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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第4章 魂を売る桃の花
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81話目 盤上戦

 蒼達は装備を万全に整えて、ギルド本部へと来ていた。

 目的はもちろん、レオ達との決闘にある。エーラを救うことだ。


「やぁ、蒼くん来たね」


 目の前に居るのはいつもに比べて厳格のある服装の五つ紋付を着込んでいる。その紋は蒼の居た道場の家紋、つまりは甲斐家の家紋。ヨルゲンは、甲斐家に認められた人間であるが故に、血族でなくてもその家紋をつけることを許された人間であることを指し示す。


 そして、いつもの調子のヨルゲンの後ろに居るのはレオ達のパーティー。蒼達を見た瞬間、憎悪の形相で見てくる。恐怖など一切感じない。

 レオ達とヨルゲンを挟むようにして、四人の冒険者がその背後に着く。まるで、レオ達が逃げ出すことが無いように、挟み込んで威圧している様でもあった。


 ヨルゲンは蒼とレオの様子を見ると小さく頷く。


「話は要らないね。それじゃあ入ろうか」


 ヨルゲンは我が物顔でギルド本部へと足を踏み入れていく。蒼達もその背後に着くようにギルド本部へと入っていく。


 ギルド本部には様々な施設がある。

 ギルド運営に関わる書類の提出や、ギルド運営の資金に関わることなどを受け付けるロビーがある。しかし、蒼達は今回の目的はそんなことではなく、とある部屋を借りることだった。


 ギルドがギルド間においての抗争を避けるために、とある条約を作った。『ギルド間での抗争をする場合、ギルド本部に申請をし適切な監督の下、代理人を立てギルド間で代わりの対決方法を設ける事』というものだ。

 しかし、実情は血気盛んな冒険者を統率することは叶う事はなく、抗争が起きるときは起きるという状況がある。だが、抗争によって路頭に迷う冒険者や、無駄な死傷者を出さないというギルド方針は間違っていない。


 そして、そんな条約を乗っ取り今回ヨルゲンの計らいで用意されたものがあった。


「さぁ、これが『盤上闘技場ウォーボードアリーナ』だ」


 そこに用意されていたのは、部屋に用意された巨大な円盤であった。盤には透明な膜のようなものがドーム状に覆われており、盤の隅は古めかしい木材で補強されている。

 蒼達はその盤ば何を指し示すのかは知らない。


「ヨルゲンさん、まさかトランプとかの賭け事で勝敗を決めようって訳じゃないですよね?」

「千鶴ちゃん、まさかそれは無いよ」


 千鶴の言葉をヨルゲンは笑って一蹴すると、ボードに手を置きながら答える。


「これは、ギルド本部がギルド抗争を避けるために、エルフの国に依頼して製作してもらったマジックアイテムだよ」


 エルフ国にわざわざ頼んで作ってもらった品、つまりオーダーメイドというわけであり、それだけでこの盤の価値というものの高さがまず桁外れなのは理解ができる。


「この盤を簡単に説明すると、中に入って戦うことができるアイテムだ」

「戦う?」


「そう。冒険者はどうしても拳で決着を付けたがるからね。そのためにこのアイテムが開発されたんだ。この中には特殊な結界魔法がかかっていてね。死に値するようなダメージであったり、戦闘が不能と判断するとその瞬間に戦線から離脱して、体の傷を回復することができるんだよ」

「つまり、中で死んだとしても大丈夫という訳ですか……」


「その通り。そして、中でどれだけ巨大な魔法を使って地盤が崩壊したりしても、外へと影響は一切無し。派手に暴れまわることができる闘技場アリーナというわけだよ」


 殺しもあり。

 その言葉が何を指し示すのかは、蒼には分からなかったが、レオ達の目つきが変わったのは確かだった。


「まぁ、話していても仕方が無いよね」


 ヨルゲンの言う通りだった。

 話していても仕方が無い。

 蒼からしてみれば『盤上闘技場ウォーボードアリーナ』の説明などは何一つとして意味が無いのだから。ただ、目の前でこちらに対して睨みを利かせる四人組を拳で打ち負かすだけなのだから。


 それを成すだけと分かっていれば、説明など頭の中に入ってこなかった。

 ただ、頭は冷静に、心の中では業火の如き怒りが湧き上がってくるだけだった。


「それじゃあ蒼くんとレシアちゃん、レオ達、ボードに触れて」


 ヨルゲンの言うままに蒼とレシア、そしてレオ達は隅の木材に触れる。

 その瞬間、意識が一瞬にして途切れた。



 ◆◇◇ ◇◇◆



「ヨルゲン様……ほんとうによろしかったのですか?」

「ん? 何がかなフォビアさん?」

「いえ……。その……」


「言い切ってくれて構わないよ。この場では対等な立場で話し合いたいと思っているしね」

「では、失礼ながら……」


 フォビアはヨルゲンの方向を向くと自らの疑問を投げかける。


「私のような弱小ギルド、Aランクギルドであれば権力で潰してしまって、揉み消してしまうのが一番ではなかったのでしょうか。この件はもちろんギルド本部へと通告されて、あなたのギルドの名誉は少なからず傷がついてしまうはずです……。だから、わざわざこのような機会を設けてもらうなんで、思ってもみなくて……」


