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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第11章 腐った果実
332/378

331話目 葛藤

 唐突にドーム空間に覆われた特殊結界。

 ギルならその結界の異様さを見た瞬間に判断できる。淡い光の柱の根本に存在するのは、世の理に触れる事が出来る魔法道具マジックアイテム、蛇比礼、蜂比礼。

 その効果は単純明快で、特殊結界内からの出入りを不可能にする事。また、世の理に触れるため、ありとあらゆる外部からの攻撃を通さない。完全に空間として孤立させる。


 ギルは、桃太郎の腰についている石、そして手の中で割った小瓶、その意図を読みとる。


 桃太郎の腰についている石は、繋魔石けいませきと呼ばれるもので、同じ魔力波長をもつ繋魔石同士を接続することが出来る。その主な用途は、魔力の移動に他ならない。繋魔石に魔力を流し込むと、同じ魔力波長をもつ繋魔石に流しこんだ魔力を送り込む。魔力の移動が出来る魔石である。

 しかし、その魔力量はあまり多くないため、アレフレドからサスティエナに魔力を輸送する等の使い方はできない。そのため、日常的に使われる方法として、明かりを灯す魔石灯と繋魔石を繋げて、部屋に明かりを灯す装置、程度にしか使われない。


 加えて、桃太郎が握っていた小瓶。恐らく魔力ポーションのような、魔力を溶かした液体が入っていたのだろう。


 極めつけとして、蛇比礼、蜂比礼。

 馬鹿だと謳われる桃太郎にしては、なかなか機転が利いた装置である。


 蛇比礼、蜂比礼の発動条件は、両者ともに魔力を流す事。それは普通考えるならば、ある程度の魔力量が必須のため、人間が同時に魔力を流し込む事で発動させる。しかし今の蛇比礼と蜂比礼は元の形状とは違い破損が見られる。

 それは、つまり全力出力の結界が張れない状態。その状態であれば、送り込む魔力も少なくて済む。


 だからこそ、一人で成し遂げられた、結界の展開。


 結界内に閉じ込められたのはギルと桃太郎。蒼は先ほどの蹴りで結界外へと飛ばされている。


「なぜ持っているッ!!」

「そりゃぁ奪ったんだよ!!」


 ギルが桃太郎に対して剣を大きく薙ぎ、桃太郎に回避行動を取らせる。そして、視線を一瞬あえて桃太郎の足元に向ける。

 桃太郎は向けられた視線に対して、五月雨を下段に構える。その動作を見た瞬間、ギルは一目散に走り出す。


 狙うべきは、蛇比礼、蜂比礼の破壊。それによって結界を打ち破る。絶対に相手の土俵で戦ってはいけない。罠、補助効果、様々な観点から見ても相手が作った空間で戦うのはこちらが不利にしか働かない。


「逃げんなよッ!!」


 ギルの小細工なフェイントに対して、桃太郎は愚直に突っ込んでくる。

 それに対してギルは、防御せざるを得ない。


「黒騎士、その真面目な戦い方は変わんねぇなッ!!」


 ギルはひたすら煽られる状況に対し、ただ冷静に状況を見る。


「蒼ッ!! 先に行けッ!!」

「っ!?」


 突如として呼びかけられた蒼。

 世の理の結界だというのに、全力で結界を破ろうとしていた蒼に対してギルは声をかける。


 今の状況、蒼がむやみに桃太郎にこだわる理由はない。蒼が桃太郎に対して思う所がある事はもちろん承知の上だが、それでも今は討たねばならない存在がいる。


「優先順位をッ!! 履き違えるなッ!!」


 最善の動きをしなくてはならない。

 ギルは英雄として、この場で一番の実力者。であるならば、目の前にいる敵の最有力の桃太郎と対峙するのは最善手と言える。桃太郎が明確な時間稼ぎを行っている事は明らか。


 蒼をあえて結界外に蹴飛ばして、結界を張ったのは蒼とギルを相手にするほど余力が残っていないと見るのが妥当。であれば、疲労が溜まっている桃太郎相手にするのは、ギルの他ならない。


