7話目 推測と予兆
ギルド本部の最上階には、賢者の間と呼ばれる一室が用意されている。
レッドカーペットが丁重にひかれ、天井からは高級感溢れるガラスの中に魔石灯が入っており、地面を明るいオレンジの光で照らす。
通路の両側に置かれる剣、斧、槍、そして甲冑、鎧などの武具は全て高級なんて言葉では片付けることはできない代物。全てが宝具と呼ばれる、英雄達が使用したと呼ばれる武具たちだ。
他国に取られる、また盗人なんかに取られた暁には、使用者によっては国ひとつ滅ぶと呼ばれるほどの代物。それだけ強力な宝具だが、逆に言えば扱える人間というのも限られてくる。強力が故の反動ということだろう。
この宝具たちは、万が一にも盗人が入っても撃退できるようにと、四賢者が住まうギルド本部に置かれている。
偉人達が残した宝具が飾られる通路を歩くと、木の扉が通路の終わりを告げる。そして、扉を開けた先には、広くも狭くもないといった空間。そんな空間には、円卓がひとつ置かれており、周囲には五つの椅子が並んであるだけだ。
そこには三人の先客が座っていた。
「遅かったじゃないか、ギル。ちゃんと仕事はやったのか。実はどこかで道草食ってたんじゃないよな」
声のする方向を見ると、机に堂々と腰をかける女性。年齢は十歳にも見えるほどに若く見え、身長もあまり高くはない。長い燃えるような赤の髪。それとは反対の蒼玉のような瞳。
そして、薄着をしている彼女の肌には、無数の古傷。隠す気どころか、むしろ称号のように見せ付ける。
全身から溢れ出す暴君に等しいような荒々しい雰囲気。
「うるさい。へカベ」
「う、うるさいとは何だっ!! くそじじい!!」
へカベと呼ばれた女性は、子供のように怒りをあらわにするが、ギルはそれを無視。冷たい態度で見つめる。
「やーい、セレナ好きのロリコン野郎!!」
その言葉を聞いた瞬間、後ろに立っていたセレナがピクリと反応する。
「四賢者の方であっても、私の主をけなすことは許しません。ギル様は決してロリコンなどではなく、紳士なお方であられます」
黒のフレームめがねをカチリと上げながらこらえるスーツ姿の女性。短く切られた金髪の髪は美しいと表現するほかないほどだ。そして、澄み切った空のような青色の瞳。雪のような白い肌。そして、人間種とは異なる長い耳が、セレナがエルフであることを示す。
「セレナもいちいち構うな。品が落ちる」
「申し訳ありません」
ギルが制すとセレナは大人しく一歩下がり、小さく頭を下げる。
「へカベも大概にせんか。子供ではあるまいし」
「マリーンのおじいも大概だってばっ!! てか、私子供じゃないし!! 立派なレディーの一人だし」
マリーンと呼ばれた老人は、小さく小首をかしげる。
白の司祭服に身を包む姿はまるで大司教の様だった。
しかし、マリーンは大司教などではなく、現時点での二大ギルドのひとつ『円卓の騎士』のギルドマスター。魔法を使う人間の中で右に出るものはいないといわれるほどの魔法使い。四賢者の名にふさわしい実力の持ち主だ。
「その身長でよく言えたものじゃな。それに、物事はもっと胸を張って言うものじゃぞ」
「む、胸……」
へカベは自分の胸に手を当てて、がっくりと首を垂れる。
それをみたマリーンは、どこか小さく勝ち誇った笑みを浮かべる。
マリーンは、司祭服のなかから小さな飴玉を取り出すと、口の中に放りこむ。
「うむ、いつでもペロペロキャンディーはおいしいのぅ。若返るわい」
「じじいのくせに子供用の飴なんか舐めてんじゃねぇよ!! 気持ち悪い!!」
「子供が酒を飲むのとはわけが違うからの。別に、おいしいものを食べることが悪いとは思わんしな」
マリーンはニコリと笑ってやると、へカベは「むうぅ……」と唸るような声を上げる。
「どれ、一個食べるか?」
「……食べる」
へカベは机から降りると、マリーンの方へと向かい飴を手に取る。
二人は犬猿というのか、逆にこれが普通の光景であるから仲が良いというのか、よく分からなかったりする。
「それで、いつだ? もう分かったんだろう?」
「ん?」
ギルは円卓の席に座る女性に目を向ける。
すらりとした体躯に、流れるような水晶のような銀髪に雪化粧のような白い肌。そして、狼のように鋭い目には、紅葉のようにも捉えられ、業火のようにも捉えられるような赤い瞳が煌いていた。
彼女は、マリーンのギルド『円卓の騎士』と対峙する二大ギルドのひとつ『焔狼の牙』のギルドマスターである。
「……」
ギルは先ほどの質問に対して、小さく口を瞑る。そして、自分の中で言葉が決まるとそれを口にする。
「確かにいつかは分かった。一週間後から二週間後くらい先に、魔物大氾濫は起きるだろう」
その言葉を聞いたマリーン、へカベ、ホロの三人がピクリと反応してみせる。
魔物大氾濫、それは世界各地で起きている魔物が異常発生する現象。
原因などは分かっておらず、さまざまな人間が、地脈に流れる魔力の流れが変わったからとか、多くの人間が死んだ時だ、など仮説を立てている。
分かっていることと言えば、事が起きる前には魔物数が全体的に少なくなること。魔物大氾濫には、一体だけ外の魔物とは桁違いに強い魔物、変異者が生まれる事がある。そして、一時的な現象であるということ。
