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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第1章 桃の花が咲く頃に
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33話目 邪神の存在

「ねぇっ!! 国王はまだなのっ!!」

「もう少しで来るはずじゃから、落ち着かんか」


 重苦しい室内の中、へカベが駄々をこねるのをマリーンが宥める。

 

 魔物大氾濫から三日が経った今日、英雄四人以外にも、見慣れた顔ぶれが四つあった。


 ギルドに関する運営を一任されているギルド本部のトップである本部長、商業区を取り纏める商業区長、工業区を仕切っている工業区長、市民の意見を国政に反映するための役割を担った政治院長。大都市アレフレドに欠かすことの出来ない重役の四人が勢ぞろいしていた。


 商業区長、工業区長は、それぞれの分野で最高の売り上げをあげるギルドのギルド長が座っている。商業に関してはギルド『ヴォーロス』のギルド長グレアム・アニスが座り、工業はギルド『オメテオトル』のギルド長アルロド・ベリルンドがいる。


 それぞれ老年の男性だが、工業のギルド長アルロド・ベリルンドの振るう槌に打たれた剣は山を裂くとも言われるほどの名工であり、その名はこの都市に留まることなく各国からの注文が相次ぐほどだ。


 商業のギルド長のグレアム・アニスは、約三百はあるといわれる商業ギルドが凌ぎを削る中、都市全体の売り上げの一割を占めるかなりの実力者である。


 主に冒険者ギルドの取り締まりを行い、商業ギルド、工業ギルド等々と馬を合わせたりと、多忙を極めるギルド本部の本部長、カルディー・キーンスが座っている。


 そして少し腹の肥えた政治院長は、その温厚な性格から街の住人に好かれており、国王の政策に一言できる権利を持ち、政治という面においてはかなり強い位置にいる。


 魔物大氾濫は一概にギルドや英雄の面々だけで解決するわけではない。対抗するに当たっての物資、市民の誘導などといったことが必要であり、それを大都市全体でおこなう必要があるのだ。そして、その仕事を担うのが先ほどの四人の重役である。


 今回の事後処理に追われているはずの四人をわざわざ呼び出した意味は大いにあった。


「遅れてすみません」


 鈍重な空気の中、透き通る氷のような声が室内に響いた。

 英雄四人、重役四人がそれぞれ視線を向ける。


 視線の先にいたのは声にも似た透き通る白髪、雪をまぶしたような白い肌、そして重い荷物を一度として持ったことがないような華奢な体。そして、魂の篭った紅瞳。


「いえ、お待ちしておりました。国王エリス・ベアクトリス様」


 ギルが代表して言葉を述べると頭を垂れる。先ほどまで騒いでいたへカベも、ギル同様に頭を垂れる。円卓を囲む八人の実力者が全員、一人の女性に頭を下げた。


 エリス・ベアクトリス。


 齢十九という若い時期に、前王であったヴィクトール・ベアクトリスが病気で急死し、母親は長女であるエリスを生んだ時に死ぬ。よって男児が一人もおらず、一人娘であったエリスに世襲王制の大都市アレフレドでは、王位がエリスへと継承された。


 十九歳という年齢で大都市アレフレドの全権を任されたエリスだったが、重役である四人、国内最強を誇る英雄四人の大きなバックアップもあり、なんとかアレフレドを回している。

 だが、エリス自体に備わった国王としての血を発揮されることも多い。頭が固いと言われる森精種エルフの国との国交を未だに継続して居られるのに関しては、各国が賞賛を贈る。


 席にエリスが着くと、周囲の面々がギルへと向く。


「それじゃあ、今回の損害から言われてもらう」


 それぞれが自分の目の前に置かれた紙へと視線が写る。

 紙に書かれているのは、様々な項目と数字。


「今回の魔物大氾濫で死亡した人数はゼロ、ケガ人は全て回復魔法やポーションなどにより今現在治療中の人間は百二十五人。例年と比べると少し多いのは、初級冒険者を投入したためです。そして、大都市への被害はゼロ。資材なども全て回復しています。変異者ローガーについてはゴブリンが小鬼王ゴブリンロードへと変化していましたが、へカベが討ち取っています。


 現在、国財から主要ギルドへの補填なども済んでおり、周囲の町に滞在させているギルドも撤退させているところで、あと一日もすれば全てのギルドが常時の活動が出来る環境に戻れます」


 そしてギルは最後に一言付け加える。「快勝です」と。


「少し良いか?」

「何でしょう?」


 商業区のグレアムから声が上がる。


「商業区的にはこの時期から、冬にかけての暖房の魔力が心配されていたところだったんだ。今回の魔物大氾濫で収穫できた魔力量というのはどの程度なのかね」


 全ての魔石装置は、エルフと共同開発したものであり、その動力源は魔物から得られる魔石から抽出した魔力である。そして、その魔石から魔力を抽出する仕事は、商業区が担っているのだ。


「今回の収益は、約四千万程です」

「そうか、かなりの収穫だな。これから忙しくなりそうだ」


 商業区長が小さく苦笑いを浮かべて見せた。


「今回は、それよりも重大なことがあります」

「ギル、それは国政の方か、それとも外部的要因か?」

「一概には言えませんが、おそらく両方に関わってくるであろう重大な問題です」

「ギルがそこまで言うということは、よほどの事と考えていいのじゃな?」


 マリーンの最終確認にギルは、重たく「あぁ」と呟いた。


「黒騎士ともあろう人間が言うなら、S級の魔物でも現れたか……」

「いや、ドラゴンが現れたという可能性も……」

「もしかすると、それ以外の要因という事も……」


 商業長、政治院長、工業区長がざわめく中、凛としたエリスの声が通る。


「お静かに願います。ギルさんがお話されるのです。お聞きください」


 その一言に三人はビクリとさせ背筋を伸ばす。


「ギルさん。お願いします」

「あぁ……」


 ギルは一拍置くと息を吐いて話し出す。


「俺が異変を感じてデポンド村へ向かったとき、そこでルーン・ジストバーンの姿を見た。ルーン・ジストバーンは今は亡き勇者級冒険者だ。そして、その体からは恐ろしいほどの死臭を感じた」

