3話目 助太刀に入る
オークの戦いから、ゴブリンを再び二体ほど倒してから一時間ほどが経過した頃だった。
「あれは……」
ふと、目の前に四人組の冒険者が剣を振るい、メイスを叩きつけながらと戦っている姿が視界に写りこむ。距離が遠くはっきりとは確認できないが、そのパーティーの周囲には、四人で相手するには厳しいように思える量のゴブリンとオークがいた。
キンッ―――
聞こえてくるのは剣戟の音。そして、パーティーのそれぞれが発する大声で叫ぶかのような掛け声。
そんな光景を見てすぐさま思った。助けなくてはと。
「行かなきゃ……」
腰の村雨の感触を確かめると、すぐさま魔物と対峙するパーティーに向かって走る。
視界一杯に戦場が映し出されていく。
蒼と同じ初期装備に身を包んだ四人組。剣、メイス、短剣、杖をそれぞれが装備しており、十数体のゴブリンと三体のオークと戦闘している。だが、戦況は魔物側が優勢のように思える。
魔物たちは半円に広がりながら、ジリジリとパーティーの連携を崩していく。数と戦力に差がありすぎている。
前衛の人がようやくゴブリンを倒したとしても、他のゴブリンがすぐさま攻撃を仕掛けてくるせいで、後ろの魔法使いを守る短剣使いが盾となりながら戦っている。後ろでゴブリンの襲撃に苦労しながらも、魔法使いは魔法を繰り出し、前衛の援護に回っている。
ギリギリの状況で何とか戦況が維持できているといったところだろうか。
ようやくゴブリンたちに攻撃を仕掛けられるまでの距離に近づくことができた。
「お助けしますっ!!」
蒼が声を上げると、四人はようやく気がついたようでこちらを一瞥すると一人が「ありがとう!!」と声を上げて反応する。
蒼は村雨を引き抜くと、白刃をゴブリンめがけて一閃。その体の存在を感じさせないほどの切れ味を持つ刀がゴブリンの体を上半身と下半身に一刀両断してみせる。
『グギァァァ!!』
魔物たちはゴブリンの断末魔に驚き、こちらを振り向く。そして、蒼の存在を確認すると二体のゴブリンが勢いよく迫ってくる。
蒼は刀を構えて待つと、先頭を走るゴブリンが鋭い爪を振りかざしながらの突進。それにタイミングを合わせるように、村雨を構える。
「ふっ!!」
『ギャガァッ!!』
回避しつつ村雨でゴブリンの肩から腹にかけて切りつける。二体目に控えるゴブリンは蒼めがけて噛み付こうと跳躍。地面に転がりながら回避すると、ゴブリンは頭上を通り過ぎ、地面を食べる結果となった。
すぐさま一体目のゴブリンが襲ってくるが手傷を負っているせいか、早くない。若干よろけながら手を振りかざしてくる。そんなゴブリンを、斜め上から袈裟斬りで再びゴブリンに白刃を浴びせる。
そこから、ようやく起き上がったゴブリンに向かって、飛び掛ると喉元目掛けて刺突。喉元に刃が突き刺さりそのままゴブリンは絶命。
直後、地面に巨大な影が現れる。
上空を見上げると、オークが右手に持つ棍棒を大きく振りかぶっていた。
「!?」
それを見た瞬間、横っ飛びに回避。先程自分がいた場所に棍棒が振り下ろされ、地面が大きく抉れ土が舞う。
それを確認すると、すぐさまオークの横腹目掛けて村雨を振るう。刃がオークの肉を軽く引き裂き、血飛沫が舞う。だが、まだ傷は浅い。追撃とばかりに、横薙ぎに刀を振るい、より一層深い傷を負わせる。
『ブゥォォォ』
絶叫を上げながら絶命をするオーク。その姿を確認すると、自分の周りのゴブリンはいなかった。更に他の四人も何とか、ゴブリンたちを処理できているようで、先程よりも潤滑に敵と戦えている。
背後で四人が戦っている中、蒼はすぐさま他のゴブリンと対峙する。
目の前のゴブリンは俺が他の二体を屠ったことで怖気づいているのだろうか、先程のゴブリンたちとは違い飛び掛ってこない。そうは思ったがやはり、他のゴブリンと大差ないようだ。
ゴブリンは蒼が刀を構える姿を見ると、大きく跳躍。蒼に向かって飛び掛ってくる。だが、蒼は刀を頬の横に構えると、飛び掛るゴブリンに対して一歩踏み込みを入れると同時に、思いっきり上段から振り下ろす。
「はぁッ!!」
刀の刃がゴブリンを捉えるとそのまま、簡単にゴブリンの頭部から脚部に向けて一刀両断。ゴブリン程度なら、村雨の切れ味の前ではただの紙切れ同然と化す。
背後でゴブリンが魔力となって爆散する音を聞き付ける。
それを視界の端で見届けた瞬間、右からゴブリンが突進してくる姿に気づくのが一瞬遅れてしまう。
頭がその状況を一瞬で判断し、頭の中でやばいという言葉が咄嗟によぎる。
「危ないっ!!」
突如、横からバックラーで突進してくる人影を視界の端で捕らえた瞬間、ゴブリンが目の前でバックラーに当たった顔の形を大きく歪めながら、大きく吹っ飛ばされる。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます」
蒼は救援に入ってくれた剣士の一人のお礼を言うと、すぐさま立ち上がる。
