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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第5章 熟れた果実に蟲来たる
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96話目 介抱の末に

「お疲れ様でした。今回の報酬は三十万二千五百ペリカとなります。こちらが証明証書となります」

「ありがとうございます」


 蒼は証明証書を見る。

 そこに書いてあったのは、オルトロスの牙や爪と言った換金アイテムなどがいくらで換金されたかという一覧だ。そこに追記されていたのは、冒険者依頼ギルドクエストの追加報酬である五万ペリカの表記。


 蒼達は、それを差し引いても二十五万ペリカほどを稼いでいる。それにしても、昔はBランクの魔物であるデュラハンをバルミノに討伐してもらって得た報酬、六千ペリカで大騒ぎしていた頃が懐かしい。だが、今なら分かることだが、あの時Bランクのデュラハン自体にそれほどの価値はなかった。蒼達が討伐しても一個体辺りでも三千ペリカが関の山だったのだ。だからこそ、今ならバルミノが親切心でお金を多く割り振ってくれていたことが分かる。


 バルミノとの経験をふと思い出していたら、換金所の職員が訪ねてきた。


「蒼さんでしたっけ?」

「えっ、はい」


 換金所の女性職員は蒼の装備をちらりと確認するように一瞬見て、バーティー全体を見渡す。


「パーティー表を見る限りだと、上級冒険者がいらっしゃりませんが、よくオルトロスをこれだけの数討伐されましたね」

「えっ?」


 蒼が疑問の表情を浮かべると、女性職員が疑問そうな表情を浮かべながら蒼に問う。


「オルトロス討伐数は三十二体。それに加えてAランクの魔物が同じく三十体ほど。これだけの成績を上げるには、上級冒険者でも苦労するはず。それに下級冒険者を守っての状態では、かなり厳しくはありませんか?」


 蒼のパーティーは実力に反して、冒険者のランクが低い傾向にあるといえる。中級冒険者は蒼とレシアの二人だけであり。一見すれば幼女と老人に見えるヴェルレンティーとバールは初級冒険者という形でギルドには冒険者登録をしている。エーラはもちろんサポーター職であるため、ランクなどは存在しない。


 だが、実際蓋を開けてみればランクと実力は見合ってはいない。

 レシアは氷龍エクスキュースという龍種の血を受け継いているため、まず人間種とは思えないような身体能力を保有する。そのため、力だけで言えば華奢な体に似つかわないような怪力が出たり、疾走スピードは蒼を優に超える。その圧倒的身体能力を持ってすればAランクの魔物であっても遅れを取らない。


 ヴェルレンティーは多様な魔法が使用できる優位性がある。前衛は蒼達が引き受けているため、ヴェルレンティーは後衛からの魔法で支援という形。攻撃魔法の種類が少ないというのが弱点ではあるが、その支援の有効さは凄まじいものがある。


 バールはソロモン七十二柱の中でもトップクラスの実力の持ち主だそうで、本気を出せば伝説級の冒険者とも渡り合えるような、破格の実力の持ち主であるため、Aランクの魔物など相手にならない。だが、今のバールは溢れ出る魔力を押さえ込んでいるため、魔力量が少し多い老人程度に見えるだろう。


 それらから、蒼達のパーティーの個々の実力はかなり高く、すぐに昇格試験が来てもおかしくない状況である。


 そんな事を思いながらも、蒼は女性職員の質問に対して、これを素直に伝えて良いものかと悩んでしまい生返事を返す。


「確かに厳しかったですね」

「本当ですか?」


 楽だ、とは答えることはできず蒼は苦笑いをしながら答える。


「オルトロスに追っかけられたりしたので結構臭い袋のようなアイテム、ポーションなども多数使用しましたからね。かなり危険な冒険をしてしまいました……あはは……」


 女性職員は少し眉を曲げたが、小さく息をつく。


「危険な冒険は寿命を縮めるだけの悪い冒険の仕方です。万全の準備があっても、万が一のハプニングで総潰れになるのが冒険です。だからこそ、危険な冒険はやめておいた方がよろしいですよ」

