38話目 武器とは何か
「勝っちゃったよ……」
蒼が刀を鞘に納めると、エドヴィンが小さな安堵をし、ニナが言葉を発したのは同時だった。
万が一、蒼が死ぬようなことがあればエドヴィンはギルド職員という職を続けていられなかっただろう。そうは考えても、冒険者としての心が優先させたのだ。
「蒼、すごいじゃないか。見事な戦いだったぞ!!」
「ありがとうございます」
蒼は、少し驚いたような表情をするのと同時に、驚く前に悔しさを見せているのを逃さなかった。初級冒険者が、Bランクの魔物を倒すこと自体がなかなかできる芸当でないことは確かなのだ。
「エドヴィンさんッ!! どうしてですか!!」
「!?」
エドヴィンと蒼が話していると、エーラがひどくご立腹な状態でエドヴィンに話しかけてくる。
「ここにはCランクしか出ないって説明でしたよね!! さっきのは何なんですか!! ガーゴイルですよ!! Bランクです、びーーいランク!!」
「いや、それは……」
「それにですよッ!! 万が一のことがあったら助けるって言っていた話はどうしたんですか!!」
「……」
エドヴィンも、つい感情に任せてしまったが、エーラの言っていることがまともなのが正しいのもよく分かる。
「まぁまぁ、エーラ。落ち着いて。元はといえば――――」
「元はと言えば蒼さんもですッ!!」
「は、はいっ!!」
「千鶴さんと約束しましたよね、頑張り過ぎないって!! なのにガーゴイルと正面から戦うなんて危険過ぎます!! Bランクなんて一度も戦ったことないじゃないですか!! 未知の敵に戦うのが冒険者かも知れませんが、無謀な戦いだけはやめて下さい!!」
「……」
エドヴィンの隣で蒼も肩をすくめる。
冒険者、そして監督官が、サポーター職に怒られるという不思議な光景ができたわけだ。
「エーラさん。私がご説明いたしましょう」
すると、後ろからニナが歩いてくる。
「ガーゴイルの件については、おそらく下層から迷い込んできたものと思われます。普通なそのようなことは滅多に起きませんが、今回の件については異常事態だったとしか申し上げられません。それに加え、我々が介入しなかったのは、蒼さんの実力が見てみたいという興味があったためです。私情を仕事に挟んだ事に関しては、こちらの失態です。ギルドに報告するなりしてください。大変申し訳ありませんでした」
そういうと、ニナが深々と頭を下げる。
あれだけ疑っていたニナが、ここまで素直になり頭を下げるのは驚きだった。
確かに仕事だからと思えばそうかも知れないが、頑固で強情なニナがこうも簡単に頭を下げるのは意外だったとしかいえない。
「二、ニナ……」
「あなたもですよっ!!」
ニナがエドヴィンの頭を掴むと、地面に叩きつける勢いで腰から頭を曲げさせられる。
「そ、そんな、申し訳ないですよ!! 独断行動を取ったのはこちらですし……」
蒼が慌てふためきながら申し訳無さそうに謝る。
「と、いう事です。今回は双方に失態があったと思われるため、この話は内密に致しませんか?」
「おい……ニナ……」
「ギルド職員の給料を手放すのは惜しいので」
ニナが蒼に「いかがですか?」と語気を強めて言う。
別に、報告するのはエドヴィン達なのだから、蒼たちがギルド本部にこちらの不手際を密告したところで、こちらの首が飛ぶだけで、蒼にはBランクを倒したという功績は残り、本部からはちゃんと中級冒険者の称号を得られるはずである。
責任を負うのはすべてこちら側なのである。なぜなら、すべてはこちらの不手際なのだから。
「それで、お願いします」
言い包めやがった。
そう思ったが、エドヴィンもギルド職員の給料がゼロになるのは生活的にもかなり厳しいので、願っても見ない提案なのは確かだ。
「まぁ、私たちが罪に問われることはないとしても、蒼さんが無事なので不問とします!!」
エーラも頬を膨らましながら渋々了承してくれる。
「こちらとしては、これで済まさずせめてもの償いとして、残りの道のりは全てエドヴィンが魔物と戦闘します」
「はぁ!?」
「良いでしょ? 蒼の実力は初級冒険者に留めておくには勿体無いでしょ? どうせあと一年以内には、ここに来ると思うでしょ」
確かに蒼の実力はかなりのものだ。ここから、技に磨きがかかり実力も付いたら一年と言わず半年程で上級冒険者に至りそうなほどの将来性を秘めているのは、戦闘を見るたびにひしひしと感じる。
「まぁ……良いだろう。そういう事だ蒼。大船に乗った気分で残りの道中は過ごすと良い」
「いえ、これは俺の試験ですし!! 中途半端で終わらせるのは、やっぱり違うと思います」
「良いから見ておけって。蒼のギルドじゃ、見習う上はいないだろう? 自分の力も上げることも重要だが、他の人間を観察するのも大事なことだぞ?」
「そ、そういうなら……」
「と、いう事だ。楽にしていれば良いさ」
エドヴィンがそういうと、蒼は「申し訳なさ過ぎて……」と小さく呟き、旗までの道のりは終始緊張した面持ちでニナとエーラと話しているのだった。
久しぶりに良い冒険者に巡り合えたと思う。ギルド職員になって、多忙な毎日を送りながら、昔に抱いていた冒険の楽しみ、ダンジョンに潜っていた頃のワクワクというものを書類に埋もれさせてしまっていた事を痛感させられた。
久々に、昔の仲間とともに冒険に出てみようかとエドヴィンは考えながら、得物の槍を抜いてダンジョンを進む。
◆◇◇ ◇◇◆