それと同時に、メイスを持つ男がゴブリンの頭部目掛けて振り下ろす。ゴブリンはその攻撃に耐え切れるわけもなく、大きく頭蓋を歪めたと思うと、即座に爆散。
メイス使いの援護とばかりに、その背後に陣取っていたオーク目掛けて光の矢が三本的中。一瞬隙を見せたゴブリンに対して、再びメイス使いが横薙ぎに振るってみせる。
「ふんぬッ!!」
『ギグゥッ!!」
重たい一撃を受けたゴブリンは体をくの字に曲げると吹っ飛ぶ。そのまま、絶命してみせる。なんて威力の攻撃だろうか。
魔法を行使した直後の魔法使いに襲い掛かるゴブリンに短剣使いが割ってはいる。そして、その首元目掛けて的確に刃を振るう。
すばやく短剣がゴブリンの喉を切り裂くと、ゴブリンは短剣使いの横を通り過ぎていき絶命。
残る一体であったオークも剣士とメイス使いが倒してしまう。
周囲からいったん魔物の気配が一切なくなる。
「今回は、ありがとうございました」
剣士使いが剣をしまいつつこちらへと歩み寄りながら話しかけてくる。
いかにも青年といった顔立ちで、蒼と同年代だろう雰囲気をかもし出している。
「本当にお世話になった。そなたの協力なしではあのピンチを切り抜けることはできなかったであろう」
メイス使いが腕を組みながら答える。メイスという武器を扱うだけあって、体つきがしっかりしており、その太い腕は蒼とは比べ物にならないだろう。
「いや、ホントに助かった。かなりピンチだったからな」
短剣使いが軽く答えてみせる。自信家なのか、口調は軽く言葉とは裏腹にまだできるといわんばかりに軽く答えてみせる。
「あ、ありがとうございました!!」
魔法使いがペコリと頭を下げながら答える。ほかの三人と比べると、少しだけ体躯がひとまわり小さく、どこか線の細い体つきは女性にも似ている気がする。
「頭を上げてください。俺はたまたま通りかかっただけですから。それに、困ったときはお互い様ですよ」
蒼は、四人からのお礼を聞き、少しだけ心が暖かくなったのを感じ、すこしだけ胸を張って答えてみせる。
「頭を上げてください」
魔法使いの子がまだ、ぺこぺこと頭を下げるのには少しだけ困ってしまっていた。
「そう言ってくれているんだ、そろそろ良いんじゃないかペトル」
剣士に言われて、なぜだか潤んだ目でこちらを見るペトルと呼ばれた魔法使い。
「そうだぞ。俺たちは、一緒に戦った対等な仲間じゃないか。ペトルは言いすぎだよな、ゲブハルト」
「お主は、緩すぎであるぞ。もう少し感謝の気持ちを伝えたまえ、アール」
アールと呼ばれた短剣使いは、軽く二つ返事で返す。それを見て、大きくため息をつくゲブハルトといわれたメイス使い。
「本当に、この度はありがとうございました!!」
「ほれ、ユリウスを見習わんか。本当に、この度は助かったのだ」
そういうと、メンバー一同がこちらに向けて腰を曲げ、お礼を言ってくる。
「いや、俺は大したことはしてませんよ。ほら、ほとんどの魔物はそちらが倒してくれたんですし」
蒼も、なぜかペトルのように小さくぺこぺことお辞儀をしてしまう。ここまで、お礼で攻められたのは久しぶりだし、少し申し訳なく思ってしまった節がどこかにあるのだろう。
「なにか、お礼できれば良いのですが」
そういうと、メンバーが顔を見合わせる。
「いや、お礼なんて結構ですよ。俺は、お礼目当てで助けに入ったわけじゃないですし」
「いや、そんなのは申し訳ないです。何か、できれば良いのですか……」
ユリウスがポーチなどを漁っているが、めぼしいものがないのだろう、本当に困惑した表情を浮かべている。
これは、蒼から何か要求したほうがいいのだろうか?
物で欲しいものは実質今のところない。武器などは、魔物からドロップするアイテムを使ったり、希少な鉱石を使うことで強化できるそうだが、今の蒼にはまったく関係のない話だ。
それに、アイテム類も今は困ってはいない。今のところ、厳しい戦闘はなかったし、アイテムを使用しなければいけない危機もなかった。今後のことを考えてもらっておくというのもアリではあるが、それはとても申し訳ない気がする。
そんな理由もあるが、第一に蒼がユリウスたちの要望を聞き入れないのには、ひとつ大きな理由がある。それは、師匠からの教えのひとつに『人助けの善に、報酬は期待するな。人を助け、その笑顔こそが報酬なのだから』という言葉がある。
師匠の教えには従っていたいので、断りたいのだが相手がここまで言うのだから、断るのも申し訳ないという気もする。
ユリウスたちは、何か良い案はないかと考えるが、まだ駆け出しの身。レアアイテムなんて持ってはいないだろうし、ポーションなどもまだ手が出せないくらいの値段にあるはずだ。
「そういえば、名前を聞いてなかったな」
アールが、ふとこちらを向きながら言う。いまさらだが、そういえば名乗っていなかった。
「俺は、桃水蒼って言います」
「珍しい名前ですね。こちらの地方のご出身でないとなると……」
そういうと、ユリウスたちは再び悩み始めた。
この後も、お礼戦争は終わることはなかった。