84話目 愚陋な冒険者
「あぁ……あっ……あぁぁぁぁぁぁッ!!」
室内に大きな悲鳴が上がる。声の主はレオであった。
「借金は嫌だッ!! 死にたくねぇッ!!」
足を震わせながら、突然立ち上がるとドアの方向へと向かって走り出す。恐怖で周りが見えていないのか、ヨルゲンを押し飛ばすように突っかかる。
だが、ヨルゲンは飛び掛ってくるレオに対して、腕を掴みあげると軽い手さばきで地面に叩き付ける。
「落ち着けレオ」
「そうだよレオ。周りをよく見ろとあれほど言ってきたじゃないか」
そう言ってレオを宥める。
まるで観念したかのような表情をしたレオは、一旦辺りを見渡すとそこにはどこか綻んだ表情のイオニオス達がいた。
「おい……な、何笑ってんだよ……。これから借金地獄で……死ぬかも……知れないんだぞッ!!」
震え上がるレオに対してイオニオスは肩に手を乗せる。大きな手はレオの肩を包み込むように置かれると、イオニオスは今まで見せたことのないような柔らかな表情を見せる。
「借金なんてなかったんだよ」
「なに……言ってんだよ……」
「マスターのいたずらだった。ただそれだけなんだよ……」
「はぁ?」
そういうレオはヨルゲンの方へと視線を向けると、ヨルゲンはレオに対して満面の笑みを浮かべていた。
「俺達に痛い目を見させようとして嘘をついたんだよ」
「そうよ。だから私達に借金なんてないの」
ジュストとエリヴィラがレオと諭すように言う。
「マスター。本当ですか?」
「そうだよ。嘘なんかじゃない。契約書を見てごらん。中身適当だから」
ヨルゲンのその言葉を聞いた瞬間、レオの目に突然涙が溢れ出す。
だが、そんなレオを見てヨルゲンは色を正すと、レオに対して一喝する。
「だが、レオ。お前のしてきた行いは許されるものじゃない。ギルドの強制脱退は決定事項だ」
「……」
「借金を背負わせて痛い目を見てもらいたい気はする。だが、今お前はするべきことはそんなことではなかろう?」
ヨルゲンの背後からエーラを招く。
エーラは泣きじゃくり、顔を赤くするレオを見て、その顔を顰めた。
レオはというと、エーラを見た瞬間驚いた表情をした。だが、その行動は早かった。
正座をするように座りなおすと、手を地面に付けた直後、額と地面がぶつかる音が響く。
「すまなかったッ!!」
謝罪。
「俺からも謝らせてくれ。ほんとうに申し訳なかった」
「すまねぇッ!!」
「ごめんなさいッ!!」
イオニオス、ジュスト、エリヴァラも同様に頭を下げる。
今までエーラに暴力を振るい、金を巻き上げてきたことに対する謝罪。
「……」
エーラは四人の下げた頭に対して、視線を向ける。
そして、ゆっくりと口を開く。
「冒険者は……」
エーラは一旦は口を閉ざすが、覚悟を決めた表情をすると吐露する。
「冒険者は私の憧れの職業です。強くて、カッコよくて、すごい人だと尊敬していました。でも、私は魔物と正面から戦うだけの勇気がなかったし、力もなかった。だからサポーターという職業で、冒険者を助けようと思ったんです。
だからこそ、私の夢であった冒険者という存在がこんな人間でがっかりする半面、今思いました……。でも」
四人は確かにエーラに対して酷い扱いをしてきたのには間違いはない。
だが、エーラは冒険を四人とすることで見ているのだ。
格下の相手ばかりと戦うパーティーであったのだが、その魔物を見た瞬間の表情の変化を。確かな変革の瞬間を。
冒険という行動を。
「やっぱり冒険者なんだなって」
エーラは全てを理解しているわけではないから、言葉をはぐらかした。だが、全てはこういう事なのだと。冒険者という人間には、良いところもあれば、悪いところもある。
当然サポーターという職業にも良いところがあれば悪いところもある。契約を結び、前金だけを貰い途中放棄、ドロップアイテムの盗難。悪事を働く輩だっているのだ。