「邪神を討つッ!! 覚悟を見せろぉッ!!」


 桃太郎の猛攻が収まらない中、ギルは必死に蒼を先へと向かわせる文言を思案する。

 ここで蒼が留まってしまって、結界を破ろうとする時間は、不毛の極み。意味がない。ギルが最優先するべきは、蒼を先へと進ませる事であり、加えるならば桃太郎を足止めする事である。そして、蒼が奥にいるであろうネロを討つ。それが出来れば、邪神の復活は行われない。


 誰かを守るためには、妥協は許されない。


「行けッ!!」


 ギルの必死の咆哮。


 蒼は村雨を強く握りしめる。あまりに強く握るからか、腕が震えてくる。

 今まで蒼が目指していた目的地の光景。それは、師匠を超える事。師匠を倒して、師匠を越えて、本当の意味で英雄を越える。それが蒼が行いたかった事。


 蒼が正義であるならば、今の桃太郎は悪と言える。

 そんな対立はしたくなかったが、対立してしまっている。世界を救う冒険者と、世界を壊す邪神教信者。二つの立場で、敵対という形で師匠を倒さねばならない。


 それをどれだけ悔やんだか。


「俺は……」


 師匠を越えたい。

 しかし、今蒼がこの迷宮に立つ理由は邪神を復活させない事。それが使命であり、民を救済するというギルドの掟に則っても、やはりそれが使命である。


 頭では理解している。ギルに桃太郎の足止めをしてもらって、その間に蒼がネロの場所へと向かい、画策する計画を討ち果たす。それが英雄が行うべき姿であると。


 しかし、蒼の中に刻まれた果たしたい野望。

 師匠を超える。それは桃太郎と相対して、戦って、勝った先にしか存在しない未来。ギルが桃太郎を倒したとしたら、それは蒼の本懐を遂げる事には至らない。


 今、蒼は究極の二択を迫られている。


 腕が震え、体が震え、心臓が鼓動を上げていく。どちらをするべきなのか、理性と理性がせめぎ合う。


「……」


 己の野望を果たすために桃太郎を倒すか。世界を守るために先へと進むか。

 己のわがままを通すか。他者のために行動するか。


 一つ、思考が頭を過った。


「みんな……」


 仲間の姿。

 千鶴達がギルド拠点ホームで笑っている光景。そんな笑顔溢れる映像が頭の中を過った。


 その瞬間、悩んでいた全ての要因が消し飛び、一つの解へと導き出される。


「ギルさん。後は頼みますッ!!」


 蒼は先へと向かう。その決断へと踏み切る。目の奥から溢れる己の野望を、師匠と戦うという決断を行わなかった後悔の涙を溜めならが、蒼は世界のために先へと進む。

 もし、邪神が復活して、世界が滅んだとき、己の後悔も達成しないまま、仲間の笑顔が見られないまま、自他ともに後悔のどん底に向かう。だったら自分が折れよう。自分が飲み込んで、仲間と笑う未来を勝ち取った方が良い。


 世界の救済という大事ではなく、単純に仲間と笑いあう未来のために蒼は先へと向かう。


「物分かりの良い、弟子だなッ!!」

「俺と同じ馬鹿だと思ったんだがな」


 ギルと桃太郎は互いに剣戟を繰り返しながら言葉を交わす。


「しかし、蒼には役不足ってもんよ」


 ギルは桃太郎の言葉が気になる。

 最初に対峙した時、蒼に向かって話していた内容。


『この世界で、成し遂げた先にある、崩壊の未来。それを食い止めるために、必要な要素』


 成し遂げた先にある崩壊の未来。

 邪神を倒した先に待っているのは崩壊の未来だとでもいうのだろうか。邪神が全ての悪ではない、邪神の他にも世界を崩壊させる要素があると言わんばかりの物言い。

 邪神を仮に倒したとして、その先に待っている崩壊の未来を止めるためには、何かしら達成するべき項目なのか、はたまた魔法道具マジックアイテムのような存在が必須となるのか、必要な要素があると桃太郎は言う。