 今回のレオ達の一件は、単にこの決闘ですべてが決まるわけではない。

 本来であれば、この事件はギルド本部が請け負うべきものであり、ヨルゲンという人間であってもギルド本部には逆らえない。だからこそ、事件が発覚してしまえばギルドは様々な罰則を受けることになってしまうのだ。


 罰金は言わずもがな、その他にもなんらかの罰則があるのは間違いが無い。Aランクギルドとしては、膨大な貯蓄ゆえに罰金はさして痛手にならないかも知れないが、名誉には少なからず傷がついてしまうのは事実。このような人間を雇い、悪事を働くような環境があったのは隠せない事実なのだから。


 上位ギルドになればなるほど、信用という物は、資金よりも大切な商売道具となる。今回の一件で看板に泥を塗ったわけだ。普通ならなんとしてでも回避するのが一般的。このような機会など設けずに、圧倒的な力を持ってして揉み消すのが一番である。


「そうだね。そう考えるもの分かる。ギルドのランクが上がれば上がる程大切になるのは信用だから、今回の一件で少なからず顧客は離れていくかもしれない」

「では……なぜ?」


「なぜって決まっているじゃないか。悪い事をしたらいけない。子供でも分かることだ。そして、悪い事をしたら謝罪する。大人なら普通のことだ。私は、ギルドとして、小さな悪事であっても揉み消すような、権力に物を言わせる行為は悪事だと思っている。だからしない。単純な話だよフォビアさん」


 ヨルゲンは、盤上に浮き上がった蒼達を見ると更に言葉を重ねた。


「それに、信用は誠意にこそ宿るものだ。悪事をしたら謝罪する。それが誠意だ。そして、私はこのギルドを運営する上で、仕事に携わってくれた人間に関して、私に助力した人間に対して誠意を欠かしたことは無い。だからこそ、その信用は大きいと感じている」


 ヨルゲンはどこか自慢するように笑って見せた。


「こんなことで信用ガタ落ちで仕事できなくなるような、仕事はしてきてないから、なんら問題がないよ」


 それはヨルゲンの背中がすべてを物語っているようなものだった。

 その発言に対して、フォビアは開いた口を閉じる事無く、ただただ胸に尊敬という言葉を思い浮かべるだけだった。


 そして、小さく扉が開かれた。


「あ……あの……」


 小さく発される声。

 そこに立っていたのはエーラだった。


「ヨルゲンさん、エーラを呼んでいたんですか?」

「そうだよ。蒼くんたちと鉢合わせると、ちょっとプレッシャーかと思ったから、あえてタイミングをずらしたけどね」


 エーラは戸惑った様子で、千鶴とフォビアの下へと駆け寄る。

 そして、部屋の中央に鎮座する盤上を見て、驚愕の表情を浮かべる。


「蒼……さん……」


 エーラは目に涙を浮かべていた。

 誰も涙の理由を聞くことは無かったし、あえて言うこともしなかった。


 ただ、今回の事件の被害者の思いを受け止めるだけだった。



 ◆◇◇ ◇◇◆



「よぉ、中級冒険者さん!!」


 レオの挑発の篭った言葉が聞こえると、蒼が目をゆっくりと開いく。視線の先にいるのは、四人組のパーティー。


「よくお前ら俺達に挑んできたよな? こっちは上級冒険者四人。そっちは中級冒険者に、冒険者なりたて一ヶ月の初級冒険者」


 レオの言う通り。相手は全員が蒼よりも格上の相手。それぞれが確立した実力を持ち合わせた人間達。バルミノやレミと言った、冒険者の中でも実力を保有する人間。

 その差は明らかに開かれており、中級冒険者と上級冒険者とでは確かな差があるといわれている。


 そんなハンデの上に、蒼達は二人、レオ達は四人という倍という人数差。数的にも蒼達が不利なのは明らか。


「何を粋がってるかは知らねぇけどな、まだ目上の人間に対する態度がなってないんじゃねぇの? 挨拶くらいしたらどうだぁ? あぁ?」


 同じギルド間であれば確かに挨拶の一つや二つしたかも知れない。だが、これほどまでに腐った人間にする挨拶も無いだろう。


「おい、何か言ったらどうだ? あぁ?」

「レオ。その辺にしておけ。敵は俺達。声も出ないくらいびびっているんだろう」

「そうに違いねぇよレオ。今更怖気づいてるんだよ」

「そうね。私達に勝てると思うなんて、よっぽど頭が弱い冒険者じゃなければ、発想すら出ないわよね」


 レオ達の必死の挑発。


 蒼は冷静な頭でただレオ達を睨む。

 それは単純に、怒りに身を任せないという信念を持って。相手をただ、敵だと認識して、その意識を置く。


 レシアはまるで獣のように小さく唸りながらレオ達を睨む。

 今すぐ握られた拳をはちきれんばかりに振り下ろしたい衝動を堪える。蒼が先陣を切るまで、レシアはだた堪える。蒼が拳を振るったら、暴れる時間なのだと、頭で理解しているからこそ、唸り待つ。