「許しはしません。今でも私はめちゃくちゃ怒ってます。でも、妥協はします。こんな人でも冒険者なんだって」
だからこそエーラは思うのだ。
悪い冒険者がいるなら、当然悪いサポーターだっている。だからこそ、自分は悪いサポーターにならないように務め、良いサポーターであるようにと。
エーラはどこか満足げな表情をして見せた。それは、勝ち誇った顔のようにも見えたが違った。自分は正当な人間だと、レオ達にこうなってみろといわんばかりの強情な顔だった。
「ふっ……冒険者か……」
レオはどこか自分を嘲笑するように笑って見せた。
そして、ヨルゲンの背後の冒険者に連れられるようにして退出していく。
「蒼……だっけか?」
「何だ?」
蒼に向かってレオは少し渋った表情をしたが、レオは蒼の目を見て最後に尋ねた。
「俺は負けた……。敗因は何だと思う……?」
蒼は今まで接してきたレオとは違う意外な質問に驚くが、素直に答えて見せた。
「実力だ」
簡潔。だが、レオの心に一番響く言葉を選んで。
「ふっ……ごもっともだよクソ野朗……」
そんな憎まれ口を叩きながらも、レオの清清しい表情を見て蒼もどこか満足げな表情を浮かべる。
「さて。私は引くとしよう」
蒼の背後にいたのはいつも間にか場に居合わせていたユースティティアだった。戦場とは違い聖剣を宙に漂わせる事無く、鎧のみの姿でそこに立っていた。
「これは正義神よ。少しお話願えますかな?」
ヨルゲンは少し下出に出るとユースティティアは面白いものを見つけたような表情をすると「良かろう」と言う。
「ユニークスキル『勇者』というのは、他人への譲渡は可能なのですか?」
「面白いことを聞くな。何ゆえそのような事を聞くか?」
ユースティティアはなおのことヨルゲンに興味を持ったようで、話しを進めていく。
「このたびレオは己の力に溺れて悪事を働きました。下の者を導くのが上の者の役割であるのに、その行いは真逆を行く行為。であるため、レオからスキルの剥奪ができれば、レオのためになると考えたのですよ」
「確かに一理あるな」
ユースティティアは腕を組むと答える。
「では、お主の解を出そう。答えは可能だ。ユニークスキル『勇者』の核となるのは私という存在である。そのため、私が尽くすと思った相手にスキルを移すことは可能である」
その言葉を聞いて蒼はふと疑問に思ってしまう。
「ん? じゃあなんてレオが悪い事をしている間も、ユースティティアは黙っていたんだ?」
「簡単な話でありんす。召還される者は自身で扉を開くことはできんせん。ゆえに、現出するまでは無力なのでありんす」
「その通り。私達は召還されなければ、現世にて力を発することはできない。そのため、主がどれだけ悪事を働いても、それを知ることはできても、罰することはできなかったのだ。しかし、どこぞの悪魔王は出入り自由だがな」
ユースティティアはヴェルレンティーの方を見ると小さく笑って見せた。少し羨ましそうでもある笑みだった。
「では、スキル『勇者』を私につけてもらうことは可能ですかな?」
「ん? お主にか?」
「えぇ」
ユースティティアはヨルゲンをまじまじと見つめる。まるで値踏みをするようであった。だが、ヨルゲンはその視線に対してよほどの自信があるのか、ピクリとも表情を動かさず堂々たる姿で挑んでいた。
「よかろう。どこか道化を漂わせるが、問題なかろう」
ユースティティアがふとヨルゲンに手をかざす。たったその一瞬であった。
「これでスキルの移行は完了した。これからはヨルゲン、お主が私の主となるのだ」
「これは、神にそういう事を言われるなど、なかなか貴重な経験ですな」
ヨルゲンはそう笑ってみせる。
「では、私は去るとしよう」