なによりも、魔物の大群が街に向かって進軍してくることが、厄介な点である。街のほかにも、周囲の村々にも魔物の被害が及ぶ危険があるのだ。
しかし、四賢者の三人が驚いている点は、魔物大氾濫が起きるという点ではなかった。
「ギルにしてはざっくりとした判断だね」
「そういえばそうじゃな。ギル坊の割には適当じゃな。手を抜いてはおらぬだろ?」
「ロリコンギルにしては、えらく時間がかかった気がするし」
「手は抜いてはいない。ただ、期間が延びたのは、今回のはまったく分からなかったからだ」
「まったく分からなかったって事は、適当かよ。うわ~、手抜きじじいだ」
「そうじゃない。絞って絞って、俺が提示できる最大限の推察からの結果だ。有無は言わせん」
「……」
へカベもあまりのギルの威圧に押されて、黙り込んでしまう。
「でも、いつもギルってどうやって魔物大氾濫の時期を特定してるの? 魔物が少なくなるって兆候しかないじゃない?」
「空気中の魔力濃度だ」
「空気中の魔力濃度?」
「あぁ。空気中には、魔力が場所によってはマチマチだが、一定量存在している。それが魔物大氾濫の時期になると、濃度が濃くなる。その増え方を計算して、時期を割り出してる」
「空気中の魔力濃度が分かるなど、魔法使いのわしでも分からんぞ」
「……俺のスキルみたいなもんだ。気にするな」
ギルはどこか言葉を濁しながら答えるが、また話を続ける。
「だが、今回の魔力濃度の上がり方は異常だった」
「異常? もしかしてめちゃくちゃ高くなってたって事? って事は、強い敵が現れるから……戦いが楽しくなるって事か!!」
「黙れ小娘。セレナ、ちょっとへカベを黙らせろ」
「かしこまりました」
そういうとセレナは、へカベの近くまで行くと耳元でコソコソと小さくつぶやいたかと思うと、へカベがブルブルと震えながら「分かった……静かにするから、誰にも言わないでよ」と言って、大人しく自分の椅子に座る。
何を言ったか分からないが、へカベは椅子の上で体育座りしながらブツブツと何かをつぶやいている。
「それで、異常って言うのは?」
「二つ気になる点があった。一つ目は、普段なら魔力の上がり方というのは誤差はあれど、一定量ずつ増えていくものなんだ。だが、今回のは低下の現象が見られた」
「低下? 魔力濃度が下がったって事?」
「そういうことだ。俺も経験上、下がった光景は見たことがある。マリーンが大魔法とかぶっ放した時とかな」
「確かに、わしが使う魔法の中には、空間の魔力を借りて使う魔法はある。だが、不思議なのはこの近辺で大魔法を使う機会があるかということじゃな」
大都市アレフレドの周囲には、いくつかのダンジョンはあるものの数キロ単位で離れた場所にある。そのため、街の周りに出現する魔物というのは、ゴブリンやスライムといった弱い固体のみ。たまに、ダンジョンから溢れた魔物が出たとしても、頻度としては少なすぎる。
自然に、ゴブリン相手に大魔法をぶつけるということは信じがたい。
「二つ目に、魔力の上昇量が一定じゃなかった」
「なるほど。それで正しく計測できないって事ね」
「違う。言っただろ? 魔力の上昇量は一定だって。それが不規則って事は、何が別の事象が絡んでいる可能性がある」
「別の事情かぁ? わしにはさっぱりじゃな」
「この前ギル、強い魔物が生まれるときは周囲の魔力濃度がどうのこうのって、堅苦しそうな本読みながら言ってなかったけ?」
「英雄譚なんかで『よくない雰囲気』や『悪い気配』という記述があるだろう。それを俺は、空気中の魔力量の変化と捉えたが、たぶん今回のとは違う」
「もうっ!! なんなのさ!! 簡単に教えてよ!!」
「……人為的操作の可能性だ」
「人為的? そんなこと可能なの?」
ホロはありえないとでも言うように聞いてくる。それを聞いたギルは、小さく息を吐くと、「ここからは俺の推測だが……」と話を始める。
「召喚魔法の類ではないかと思っている。召還魔法は、大規模なものだと長期間に渡り魔力を貯め続け、さまざまな供物を必要とする。召還魔法は、大概空気中の魔力を使用するからな。誰かの召還魔法が引っかかったんじゃないかと推測している」
「召還魔法か。確かにありえるな。じゃが、長期間の召還魔法となると神獣でも呼び出すつもりか?」
「それは分からんが、ひとつの案として受け取れ」
「……まぁ、なくはない話だけど確証がないわね」
「それよりも、今回もいつもどおり魔物をぶっ飛ばせば良いってことだね」
「そうじゃが、確かにこう話をすると不安になるのぅ。何か策を講じるべきか?」
マリーンが三人に振るが、へカベは変わらずに「殴って殴って殴ってけば、問題なしだよ!!」と言うばかりだ。
「それじゃあ、今回は街のギルドを総出させるというのはどうだろう?」
「総出か? 大規模すぎる気もするが、周囲の町の護衛に人手をいつも以上に裂いたと考えれば妥当か」
「何より安全第一じゃからな。策は講じておいて、問題はないじゃろ?」
「それじゃあ、周囲の町の警備と、アレフレドの防衛のギルドの割り振りを考えるか……」
ギルの胸のうちには、小さく不安要素がもうひとつうごめいていた。
それは、話せは何気ないことなのだが、考えれば考えるほど不安で仕方がない事案であった。
それは
――――スパンが短すぎる
ということだった。