 蒼達とレオ達の中間地点に巨大な数字が浮かび上がる。

 『10』という数字が浮き上がっていくと、一秒、一秒と経過するたびにカウントダウンが進んでいく。ゼロになった瞬間、戦闘の開始は言うまでも無い。


「レオ、最後に言っておくぞ」

「あぁ?」


 蒼は小さく息を吐くと、レオを睨みながら言葉を告げる。


「負ける気がしないな」


 その言葉をレオが聞いた瞬間、眉間に青筋が幾本にも浮き上がり、その表情は怒り一色に染まる。

 格下の冒険者、自分より実力の無い人間に煽られた。挑発をされた。それが、レオのプライドに障り心底浮かび上がる怒りが感情を染め上げる。


 『勇者イドムモノ』という授与者系スキルの中でも最上位に位置するユニークスキルを保持できるのは世界に一人だけ。その世界に一人という存在に選ばれた存在は自分である。そんな選ばれし人間に、格下の人間が楯突くことがおこがましい。憎たらしい。


 選ばれし者だからこそ、Aランクギルドの『神王の魔槍』に入団することが可能であり、選ばれし者だからこそ最強の仲間達と組むことができた。今までの冒険によって敵だったものはいない。苦難はあれど、負けは知らない。


 だからこその実力。その実力を格下冒険者に侮辱されたことへと怒り。


「ふざけぇぇぇぇぇるぅぅぅぅぅなぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああッッッ!!!」


 カウントがゼロになる。

 その瞬間に、前衛であるレオとイオニオスは地面を大きく蹴り上げる。

 タイミングを計って、ジュストは攻撃魔法を、エリヴァラは支援魔法を唱える。


 一番行動が早いのはエリヴァラであった。

 その詠唱速度は慣れだけでは体現できないほどであり、すぐさま支援系魔法である【全体攻撃強化ロールプラスパワー】【全体防御強化ロールプラスディフェンス】の詠唱を唱え終わると、次は阻害系魔法の詠唱に取り掛かる。


「鎧よ、兜よ、その甲殻を貫かん【攻撃力低下ダウンパワー】ッ!!」


 だが、エリヴァラはすぐさま異変に気がついた。

 長年術を行使しているため、相手が魔法が効いたかや効いてないかなど様々であるため、その感触というのが使用者にでも分かる。そして、蒼に阻害系魔法をかけたのだが。


「効果が……薄い……」


 そんなことは知らず、猛攻を仕掛けようと突進するレオ。


 その疾走はエリヴァラの支援系魔法が掛かったのと同時に、蒼の下へ追いつく。冷静沈着な表情で、睨みつけているその顔面。今すぐにでも歪ませて、泣かせて、謝罪の言葉を口から吐かせたい。そんな思考が先行し、いつもなら痛ぶるかの様に四肢から切っていくのがレオのやり方だったが、怒りがオリハルコン製の剣を首下へと一直線に運んだ。

 オリハルコンという鉱石の中でも最高級の品。それを研磨して研ぎ澄まされた剣は人間の首を刎ねるには、勿体無いほどの切れ味を持っている。


 イオニオスと蒼の隣で硬直したかの様に動かないレシアに向かって【闘武】を発動させて、強化された拳を高らかに振り上げる。この一撃を喰らってしまえば、どんな巨石であっても打ち砕くことが可能。つまり、レシアのような貧弱な娘など、一撃で死へと至らしめることが可能。それほどまでの破壊力を持った拳。


 二人は見誤っていたのだ。


 実力、という物を。


「剣の振りが甘いッ!!」

「遅いッ!!」


 剣においては英雄からの指南さえも受けた英雄の弟子。そして龍種の力を持つ少女。

 見誤っていた。


 蒼はレオの剣を体を捻って回避するとその強く握り締められた拳を一撃。

 レシアは、真正面からイオニオスの拳と激突。


 上級冒険者といえど、レオには技が足らず、イオニオスは龍種のポテンシャルを前にしてはただの人間に過ぎなかった。


 凄まじい衝撃波を生むと、レオとイオニオスは大きく吹っ飛ばされる。


 蒼とレシアは拳を収めると、散々言われてきた言葉を逆に言い返してやる。


「「弱いんだよッ!!」」

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