そういうとユースティティアは淡い光に包まれると消えていく。
ヨルゲンはというと満足げな表情を浮かべ、一つ手を叩く。
「さて蒼くん。無事今回の一件は丸く収まったが、どうかな?」
「いや、俺に言われても……」
蒼は視線をエーラへと送る。
今回の一件の被害者はエーラである。蒼がどうこうというよりも、エーラがこの解決に満足をしているかという事が大切なのだ。
「私は、大丈夫です。レオさん達には謝罪を頂きましたし。でも、心残りがあるとすれば、蒼さんのお手を煩わせた事でしょうか……」
「いや、別に俺はそんなつもりじゃ……」
「蒼さんは優しいからそういう事が言えるんですよ」
「そうね。蒼は優しすぎるのよね。でも、エーラちゃんも頑固すぎるのよ」
「ち、千鶴さん……」
「エーラちゃんの頑張りは私達が知ってる。だからこそ、頼ってもらって、頼って。そんな関係が私達の関係でしょ。ギルド間の契約なんかじゃなくてね」
契約。そんな物に縛られない信頼。
「エーラは、頑張り屋さん。私も、知ってるから」
「レシアまで……」
「そうだよエーラちゃん。頑張っている姿はみんなが見てくれてる。だから頼ってもらったり、頼ったりしてくれて良いんだよ。頼りないマスターだけど、私も協力できることなら頑張るから」
「マスター……」
エーラの視界が歪む。涙を堪えようとしていたが、どうしてもはちきれてしまったのだ。
頑張ってきた。頑張っていたのだ。自分の努力は無駄じゃなかった。自分の仕事は果たせていた。そんな満足感と共に、一緒に歩んでくれて、支えてくれてありがとうという感謝の気持ち。様々な温かな思いが込み上げてくる。
「みなざんッ!! あでぃがどうござぁぁぁいまずぅぅぅ!!」
ひどい泣き顔を晒しながらエーラは皆に謝罪して回るのだった。
◆◇◇ ◇◇◆
「一件落着ですねマスター」
「そうだね」
ヨルゲンは本拠地にてワインを嗜んでいた。
嗜まれているワインは西方の町で作られ、三年という熟成期間を経て販売される一本であり、その値段は約五十万ペリカほど。上位階級の冒険者でも手が出ないような逸品である。
そんなワインを嗜みながら、ヨルゲンは自室から見える都市の夜景を眺めていた。
南側のギルド拠点が集まる一等地の中でも高地に位置するギルド拠点からは街が一望でき、人々の営みが夜であっても途絶える事無く盛んなのが見える。
一息つきながらヨルゲンはワインの赤色を眺めた。
「やはりお気に障りましたか?」
グリューはヨルゲンの下を向く視線を見て察す。
「あぁ。そうだね。道化だってね」
昼間に正義神ユースティティアに言われた言葉を気にしているようだった。
「確かに、今回色々糸を引いていたのは私だけれど、そういわれるとなかなか傷つくね」
「ですがこの一件、マスターの構図通りに運んだのには間違いはございません」
「そうだね」
ヨルゲンは、机に置かれる白ワインを眺める。そして、その隣に赤ワインを置く。
「確かに、得たいものは得たし、授けたものは授けたし、邪魔者は消した。そして私の体裁も健全のまま。なんら問題ない」
だが、とヨルゲンは付け足す。
「どうにもあの神には見透かされている気分が気に食わなくてね」
グリューに向ける笑みは、いつものいたずらな笑みそのものだった。
「道化……笑わせてくれるよ」
己のしたいように事を運ばせているだけだというのに、他人を騙し偽る道化だと言われたのだから。
「全く、神には参ってしまうよね」
そういうとヨルゲンは今度は白のワインを手にとり一口。
口内に広がる赤ワインとは違う甘い味わい。蜂蜜を思わせるような甘みに、熟成を得て角の取れた酸味が口いっぱいに広がる。
一口飲んだヨルゲンの笑みには含みがあった。
「勝ちたいよね」
欲。
ヨルゲンはただただ強者という欲に溺れていた。




