75話目 勇者一向
レオとイオニアスが前衛に立ち、後衛にはジュストとエリヴァラが構える。
レオは剣を持ち、イオニオスは力強く拳を握り締め、ジュストは長いスタッフを構え、エリヴィラはワンドを持つ。それぞれが武器を持ち、視線を送る先にいるのは魔物。
Bランクの魔物で、硬質な体によって剣などの切断系武器において圧倒的なアドバンテージを持つ魔物。全身が石でできているのではないかと錯覚する皮膚に、鳥類の嘴を持ち、背中からは羽が生えている。手足には長い爪が生えている。
その魔物の名前をガーゴイルという。
この場合剣士であるレオには不得手な敵ではあるが、パーティーという点であれば、イオニオスは打撃系攻撃が可能であり、ジュストの魔法も有効であった。そして、パーティーで貴重な存在のエリヴィラが居る。
「力ゆえの勝利、勝利ゆえの力。意志あるものにご加護を与えたまえ。【全体攻撃強化】」
エリヴィラの魔法を唱えた瞬間、パーティー全員の体が淡い赤い光に包まれる。
エリヴィラは更に補助魔法を唱えていく。
「石の如き体、何事にも負けぬ意志、体現せよ。【全体物理防御強化】」
パーティー全員が今度は淡い青色の光に包まれる。
これによってパーティー全体に、攻撃力アップと、物理耐性アップがついた。
ガーゴイルは魔法のような攻撃はせず、基本的には自身の爪や尻尾での攻撃と言った物理攻撃が得意なので、味方の強化はこれで問題はない。
「【闘武】ッ!!」
イオニオスの拳が淡い光に包まれる。闘武はイオニオスが拳闘士として戦うために習得した魔法であり、拳での攻撃においての負傷を一切負う事がなくなるもので、最大の盾であると共に、最大の矛になりえるのだ。
イオニオスは自身に強化が掛かった事を確認すると、地面を大きく踏み締めるとガーゴイルに向かって突進。巨大な肉体がガーゴイルに迫りくる。
だがスピードに関してはあまり早くはない。
ガーゴイルはしっかりとイオニオスの突進を視界に捕らえると、冷静に距離を測りながら自慢の爪を振りかざす。
「ふぬッ!!」
イオニオスはガーゴイルの攻撃を体を捻りながら回避。拳を思いっきり引き絞ると、その溜め込まれた力を解放するように拳を砲撃の如く放つ。
『ゴギャァッ!?』
ガーゴイルはあまりの衝撃にその体をくねらせてしまう。自慢の石の様な皮膚も、イオニオスの強烈な拳の前には霞んでしまう。
そして、イオニオスの背後から現れたのは、剣を上段に構えたレオ。
「はぁぁッ!!」
右足を思いっきり踏み込むと、その剣でガーゴイルに襲い掛かる。
しかし、ガーゴイルの堅牢な皮膚の前にレオの剣の切れ味では切断までは至らず、ガーゴイルの腕に刃が刺さり、数センチという傷を残すだけだった。
「チッ」
露骨な舌打ちをすると、すぐさま退避。
ガーゴイルとジュストに一直線の空間が出来上がる。
レオとイオニオスは事前に退避している。これによって、ジュストが放つ魔法の妨げにならない。
「【水球】ッ!!」
ジュストの目の前に魔方陣が形成され、その魔方陣から三つの人間の頭部ほどはありそうな水の球が形成されると、一直線にガーゴイルに向かって飛来する。
『ゴガァ!!」
魔法には弱いガーゴイル。ジュストの【水球】を喰らい、大きく仰け反ってしまう。
その一瞬の隙を逃さないのが上級冒険者。
イオニオスはすぐさまガーゴイルの懐まで入ると、再び大きく腕を引き絞る。
「ふんッ!!」
ガーゴイルの頭部にイオニオスの気合の入った一撃が入る。ガーゴイルはその体を大きくくねらせながら、痛みに悶えるがイオニオスの攻撃は止まらない。
「おらおらおらッ!!」
右の拳が振り終わったと思ったら、左の拳が体にダメージを与える。これの連続攻撃により、ガーゴイルの体は、中身にダメージを着実に与えていく。
「ラストだッ!!」
イオニオスが右拳を引き絞りガーゴイルに強打を与える。
