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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第1章 桃の花が咲く頃に
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32話目 将来性

 あの戦いから三日が経った。アレフレドには再びいつもの活気が溢れ、魔物大氾濫に対する勝利という言葉に、人々が歓喜に浸かっており、今なお冷めない活気が街全体を包んでいた。


 あれからずっと蒼はユリウス達にも協力してもらい、ルシアを探した。様々な人に聞き込みをおこなったが、誰一人としてその名前を聞いたことが無いと首を捻るばかりだった。ギルドに問い合わせてみたが、彼女と同一する人物はいないと言われ、踏み込んだ話をしようとすると個人情報だということで怒られる始末だ。


 彼女に関する手がかりは一切無かった。まるで、虚空の存在を追っているようで蒼の中に疑問という言葉が募っていくばかりだった。

 だが、蒼は彼女と一緒に街を歩き、あの戦場で再開し、そして傷ついた彼女と一緒にいたはずなのだ。確かに、彼女はそこにいたはずなのに、実態のない空気に触れるかのような感覚に惑わされてしまう。


 しかし、ずっとルシアを探し続けるわけにもいかないのだ。蒼達には、圧倒的に金が足りないのだ。

 魔物大氾濫によって、様々なものを買い込んだり、壊れた装備を修復したらかなりの額の金額を使っていることが発覚。前回バルミノから融通してもらった、あのお金を全て使い果たし、それに上乗せする形でしわ寄せが来ている状態だ。


 そして、今日はユリウスに呼ばれている。


「お~い、こっちだ!!」


 声のする方を見るといつもの装備ではなく、ラフに私服を身に纏ったユリウスがそこにいた。蒼も、今日は冒険へ出ないことは分かっていたので、私服を着ている。だが、その差は歴然。同じ下級冒険者とは思えないほどの差が、そこにはあった。


「すまないな、急に呼び出したりして」

「いや大丈夫だよ。それより、他の三人は一緒じゃないのか?」

「あぁ、今日はバルミノさんと一緒に用事があって出掛けているよ。魔物大氾濫で、いろんなアイテムとかを使ったから、それの補充とかね」


 やはり、どのギルドも同じような状況に置かれているようだ。


「まぁ、立ち話もなんだし行こうか」

「? どこへ?」


 蒼がユリウスに聞き返すと、ユリエルはどこか嬉しそうな顔をして答えた。


「鍛冶屋だよ」



◆◇◇ ◇◇◆



 東のメインストリートから、中央にそびえ立つギルド本部を素通りして、向かったのは西側の職人街だった。そこには、ユリウス達のギルドがひいきにさせてもらっている生産職ギルドの『泥炭と種火』があるらしい。名前を聞いたときには、鍛冶屋を連想させるとともに、苦笑いをしてしまった。


 泥炭とは、炭化の程度が最も低く、燃料や鍛冶に使う火力には届かない資源なのだ。その考えがあったからこそ苦笑いを浮かべたが、いざギルドを目の前にしてみるとその規模に苦笑いが収まった。


 工房というに似つかわしくない巨大な製造所にも似た場所だった。さすがビジョンスケープと協力関係のあるギルドだと思う。ユリウスに聞けば、生産職ギルドの中で鍛冶に関してはかなり大規模に展開しているギルドだそうで、その収益は蒼の耳にはしっかり聞き取れないほどだ。先ほどの考えを口走ったら、即刻ギルドの構成員に殴られる未来が見えた程だ。


「さぁ、入ろうか」


 ユリウスがドアを開けて入るのに続き蒼も建物内へと入ると、中は思ったより綺麗だった。白色を基調とした室内には、小さなテーブルや椅子が置かれていたり、観賞用植物が置かれていたりと、汗水を流しながら炎と向き合いながら鉄を打つ場所とは思えないほどかけ離れていた。


「ユリウス様こんにちは。今回はどのよう御用ですか?」


 カウンター越しに話しかけてくる女性に対して、ユリウスは慣れた様子で答える。


「イザルドさんは今日はいますか?」

「イザルド様は現在工房におられますよ。呼んで来ますね」

「ありがとうございます」


 女性がにっこりと微笑むと、後ろを振り返ってカウンターの奥へと姿を消す。


「蒼、知ってるか。さっきの受付嬢、中級冒険者だぞ」

「えっ? 本当?」

「あぁ……すごいよな……」


 受付嬢が俺達よりも上の階級の中級冒険者という事実に驚きが隠せず、つい間抜けな声が漏れてしまう。


「このギルドの加入条件は、中級冒険者以上で、生産系スキルを持っている者。普通にここの鍛冶屋たちは、冒険者としても食っていける人たちばかりだよ」


 生産系スキルは冒険などで経験を積むことで会得できるものではない。様々なものを製作することの経験によって得られるスキルだ。更に言えば、スキルを会得できる人間はそうそう多くはない。そこから考えると、この『泥炭と火種』に所属する組員は、冒険者としても実力者で、鍛冶屋としても実力者という、逸材な訳だ。


「なんか……レベルが違うな……」


 組員一人の俺のギルドと比較した瞬間に、どこか悲しいものが湧き上がってくる。

 そんな会話をしていたら奥から先ほどの受付嬢と一人の男性が歩いてきた。


 煤こけたような茶色の髪は炎に熱されているせいか変に曲がっており、あまり手入れのなされていない短い髭が顎には蓄えられていた。だが、その腕などは槌を振るっていることだけあって、筋肉が隆起しており、背丈の大きく筋肉のつき方からしても、その実態は鍛冶屋とでも冒険者とても言える。

 