「つまり、誰かがルーン・ジストバーンを召喚……いや、復活したと。そんなことが可能なのは……」


 工業区長が声を落とすと、それぞれの表情が固まる。そして、一人の名前が英雄ホロの口から漏れる。


死霊魔術師ネクロマンサー。ネロ・ヴァレンタイン……。邪神教か……」


 ネロ・ヴァレンタイン。その名を聞いたら誰もが恐れ慄く名前。生きた災悪と呼ばれる人間だ。


 二百年前、五万というアンデットの群れがヘルサントスという都市を襲った。ヘルサントスは、多くの冒険者が滞在する都市であり、大都市アレフレドと肩を並べるほどの国力を持っていた。しかし、それが五万というアンデットの波に飲まれ二日で壊滅した。生存者ゼロ。英雄一人、伝説級四人、勇者十二人、それ以外の冒険者八万という数をもってしても敗北を帰したのだ。


 そのアンデットの軍勢を指揮したのが、ネロ・ヴァレンタインという死霊魔術師ネクロマンサーであった。


 性別は女性。この世界を滅ぼす存在とされる邪神を信仰し、復活させようとする邪神教に属している。そして、その邪神教はこの世界を脅かす第一勢力なのだ。


「今回、危惧しているのはネロ・ヴァレンタインが本格的に動き出したということ。それが意味するのは……」

「邪神の復活が可能になったかもしれない」


 邪神教が信仰する邪神とは、実際に存在したとされる人間のことだ。

 その人間は、魔の真髄に触れたとされ、闇の魔力によりこの世界を破滅へと追いやったとされる人間。そんな一節が現在残っているだけで、邪神が存在したかという事実、世界が破滅した事実というのは確認されていない。


 だが、そんな邪神を崇める人間がこの世界に存在し、それが事実世界を滅ぼさんとしているのだ。


「まさか、あんな伝説が事実となりえるのか?」

「それは分からん。だが、邪神を熱心に崇めるネロが動き出したんだ。もしかすると、その一端を掴んだ可能性もある」

「死人の復活などが可能だというのか!!」


 熱を持った声を上げる政治院長に対して、冷静にギルは「その現実を、俺は戦地で見てきた」と言った。


 ルーン・ジストバーンの召還。それが何を意味するのか。

 

 アンデットの作成というのは、それを可能にするスキルもあれば魔法もある。だが、それは意思を持った死人を作り上げることに過ぎず、生きていた人間を再び生き返らせる事とは違う。また、土偶人形ゴーレムなどに、魂を付与させる召還方法もあるが、それでは器のゴーレムが魂に耐え切れることが出来ず、まず完成しない魔法とされた。


 死人が再び生を受けるという現実は、魔法の力を持ってしても不可能とされている。


 だが、ギルはその成功例を見たという。

 ならば、邪神が復活し、この世界をまた破滅へと追いやる可能性がゼロから一へと進んだことを意味する。再び世界が壊れる未来を指す。


「マリーンさん。もし、死人が復活すると仮定したとき、邪神は復活すると思いますか?」


 エリスがマリーンに尋ねると、あのマリーンの顔が渋った。


「死霊術はわしの得意とするところではないんじゃが……。死人が復活するならば、可能性はゼロではないじゃろう。だが、それには相当なコストが掛かるじゃろうな」

「と、言いますと……」

「わしの召還術の中での最強の魔法で『守護天使ミカエル召還』という魔法があるんじゃが。これを使うには、大体一ヵ月かかる」


「一ヵ月ですか……」

「これはわしの小難しいことが絡むから省くんじゃが、この守護天使を召還するにはまず膨大な魔力が必要となる。その上、魔方陣の制御、守護天使が動けるだけの魔力供給などを考慮すると一ヶ月は欲しい。もし、邪神を召還と見立てて考えると、かなり厳しい条件があるじゃろうな」


 一つの魔法発動に一ヶ月。それだけの負かがかかる魔法なのだ。


「じゃが、もしその条件を達したら、邪神は復活するかも知れん」

「そうですか……」


 エリスはマリーンの発言を聞き思案する。

 そして、面を上げる。


「ひとまず、この国にこの情報は留めます」

「各国に知らせなくても良いのですか?」

「後手に回るかも知れませんが、ひとまず邪神復活という内容は留めたいと思います。ですが、邪神教の動きが過激になったという情報は、各国と共有します」


「邪神復活は世界を揺るがす問題ですよ? それをアレフレドだけで対処するということですか?」

「他国にいる邪神教信者にこの情報をリークされ、下手に動かれるとこちらも必要以上に動くことになります。そのため、まずはこの国で邪神復活に関しては対処します」


「ひとまずは情報の流出は防ぐということですね。分かりました。では、邪神復活についてのメンバーなどを編成いたしますか? 各ギルドには他の名目を伝えて探査させますが?」

「いえ、邪神復活を探査させるメンバーには伝説級以上を選考するとともに、邪神復活という名目を伝えます。確実性を上げたいので」

「分かりました。ギルド本部としては、そのように行動します」


「情報の流出は最小限に留めるようにし、こちらは最大限に動きます」


 凛とした指示がエリスから飛ぶと、周囲一同の顔も引き締まってくる。

 そう、それぞれが思っている。このカリスマ性には逆らえず、この国の道しるべとなるのは、この方意外にはありえないと。

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