78話目 構成員のために
「どうかッ!! 助けてはいただけませんかッ!!」
フォビアさんは地面に頭を強く強化し、古い建物の下の階まで振動が伝わるのではないかと思うほど、強く頭をたたきつけた。
「お、落ち着いてくださいフォビアさん。一体何があったんですか!?」
土下座という形で地面に頭をつけ懇願するフォビアさんに声をかけるのは千鶴だった。
ここは千鶴、蒼、レシアの居る『燃果の羽翼』の拠点であった。
その場所で、フォビアさんはたずねてくるなり土下座をかましてきたのだ。三人が驚かないわけが無かった。
普段は温厚で、のんびりとした性格をしており、おっとりとした空気が流れているフォビアさんが、真剣な目つきをして蒼たちに頭を下げているのだ。
「何があったんですかフォビアさん。お茶出しますから、少し落ち着いてください……」
「も、申し訳ありません……」
フォビアさんを椅子に何とか座らせる。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
レシアがお盆で運んできたお茶を一口で全て飲みきってしまうフォビアさん。椅子に座る蒼と千鶴は、フォビアさんのいつもと異なるその態度に、疑問を浮かべていた。
「それで、何があったんですか?」
千鶴が冷静な声で聞くと、フォビアさんはゆっくりと口を開いた。
「最近エーラの様子がおかしいのです」
「エーラちゃんが?」
フォビアさんが珍しくエーラを『ちゃん』をつけずに呼んでいた。真剣な場であるからこその事なのだろう。
「最近、エーラの怪我が多いのです。上級冒険者の四人パーティーのサポーターを請け負っているのですが、エーラにダンジョンの名前を聞くと、明らかに中級冒険者が向かう場所ばかり。なのに、エーラの体にはいくつかの打撲痕が目立ちます。
それも、人的に与えられたようなものばかり。それで怪我をしたというのに、エーラは怪我の理由をはぐらかして答えるばかり。もしかしたら、何かあったのではないかと思っているのです」
「それだけですか」
「いえ、それだけじゃありません……」
フォビアさんは小さく首を振る。
「報酬の金額がおかしいのです。一ヶ月でエーラが上級冒険者の皆様から頂いた金額は、合計で十二万ペリカです……。最初、四人とお話した際に提示した金額のたったの四分の一しかありません。それどころか、エーラは私に黙って、バイトをして稼いでいるという話まで耳にしました。
おそらく、エーラはその稼ぎを、報酬と偽って納金しているのだと思います。それに……」
「それに……?」
フォビアさんは目に小さな涙を浮かべながら話す。
「泣いていたのです。いつも笑顔で、私達に元気に接してくれているエーラが、自室に篭っては泣いているのです。私は話しかけると、いつも通りの笑顔を見せようと、空元気を見せているようで。そんなエーラの姿が……私は……耐えられなくて……」
「……」
千鶴は手を組む。
そして、ギルドマスターとして客観的なアドバイスをする。
「ギルド本部には?」
ギルド本部には、様々なギルド間のいざこざに対して介入できる、とても強力な力を持っている。例えば、サポーターと冒険者との間での問題などは一番多い事例だといえなくも無い。
その場合、冒険者側、サポーター側に不当な行動が無いか、調査することができる。もしそのような事案があった場合には、活動停止などの処分を下すことができる。
「伝えました……。ですが、担当のギルド職員は何度通っても『どうせお金を巻き上げようという魂胆だろう』や『見苦しいぞ。真面目に稼いだらどうだ?』など、一度として話を聞いてはくれませんでした……」
「そうですか……。では、所属ギルドには問い合わせてみましたか?」
「はい。ですが『そんな契約は知らない』『構成員も知らないと言っている』の一点張りで。ギルド本部と掛け合ったときとなんら変わらない回答ばかりで……」
「そうですか」
公的な手続きでの、相手ギルドに何か言える手段は主に二つだ。
ギルド本部を介しての話し合い。もしくは、ギルド本部による立ち入り調査など。
もう一つは、契約した相手のギルドとの話し合い。
だが、二つともが空振りに終わっているという状況。
「千鶴……良いか?」
「ん? どうしたの蒼?」
「俺とレシアがダンジョンに潜っている時、エーラを見かけたんだよ……」
「それで?」
「レオとかいう冒険者に、確かに暴力を受けていた。だが、俺はそれを見てることしかできなかった……」
「それは、事実?」
「あぁ……。すまない……」
「蒼がその現場を見て、手を出さなかったのは確かに正解よ。相手を下手に殴ったりして、ギルド抗争にでもなってみなさい。勝ってこないんだから……」
蒼達は構成員二人のまだまだ弱小ギルド。多勢に無勢のギルドであれば、どんな手を使おうと負けてしまうのが目に見えていた。
「フォビアさん、相手のギルドの名前教えていただけますか?」
「お相手は……『神王の魔槍』です。伝説級冒険者、ヨルゲン・レーン氏がギルドマスターをされている、Aランクギルドです」