「ご注意、あ、ありがとうございます……」


 蒼はそのどこか背中に突き刺さる針のような、小さな痛みを含んだ返しに対して、返事を返すと女性職員と別れる。


「どうかしたの? 蒼?」

「いや、俺達のランクが低いのに相応の魔物の討伐数じゃないね、って忠告を受けたんだよ」

「確かに、蒼さんのパーティー強すぎますからね……」


 エーラが小さくため息をつきながら答える。


「エーラさんが決して弱いわけではありません。人には得手不得手がございます。私達はたまたま戦うことが得意だっただけでございます」

「その通りでありんす。エーラはお主の得意分野を存分に伸ばすがよい」


 エーラがバールとヴェルレンティーに励まされながら「そうですね」と返事を返す。

 

 ヴェルレンティーも最初は、蒼やソロモン七十二柱の悪魔以外とはなかなか仲良くはなろうとはしなかったが、今では少しずつ距離を詰めてきている。その変化を蒼は見ながら少し嬉しく思うのだった。


「それと蒼さん……」

「ん?」

「私、そろそろこれ手放しても良いですか?」


 エーラが持っているのは、即席で作られた籠の中に入った昆虫であった。森で保護して以来動く事はなく、時折モゾモゾと動きながら休息を取っているようだ。体の傷がかなり深いため、死んでしまわないか不安なところはあるが、ヴェルレンティーが応急処置をしてくれているので、ひとまずは安心だろう。

 だが、虫がどうも苦手なエーラはその手が小さく小刻みに震えている。


「あぁ、なんかごめん……」


 そういってエーラは蒼に籠を渡す。


「エーラは臆病でありんすな。別に襲ってくるわけでもありんせんのに、怖がる必要はあるまいて」

「で、でも……」


 そういうエーラの視線は籠の中の昆虫に注がれた。


「まぁまぁ、バールも言ってただろ。得手不得手があるって」

「エーラが今後昆虫種と出会った時は不安で仕方がありんせん」

「昆虫種もちょっと……」


 エーラは中級冒険者の試験のとき出没したキラーアントやラフビーなどの昆虫種に対してもエーラは若干の嫌悪感を示していたが、そこは冒険だと割り切っていられたし、何よりどうにも現実味のない図体の大きさに、魔物であると判断できたことから、ひどい嫌悪感は抱くことはなかった。


「でも、エーラ。ただの虫だよ?」

「その虫が嫌いなんですよ……」


 レシアからすれば、図体が大きかろうと小さかろうと、虫はただの虫という認識らしい。そんな割り切った思考に蒼はどこか小さく微笑む。


「それじゃあ、私はこの辺りで失礼しますね」

「あぁ、今日もありがとうな」

「いえいえ。次の冒険でもよろしくお願いしますね」


 エーラがそう挨拶をすると、蒼達がそれぞれで別れの挨拶の言葉を交わす。


「俺達もパパッと拠点に戻るか」

「うん」

「そうでありんすな」

「畏まりました」


 そんな挨拶を交わすと蒼達はギルド拠点ホームへどこか足早に進むのだった。



 ◆◇◇ ◇◇◆



「んぎぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁあああああああ――――ッ!!」


 ギルド拠点ホームに轟く女性の悲鳴。

 その手には丸められた情報誌。それをブンブンと大きく振り回すのは、蒼達のギルドマスターであり、名のある甲斐家の娘である女性、千鶴であった。


「虫ッ!! 虫嫌いッ!!」

「お、おいっ!! 千鶴やめろってっ!!」


 そう言って雑誌でバシバシと叩かれるのは蒼の背中だった。


 蒼は千鶴が虫が苦手だという事は昔からの付き合いから知っていたが、それを承知の上で、千鶴に了承を得ようとした。だが、虫を見せた瞬間、青ざめていく千鶴の表情と、手が勝手に情報誌を探しだすのは同時だった。

