反撃
魔槍の一斉射撃が引き起こした地響きは、ここ、野戦陣地まで伝わってきた。足元が浮き上がるような振動があって、やや遅れて鈍い爆発音が聞こえてくる。
「始まったようだな」
フィールズ将軍は誰にともなくつぶやいた。
その視線の先にある戦図には、黒く禍々しい塊を中心に、先程までは表示されていなかった味方の魔導師を現す白い点がいくつも出現していた。
「魔法陣の用意を急げ!」
サングリアは直攻部隊の結果を確認する前に、野戦陣地に残った魔導師たちに指示を出した。36人の魔導師が6列に整列し、高く上げた両手から魔力を放ち、中空に巨大な魔法陣を生み出した。
「大将軍殿はさすがに準備がよろしいですな。144人の精鋭従軍魔導師からの飽和攻撃を受けて、なお生き残ることができる者がいるとは、不肖わたくしめには想像もできませぬが」
フィールズの皮肉に対しても、サングリアは眉一つ動かさない。
「北方討伐軍は国王陛下直々の命あって編成された部隊。万が一でも取り逃すようなことがあっては、陛下の威光に傷がつくことになります」
「御意にござります」
呆れたような口調でフィールズは言った、その次の瞬間、北の空がカッと明るく輝き、先程のものよりもさらに激しい爆発音が聞こえてきた。
「何事だ!? 伝令、報告を」
サングリアの指示に伝令は直ちに直攻部隊と連絡を取ろうとするが、
「……、第1部隊と連絡が取れません!」
伝令は悲痛な叫びを上げた。戦図から、いくつかの白い点が明滅して消滅した。
「第8部隊と接続できました。状況、出します」
戦図の上部に、第8部隊小隊長が見ている光景が映し出された。
視界は悪い。
爆風の余韻か、激しく舞い上がる土煙のせいで、周囲がほとんど見えない。
画面がひどく揺れるのは小隊長が山の斜面を駆け下りているからだろう。時折後ろを振り返っては指揮下にある魔導師を確認し、さらにあたりを見回して様子を窺っている。
戦図を通じて小隊長の激しい息遣いが聞こえてくる。
やがて彼は、その視線の先に老人の姿をとらえた。
無数の槍の餌食になったはずの老人は、何事もなかったかのように山道を悠々と歩いている。
「こちらは司令部だ。状況を報告しろ」
「将軍ですか!? 奴はバケモノです。魔法が効きません」
小隊長の返答に覆いかぶさるようにして、遠くから「一斉攻撃、始め」という声がし、再び老人めがけて何本もの魔法の槍が襲いかかった。
激しい爆発音と舞い上がる土煙。戦図から爆音が発せられてから一瞬遅れて、この野戦陣地まで地響きが伝わってくる。
そして、
爆発の中心部がカッ!と光り輝いた。そこから放たれた光条が山肌をなぎ払う。
木々が吹き飛び土砂が舞い散り、その中には、かつて人間だったものの破片も混じっていた。
その光条は大地を抉りながらこちらに近づいてきて、
ザザッ
ノイズとともに戦図の表示は真っ白になった。
一体何が起こっているというの!?
想像もしなかった光景にサングリアは目を見開いたが、すぐに、今は動揺している場合ではない、と気を引き締めた。
「奈落の門を開け!」
「了解しました。総員、魔法陣への魔力作業に移行。奈落の門を発動せよ」
サングリアの指示を受け、魔導師たちは直ちに魔法陣へ魔力を充填し始めた。
6✕6の升目に浮かぶ魔力の輝きを次々に変えて、魔法陣に超高密度魔言語を表示していく。色の種類は7色。つまり魔法陣の表示パターンは7の36乗。一つの超高密度魔言語には一兆の一兆倍のさらに265万倍の意味を込めることができるため、ひとりの人間であれば何年も詠唱を続けなければならないような極大魔法をも、わずか数分で発動させることができる。
「ま、待てサングリア。いや、将軍、聞いてくれ。そんな魔法を使っては、戦場に残っている魔導師をも巻き込んでしまうではないか」
「わたくしだって、そんなことは分かっているのです。しかし貴殿だってあれを見たでしょう! 悠長に策を練っている余裕は無いのです」
「しかしあの者らは我が王国魔導師団から選りすぐりの者を集めた精鋭たち。それをみずみず失うなど……!」
「フィールズ将軍。あの者を野放しにしておいては、この北方討伐軍、いや、王国そのものが滅ぼされかねません。奴はいま、魔槍の攻撃を無効化して油断しているはずです。やるならこのタイミングしかないのです」
正論だった。サングリアの言っていることが正しいことは、歴戦の勇士であるフィールズにはすぐ理解できた。
だが彼は一方で、北方討伐軍に選抜された魔導師たちがこれまでどれだけの苦労と研鑽を重ねてきたのかを、訓練を通じて最も近くで見守ってきたのだ。正論だからといって簡単に納得できるものではない。
しかし、フィールズはギリリと奥歯を噛み締めた。私情と国家の存亡を天秤にかけるわけにはいかぬ!
「おい、伝令、前線の魔導師たちに退避命令を出せ。至急その場所から離れろとな!」
本来であれば退避命令など出すべきではない。魔導師たちを囮にして、戦いの最中に極限魔法を撃ちこめばまず間違いなく勝てたはずであろう。しかし、戦いの途中で逃げ出す魔導師たちを見て異変に気づいてしまえば、すべての計画が水の泡になってしまう危険があった。
だが、サングリアとて非情の人ではない。
「幾人かは、助かってくれるとよいのですが……」
セト王国最強の魔導師の一人にして北方討伐軍総大将という重責を担う彼女であったが、肩書を取り外してしまえば彼女はまだ、14歳の少女にすぎないのだから。
この物語は将棋✕ファンタジー✕青春小説『魔法を使って将棋を指したらダメだなんて誰が決めたの?』の前日譚になります。
https://kakuyomu.jp/works/4852201425154876316
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