「それじゃあ、応接間へ移動しましょう」


 受付嬢がそういうと、蒼たちはその後ろについていって、ギルド内にある小さな応接間へと通された。その道中何部屋も応接間があるのは、鍛冶屋と冒険者とが装備について話し合う場であるからで、一日に何人もの人間が行き来するため、数が多いそうだ。


 そんな説明を受けながら、蒼達は『〇一四』と書かれた応接間へと通される。

 小さなテーブル越しに、蒼とユリウス、そして先ほどの男性が席に着く。すぐさま、受付嬢がお茶を持ってきてテーブルの上におくと「失礼します」と言って部屋を後にした。


「初めまして。私がイザルド・ラべラトリと申します。このギルドで鍛冶屋をやらせていただいてます」


 そういいながら、大きな右手を伸ばす。背丈の体躯からは少し予想外な物腰の柔らかそうな対応に蒼も少しだけ肩の荷が下りる。

 こちらも「冒険者をしています桃水蒼です。初めまして」と挨拶を交わすとその手を重ねる。

 槌を振るっているからなのか、昔剣を振るっていたからなのか、その手の皮膚は硬かった。


「バルミノさんからお話は伺っていますよ」

「あの……俺は何も聞いていないんですけど……?」

「いえ、ご安心なさってください。危ないお誘いじゃありませんから」


 そういうと、イザルドは机の上に大きな皮袋を置いた。


「開けてみてください」


 そう言われ、促されるままその皮袋を開くとそこにあったのは大量の鱗だった。だが、蒼の持ち合わせている知識ではそれが、何の魔物の鱗なのかは分からない。


「これは……」

青銅竜ブルーコーパードラゴンの鱗です。大体一人分の装備が作れる量入っています」

青銅竜ブルーコーパードラゴン!?」


 蒼は声を上げてその驚きを露にする。

 青銅竜ブルーコーパードラゴンといえば、龍種の一つ下の種族である竜種の一種でその堅牢な鱗は鉄とも引けをとらず、並みの剣ならば弾くどころか折るほどに硬い。更に、鱗の色が彩度の低い緑色から白銀まで様々であり、緑から赤銅色、黄金色、白銀へとその質に応じて色が変る。その鱗の色の変化は、青銅竜ブルーコーパードラゴンが主食として食べる岩石に由来するといわれている。今回この袋に入っている鱗の色は、白銀。最高純度のものだ。


 この鱗一枚にどれほどの価値があるのかといえば、蒼が一ヶ月ずっと冒険してゴブリンなどを倒しても得られない金額である。まさに、高級品と言っても過言ではない。


 そんな高級な鱗が、袋一杯に入っている。

 立ちくらみを起こしてしまいそうなほどの光景に、蒼は呼吸が一瞬止まってしまった。


「どうして、こんなものが……」

「こんなものと言いますか。私も、これほどの量を見るのは初めてですよ」


 そうイザルドは笑って見せるが、蒼は笑っている所の騒ぎではなかった。


「バルミノさんからこれを預かっています。使い道は、蒼さんの防具を製作して欲しいとの事」

「お、俺のですか!?」


 今度はほんとうに息が詰まってしまった。


「さらに、その制作費はバルミノさんが持つそうです」

「……」


 死ぬかと思った。


「で、でもなんでバルミノさんがそこまで……」


 青銅竜ブルーコーパードラゴンは竜種に位置づけされるが、その生息数は多く、世界どこにでもいる。だが、そのランクはBランク。デュラハンと同程度ではある。今の蒼で倒せるかといえば、微妙なところだ。

 さらに、青銅竜ブルーコーパードラゴンが白銀の鱗を持っている確率というのは多くはない。ギルドによれば、全体のおよそ一割ほどであるということだ。非常に芸術性にも優れており、その価値はとても高い。


「蒼、バルミノさんはお前にそれだけの将来性を見出したって事だ」

「将来性……」


 蒼が小さく呟くと、ユリウスがゆっくりと口を開いた。


「バルミノさんは、魔物大氾濫から帰るときに言ってたんだ。『悔しいな。あれだけ広い未来を持っているなんて』ってさ。だから、バルミノさんは蒼に冒険者としての才覚を見出したんじゃないかな」


「バルミノさんの鍛冶を昔から担当していますが、よく教え子の話をするよ。この鱗を持ってきた時のバルミノさんの瞳を見せてやりたい。それはもう、宝石を見つけたような目をしていた」

「だから、蒼はそれだけバルミノさんに期待されているって事だよ」


 期待。冒険者になって、まだ初級冒険者という駆け出しの存在。そんな存在に上級冒険者で、蒼なんかよりも何十年と冒険を重ねたバルミノさんが、蒼に期待している。

 その事実を聞いた瞬間、蒼は握っていた拳が震えた。


 目の前の、蒼の今ある財産を全てはたいても買うことの出来ない高価な素材。それを加工するだけの費用。金額にしていくらかは、蒼には算出できないが、かなりの額になるだろう。それだけの期待。

 あのバルミノさんも羨むような蒼の将来性。それに対する期待。


 期待を受けた。なら、それに答えなければいけない。いつか、この素材代と制作費に付け加えて、感謝料を払えるように実績を積んで、バルミノさんの期待に答えなければいけない。


「イザルドさん……」

「うん……」

「俺に、装備を作ってくださいっ!! よろしくお願いしますっ!!」

「冒険者なら冒険しなきゃね。頑張れ新人!! こちらも全力を尽くすよ!!」


 そういうと、イザルドさんはテーブルに紙を広げ、手にペンを握る。


「それじゃあ、どんな装備が言いか色々話を聞かせてもらうよ」


 その話し合いは夜まで続くこととなった。

※青銅の純度についてですが、白銀のほうが純度が高いというのは、作中の表現であり、実際本物の性質とは異なりますのでご注意ください。

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