼きの肉をひとつ頼んで、それを美味しそうに食べた。

 次第に夕暮れが迫ってきて、俺たちはだべりながらおもむろに帰路についた。学校のこと、馴染みの店に出た新商品のこと、ここ最近の天気のこと等々、話は尽きることなく続いた。そして俺の家が見えて、じゃあまた明日な、と俺はリルに言って、じゃあね、とリルが返して俺たちは別れた。

 家に入るとちょうど親父は出かけているらしく、家の中は静かだった。俺は台所に立って夕食を作り始めた。塩漬け肉と野菜を炒め、パンに挟む。親父が帰って来たら食べられるようにと思って半分は食べずに残しておいた。

 食事が済むとなんだか眠くなったので少し早いが眠ることにした。部屋の隅、数枚の毛布を重ねた上に横になる。すぐにあくびが出て、俺は眠りに落ちていった。


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