エドヴィンさんが戦闘で魔物を蹴散らしてくれるおかげで旗まではほとんど時間を要さなかった。上級冒険者の力というものは流石で、Cランク相手の魔物に関しては、殆ど一撃で倒していった。
槍の長いリーチを生かし、相手がこちらを発見する前に魔石を的確に捉えて瞬殺。気づかれたとしても、攻撃される前に、相手の懐に素早く潜り込み槍で一閃。Cランクの魔物では、成す統べなく全てが地面に倒れていった。
旗を回収し終えると、蒼達は帰路に着く。
帰路の途中、蒼は自然とエドヴィンさんと武器について話が弾んでいた。
「エドヴィンさんの武器って素材って何ですか?」
「ん? これか?」
蒼はエドヴィンさんの所持している武器に目が行く。
白銀に輝く柄に、金色に輝く槍頭。装飾は殆ど無く、三又に分かれた槍頭が黄金の輝きを放つだけで、そのシンプルな形状だが、装飾など無くても十分すごい武器だと思わせる。
「ん? これか? 名前は『ライトニングランス』って名前で、これはかなり高かったぞ。四百万ペリカだ」
「えっ……」
素材を聞く前に、蒼はすごいことを聞いてしまったかも知れない。
四百万ペリカ。蒼が一回の冒険で稼げるお金が、約千ペリカほどであるから、途方もない金額である。
「素材は、槍頭部分は雷竜の鉤爪で、柄の部分はミスリルだな」
「ら、雷竜……」
Sランクの中でも屈指の強さを誇る竜種。雷龍が天災級の魔物であると恐れられ、それの下位種である雷竜は雷龍までとは言わずもがなかなり強い。
「と言っても、俺一人で倒したわけじゃない。仲間二十人がかりでやっと討伐したんだけどな」
Sランク最強クラスの魔物に対して二十人。蒼は一人で戦闘をやっていくことに関して自信を無くすのだった。
「Sランク最強クラスと言われるだけあって、莫大な金が掛かってな。この槍一本のために、家を売り払って二年くらいボロ屋に住んでたよ。だが、これを作ったことに後悔はないな」
「それはどうして?」
「もちろん、これは特注品だって言うこともある。ほら、俺の名前が彫ってあるだろ?」
そう言ってエドヴィンさんが、柄の部分を見せてくれた。確かにそこには『エドヴィン・カールハイツ』と名前が彫られていた。
「だが、それ以上にこの槍が俺の相棒だって事が大きい」
「相棒ですか?」
「あぁ。どんな冒険のときも自分の隣で戦ってくれる、自身と同じ位大切な一振り。相棒」
そういうと、エドヴィンさんは『ライトニングランス』の柄を撫でる。
「それに、柄の部分には俺が今まで使ってきた武器が混ぜ込んである」
「それは……」
「ミスリルは純度百パーセントだと最大限力を発するのは知っていたんだがな。俺は、物に執着しやすいのか、今までの武器を溶かしては新しい武器に混ぜて、新しい武器を作ってきたんだ」
そういうと、エドヴィンさんは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「何て言うのかな。彼女みたいなものだよ、コイツは」
そういうと、なおのことを一層照れるが、それでもなお話してくれる。
「一番最初に買った『スチールランス』。次に使っていたのは、ギルドの仲間と協力してダンジョンに潜って作った『ナイトランス』。魔法付与を施してもらった『ファイヤーランス』。そして、最後に落ち着いた相棒の『ライトニングランス』。
今まで使ってきた武器が、いつも俺を助けてくれたし、いつも俺と一緒に最前線で戦ってきた仲間であり、最愛の武器だ。使えば使うほど愛着が湧いてくる。『武器は消耗品だ』なんていう冒険者もいうが、蒼はそういう考えは好きじゃない。
一緒に死線を潜り抜けてきた仲間っていうのが、俺の武器の認識だ。まぁ、こういう話をすると、大抵笑われるんだがな」
エドヴィンさんはそう言って笑って見せたが、とっても素晴らしい考えだと思う。
武器が相棒。
蒼が腰から下げる村雨。英雄の一振り。
蒼が素材を集めて、打ってもらった武器じゃなく、師匠のお下がりなのは重々承知している。だが、蒼は冒険者を始める前から、旅の中でも幾度となく村雨には助けてもらっている。
蒼が柄を撫でると、いつものひんやりとした感触が手に伝わってくる。
この感じを確かめるたびに、蒼は冷静さを戦闘の前に得ることができる。焦りや、緊張といったことを沈めてくれるのだ。それが人間に喩えれば、励ましてくれていると考えられる。
「素晴らしい考えだと思います」
「そうか? まぁ、英雄の一振りの前じゃ、こんな武器霞むがな」
そう言って笑い飛ばすエドヴィンさんだが、その武器は上級冒険者でも滅多にもてないような最高の武器だと思う。
「まぁ、村雨は最強ですから」
だが、蒼の持つ村雨はそれをも凌駕してみせる。属性武器でもなく、単純に切れ味が普通の武器とは並外れており、『不朽の願い』という付与魔法により刃こぼれ一つしないシンプルで素直な武器。
だが、そのシンプルさが蒼は好きだ。壊れない武器というのは、蒼にとって何より武器としての安心感を与えてくれる。
「言ってくれるじゃないか!!」
話が盛り上がるに連れて、出口の石門へと辿りつく。
道のりは長かったようで、とても短かった。
Cランクの魔物相手なら、まず負けることはないだろう。Bランク相手でも、単体なら勝てるという事実を得られたのは大きい。
それ以上に、蒼はエドヴィンさんに学ばされたことがある。武器とは何か。村雨の存在を再確認できたことは、蒼の中では今回の中級試験の中で大きな収穫だと言えるだろう。