ガツンッという打撃音が響いたかと思うと、イオニオスの連続攻撃によって弱くなったガーゴイルの皮膚にヒビが生え、ついに破砕。石のような皮膚がめくれ上がり、中から肉が露出した瞬間、ガーゴイルの体力が底をつき全身を紫色の粒子へと変える。
ガーゴイルの紫色の粒子は、レオの腰にかけられた魔力吸収結晶に吸収される。
そして、カコンという音と共に一つのドロップアイテムが落ちる。
それをエーラは見逃さず、素早く駆け寄ると回収する。
「サポーターちゃん。今のドロップアイテムなんだった?」
レオが聞いてくるので、エーラは手に持つドロップアイテムをレオに対して見せる。
「はい。ガーゴイルの爪のようですね。換金金額はこのサイズですと千二百ペリカと言ったところだと思います」
「う~ん。いらないや」
いらない、というのは捨てろというわけではなくレオにとってはあまり価値がないという意味だった。
ガーゴイルの爪は、基本的に武器の素材に成りえるものだ。しかし、ガーゴイルの爪を使って製作できる武器は、今のレオたちの装備に比べては格段に劣るものであり、使い道がほとんどない。
エーラは自身のバックパックにしまうと、メモ帳を取り出す。
「ガーゴイルの爪一つっと」
あえてレオたちに聞こえるように声に出して、メモ帳に手に入れたガーゴイルの爪を記入する。
「今回のサポーターちゃんはマメだねぇ? 全部メモるの?」
ジュストがエーラの持つメモ帳をジロリと眺める。その際、やたら顔をエーラの顔に寄せてくるが、エーラがその行動に対して何も言わずただ耐える。隣から聞こえる生ぬるい吐息に、嫌悪感を覚えてしまう。
「はい。換金所の職員が不正を働いた際に分かるようにです」
「換金所の職員がねぇ~」
おそらくジュストは気がついているのだろう。
エーラがメモを取っているのは自衛のためだという事を。それをあえて口にせず、あながち間違いではないような回答をしている事を。
だが、露骨に最初にエーラを陥れますと言ってきているのだ。自然に自衛に走ってしまうのも仕方がない。不信感を覚えざる終えないのだ。
「サポーターちゃん、どうよ? 俺ら強いだろ?」
レオが剣を鞘に収めながらエーラの元へと歩いてくる。
「かなりお強いと思います。ガーゴイルは基本的には切断系の武器では攻撃が通りません。レオさんが不利な状況で、イオニオスさんやジュストさんを前面にして、エリヴァラさんの魔法で補助。倒しにくいガーゴイルにアレだけの立ち回りができるのは流石上級冒険者だと感服しました」
だが、エーラは知っている。
村雨という破格の切れ味を持った武器を持っていたとしても、一人でガーゴイルと対峙して勝利する存在を。それに比べれば、四人という人数で、補助系魔法を唱えてようやく安定して倒せる程度では、蒼と比べると格段に劣っていると。
しかし、そんな事は口には出さない。
「良いね。分かってるじゃん」
レオはご機嫌そうな表情を浮かべると、前に向かって歩を進めていく。
それに続くようにイオニオス、ジュスト、エリヴァラが続く。最後尾はもちろんエーラだ。
最後尾でエーラは手に持った地図を元に、決して迷うことがないようにしっかりと位置を確認しつつ進む。
その間、エーラは考えていた。
最初はやたら嫌みったらしい人間だと思っていた。現在もそれは変わらない。いちいち体に触れてきたり、変な話題を振って来る事だってある。だが、それだけだ。
それを我慢すれば、かなり会話も積極的にしてくる人達と思えた。
会話の内容や態度は解せないものだが、それに目を瞑ればこんなものだろうと思えなくもない程度。エーラに単独で魔物と戦えと指示したり、何か暴力を振るってくることはなかった。
その話題に不満があるだけで、もしかしたらこのパーティーにとってはこういう話題が普通なだけで、エーラが勝手な不満を抱いているだけという可能性が出てきたのだ。