その言葉を聞いた瞬間、蒼と千鶴の表情が強張った。
「フォビアさん、もしかすると、何とかなるかも知れませんよ?」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ、ヨルゲン・レーン氏と、私と蒼は少し接点がありますから」
相手が見知らぬ人だったら八方塞りだったかもしれないが、ヨルゲン・レーンとは蒼と千鶴は小さい頃にお世話になっており、親交も深かった。事実、千鶴とは魔物大氾濫の際の会議で一度顔を合わせている。
「訪ねたらなんとかなるかも知れないですよ。ぜひ、行ってみましょう」
「あ、ありがとうございます!!」
「そんなに深く頭は下げないでください。まだ、解決した訳じゃありませんから」
フォビアさんがペコペコと頭を上げるのを千鶴は困りつつ対応する。
そして、蒼と千鶴、レシア、そしてフォビアの四人でヨルゲン・レーンがギルドマスターを務めるギルド『神王の魔槍』へと向かうのだった。
◆◇◇ ◇◇◆
「千鶴、ほんとうにここなのか?」
「えぇ……間違いない……はず……」
「お、おっきぃ……」
目の前にそびえ立つ二柱の石像。
門番とも取れる二柱の石像は、蒼たちの身長を優に超え、氷龍エクスキュースと同等の身長だろうか。そして、全身の隆起する筋肉、憤慨した表情、指先の一つ一つまでに精巧に作られた石像は今すぐにでも動きだしそうなほどだ。
そして、その石像の中央には巨大な石門と共に二組の冒険者が立っていた。
「すいません」
「ん? どうした?」
千鶴が片方の冒険者に話しかける。
まだ若い顔であるが、身につけられた装備から察するに中級冒険者ほどであり、蒼と同じだろうことが分かる。もう片方も同年で同じ中級冒険者であろう事が見える。
「ここは『神王の魔槍』ですか?」
「あぁ、間違ってないよ。ヨルゲン様がギルドマスターをお勤めになられているギルド『神王の魔槍』だよ」
少し誇らしげに離す冒険者。
だが、分からなくも無い。
Aランクギルドといえば、冒険者ギルドの最前線で戦うギルドだといっても過言ではない。
Sランクギルド『円卓の騎士』『焔狼の牙』に継ぐ実力ギルドだ。新迷宮の探索に加え、天災級の魔物との攻城戦に参加する資格が与えられる実力者ぞろいのギルドである。誇りたくなる気持ちも分からない訳ではない。
「何か用か?」
「はい。ヨルゲン様にお会いしたいのですが、いらっしゃるでしょうか?」
「ヨルゲン様か? ……御本人ということで間違いではないのか?」
「はい。ヨルゲン様です」
千鶴がきっぱりと言うと、二人の冒険者は少し戸惑ったような表情を浮かべる。
「すまないが通せない」
「なっ、なぜですかッ!?」
「ふ、フォビアさん、落ち着いて」
冒険者二人は急に慌てだすフォビアの姿に少し驚愕してしまうが、すぐさま調子を取り戻して話し始める。
「生憎、ヨルゲン様は外出中でね」
「いつ頃お帰りになられるか分かりますか?」
「う~ん、俺達はただの門番だからな……。正直分かりかねるよ。すまないね」
「では、伝言を残すことは可能ですか?」
「それもできないんだ。一応防犯上という事で、見知らぬ人からの伝言や、公式の文面以外は全て断っていてね。手紙を送ったとしても、ギルドマスターに届くのは無いと思う」
流石伝説級の冒険者という事だろうか。
一介の冒険者ではなく、その待遇はまるで国政に関わるもののそれである。だが、実力ある者であれば、なんら理解できないことではない。
「何か、ヨルゲン様にお繋ぎできる手段はありませんか?」
「すまないね」
冒険者の回答は素っ気無いものだった。
だが、次の瞬間、予期せぬ自体が起こったのだ。
「やぁ、千鶴ちゃんに蒼くん、久しぶりだね」
その一声に門番達も振り返ってしまう。
「よ、ヨルゲン様!?」
千鶴が驚愕の声を上げてしまうが、蒼だって同じ様な反応をしてしまっている。
「お、お疲れ様です。ギルドマスター」
「門番ご苦労様だね」
「い、いえ……」
門番をしていた二人の冒険者もたじたじだった。
だが、ヨルゲン本人は裃を着ており、蒼たちの自国の雰囲気を前面に出しており、厚いプレートで包まれた防具とは雰囲気が異なっており、違和感を覚えざる終えなかった。
「すまないね。この人たちは私の知り合いなんだ。せっかく接待してもらったのに悪いね」
「こちらこそ、気づかずに申し訳ありませんでした……」
ヨルゲンの柔らかい物腰であっても、決して親しく接することはなくしっかりと下からの物言いと良い、とても教育の行き届いた同業者だと蒼は思ってしまった。
ヨルゲンは昔から柔らかい物腰で話をしてまるで友達のように話しかけるものだから人から話しかけられやすかったり、逆に話しかけやすい人物であった。だが、漂う強者としてのオーラのようなものは消せないようで、今でも蒼は昔感じた威厳を今なお感じ取っている。
「立ち話もなんだし、上がってくれたまえ」
そう言って指差す先は、三階建てであり、千人という冒険者を収納する、小さな城のようなギルド拠点であった。