 蒼は何かを察している様子だったが、二人が共有している世界の正しい姿という者をギルは知らない。そして、この世界を救うために絶対に欠かせない要素。それは一体何なのか。


 蒼は未だに役不足だという桃太郎の発言。

 ギルは未だ何も知らない存在だとでもいうような発言。


「私じゃ役不足か?」

「そうだな。真に満たす存在じゃねぇ。まぁ……俺を倒せたら評価は変わるだろうよ」

「言ってくれる」


 ギルは不敵に笑ってしまった。 

 英雄として数多の戦場を駆けて、黒騎士と謳われ、天災級の魔物でさえ屠った。それを真に満たす存在じゃないと言い張る桃太郎の実力。


「負けた言い訳が歳とか言うなよ」

「腰が曲がってない老人は、現役ってなッ!!」


 ギルは桃太郎から一瞬大きく距離を取ると、深く息を吸い、詠唱を始める。


「地面に咲く花々よ。如何に世界を思う。美しく咲き誇るあなた方は世界をどう捉える」


 ヘルムの奥でゆらりと揺らめく視線、装備が詠唱に呼応するように淡く煌めき始める。


 それと同時に桃太郎の全身の毛が逆立つかのような感覚。

 ギルは昔から魔法と剣術、両方に注力し、その二つともで大成した。どちらともに警戒するべき技術。その片方、魔法の分野。桃太郎が空気から伝わってくる緊張感、ピリピリと肌を刺激する殺気。


 練られている魔力量が異常な程に濃い。


 桃太郎は脳内に一瞬過ってしまう、受け止めきれない可能性がある。そんな懸念。


「やらせねぇよッ!!」


 剣で戦いながらの詠唱、並行詠唱は慣れているだろうが、少しでも魔法への意識を阻害し、詠唱を食い止める。


「風に吹かれ、雨に濡れ、日を浴び、地に据わり、雷に震え。大地に咲かんとするは、その意志を何と成しているからか」


 ギルの詠唱が始まった瞬間、桃太郎の剣戟が一層速度を増すが、それ以上にギルの剣の腕が素早く唸る。まるで、詠唱している時の方が剣の速度が上がっていると言わんばかりに。詩を紡いでいる瞬間の方が、呼吸が整い、視界がクリアになり、全体が見渡せ、意識が研ぎ澄まされる。完全な集中力を得たかのような感覚。


 桃太郎は研ぎ澄まされていく敵の状況に焦りしか覚えない。


「咲き誇る花々よ。如何に世界を思う。彩りを与える花々よ。如何に世界を思う」


 真っ黒の騎士が歌う詩とは思えないような、可憐な魔法の文言。

 足さばきが速度を増し、徐々に熱を帯び始めた剣戟。


「恋歌に添えよう。この世界を染めよう。花々の絢爛さを」


 漆黒の剣が淡い光を纏い始める。


「可憐に誇れ。咲き乱れろ。世界を埋めつくせ。時に棘を以て刺せ。蝶と共に舞え。地と共栄を成せ」


 英雄の唄は紡がれる。

 桃太郎が詠唱を中断させようとするが、研ぎ澄まされた集中力のギルを前にして、桃太郎の剣戟は全て弾かれる。先見を得たかのようなギルに対して、桃太郎のフェイントは意味をなさない。


「数多の花々よ。咲き乱れろ」


 ギルの剣が唸り、魔法陣が展開される。

 黄色い土属性の魔法陣。第九階位魔法。


「【浄天の花園(エデンガーデン)】」

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