仲の良い会話はできないがコミュニケーションを取ろうとしてくる姿勢はあるし、暴力も振るってこない。ならば、このパーティーはもしかしたら性根が少し悪いだけで、冒険者としては普通なのではないかと思い始めていた。
◆◇◇ ◇◇◆
「えっ?」
エーラが手渡された小さな袋を開けてみると、中には千ペリカ。少ない。
「レオさん、これは?」
「今回の冒険の報酬金だけど?」
エーラの記憶が正しければ今回の報酬の総額は約十三万ペリカだ。もちろんドロップアイテムも間違える事無く換金し、わざわざエーラは報酬の証明証書まで見ているのだ。間違えるはずがない。
そして、エーラとこの四人との報酬の分け前は一対九。蒼の時の五対五と比べるとかなり悪い環境であることは間違いないが、蒼のときが良すぎるのだ。実際は三対七程度が相場だといえる。
エーラの契約であれば、エーラが受け取るべき報酬は一万三千ペリカ。手元にある金額はたったの千ペリカ。その差額一万二千ペリカ。何がどう間違えたらこのような金額差が生まれるのだろうか。
「お、おかしいじゃないですか?」
エーラは抗議する。
「契約が正しければ私が受け取る報酬は一万三千ペリカのはずです。なのに、千ペリカって!!」
換金所で大声で抗議をするエーラ。その大声によって周囲の冒険者がエーラに視線を向ける。だが、換金所での怒りの入った問答は日常茶飯事のようなものなのですぐさま興味を失せる。
「知らないの?」
レオはにやりと笑って見せた。
「俺達と話した回数覚えてる?」
「えっ……? お、覚えてないです……」
レオたちと話した回数などいちいち覚えているわけがない。それどころか、会話した回数とエーラの報酬に何の繋がりがあるのだろうか。
「合計四十回。小言も含めてな。そして会話一回につき三百ペリカ。計一万二千ペリカのお支払いだ」
「なっ……!!」
絶句するしかなかった。
レオたちと会話するだけで三百ペリカを取られるなど、考えてもみなかった。それどころか、どういう思考をしたら、そのような答えに辿りつくだろうか。
エーラはそのことに関して激怒した。
「ふざけないでくださいッ!! 報酬金はしっかりと払ってくださいッ!! じゃないと―――ッ!!」
突如エーラは口をレオに掴まれ、換金所の壁にガツンと背中を打ち付けられる。背中とレオの握力により、頬と背中に痛みが走る。
イオニオス、ジュスト、エリヴァラが体を寄せ合って壁を作ることで周囲からの視線を遮る。
その暴力にエーラは絶句するしかなかった。
「じゃないと、何だよ? ギルドマスターの爺にでも頼るか? それとも、元契約者の中級冒険者にでも頼るか? はたまたギルド本部に泣き寝入りするか?」
「……」
エーラは黙り込むしかなかった。
『銀腕の担い手』は構成員がエーラ一人という弱小ギルド。それも戦闘職ではなく、サポーターという職業のギルド。対してレオのギルドはAランクギルドで構成員で言えば千人規模の巨大ギルド。そんな対比する価値もないほどの圧倒的力量差。
抗議しに言っても『弱小ギルドがいちゃもんをつけて、金を掠め取ろうとしてきた』と思われるのがオチだ。レオのギルド、ギルド本部に抗議に行っても、同じ対応が帰ってくることは目に見えた。
蒼に頼る。そんな事はできない。
蒼には散々迷惑を掛けてきたのだ。冒険でサポーターとして至らぬ点がいくつもあり、その都度蒼には迷惑を掛けた。そんな迷惑ではなく、今度はギルド間のいざこざまで持ち込むなんて、エーラにはできるわけがなかった。
「未来の英雄様と話せるんだぜ? 当然有料だろ? なぁ?」
顔面を掴んでいたレオの手が離れる。
「がはっ……ごほっごほっ!!」
呼吸ができず肺に溜まった息を吐き出し咽る。
真っ赤になった顔でエーラは答えるしかなかった。
「ご、ごもっともです……」
その反応を聞いたレオたちはにんまりと笑みを浮かべる。
「分かってんじゃん」