 そして、情報誌を手にした瞬間昆虫を潰さんと襲ってきたのだった。


 そして現在、蒼は昆虫を守るために千鶴に背中をバシバシと叩かれながら、丸くなって昆虫を必死に守っている。


「ち、千鶴、大丈夫だからっ!! この虫は襲ってこないからっ!!」

「いやっ!! 絶対後で飛ぶもんっ!! 寝てるときに耳元にずっと居座って血を吸うもんっ!!」

「それは蚊だからっ!!」


「夜になると光の下に集まってきて、飽きる事無くずっと飛んでて、気持ち悪い模様があるんでしょッ!!」

「それは蛾だからっ!!」


「湿気がすごいときとか、めちゃくちゃ群れて、白い服に集ってくるんでしょッ!! それで食べ物に群がってくるんでしょッ!!」

「それはハエだからっ!!」


「無理無理っ!! 黒くてカサカサ動いて、百匹に増殖する奴とか無理っ!!」

「それはゴキブハァッ!!」

「言うなぁぁぁぁぁッ!!」


 千鶴の無慈悲な情報誌斬りを背後から思いっきり頭部に食らった蒼は、その衝撃に耐え切る事ができず、蒼は床に思いっきり顔面をぶつける。


「まぁなぁ、落ち着いてくんなし」

「ヴェ、ヴェルぅ……」

「泣かんといてくんなし」


 千鶴はヴェルに助けを求めるようにその小さな体に顔面を埋める。

 その表情はまるで子供のようであり、その体格とはまるで逆の光景が広がっていた。


「別に虫一匹なんともありんせん」

「で、でもぉ……」

「それに、あんな虫など怖くはありんせん。わっちに比べれば矮小な存在。潰そうと思えば、数秒とかかりやせん」


「動くから……カサカサ動くからぁ……」

「なんならバールをすぐ傍に立たせておけばよろしゅうござろう? なぁバール?」

「ご命令とあらば、夜中ずっと見張らせて頂きますよ」


 バールがそう肯定を示すと、千鶴は涙をなんとか押さえ込むと、蒼の持っている昆虫を眺める。少しずつ慣れようとする千鶴に対して、レシアも少しアドバイスをする。


「千鶴」

「レシア……?」

「なんなら焼いて食べちゃえば良い」

「いやぁぁぁぁぁぁあああああああ――――ッ!!」


 ガッツポーズをするレシアとは反対に、千鶴の悲鳴が再びギルド拠点に響き渡るのだった。


 その後は、ヴェルレンティーとバールの必死の説得により何とか拠点で飼うことが許された。だが、籠から出すことは禁止であり、その籠を開いていいのはエサやりのときだけであり、その時以外に開いた者が厳罰という取り決めが決められた。

 だが、そんな約束も一日しか持たなかった。



 ◆◇◇ ◇◇◆



「なっ……」


 唖然とする蒼。それにギルドメンバー。

 

 眼前にいるのは全身が玉虫色の堅牢なフルプレート装備に身を包んだ冒険者のような者。だが、目の前の生物が人間ではないことは一目で分かった。だが、その装甲はゴツゴツはしておらず、全体のシルエットはどこかスラリとしている。そして注目するのは防具ではありえないような、頭部から突き出た一本の角。そして、顔面部は人間のような目ではなく、まるでトンボのような目である複眼である。

 その姿は昆虫人間というには勿体無く、まるで勇ましい一人の戦士のようであった。


 だが、その昆虫人間は手に本を所持しており、蒼達の注目が集まったと認識した瞬間、持っていた本をパタンと閉じると口を開いた。


「オハヨウゴズウマス。皆ザマ」


 一瞬の硬直の後。


「しゃ、喋ったぁぁぁぁぁあああああああッ!!」


 という千鶴の悲鳴と同時に、千鶴は意識を失うのだった。

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