314話目 襲来
聖オルビスタ王国近辺にそびえたつ巨大な山脈がある。オウ―ウ山脈。
標高三千メートル級の山が連なる事で出来る巨大な山脈は、他国からの往来の弊害となる事で、ある意味陸の孤島となっていた。
また円を描くように存在するオウ―ウ山脈のせいで、聖オルビスタ王国は盆地の地形となっている。それが故に、海洋が山によって隔離されるため空気が乾燥し降水量が低く、絶対的な農業に不向きな土地となっている。他国に対しては武力行為の圧力的な外交を行っているせいで、国交は細く民の困窮を招いている。
ただ、国を作る立地としては非常に良い国である。山脈に囲まれた土地であるがゆえに、他国からの進行妨げになり、ある意味で自然の防壁と成している。加えて、多くの塹壕や洞窟が作られており、外部からの侵略という面においては、ある意味でサスティエナに似た防御力を持っている。
そんな聖オルビスタ王国と山脈を挟んだ少し離れた立地。
何気ない集落の村々が聖オルビスタ王国の管轄下に置かれている。
のどかな村だというのに、今日一日に関しては惨状となる。
「よくこんな辺鄙な場所が見つかったのぉ……」
「それにしても……お手柄だ」
村から少し離れた箇所、ゆっくりと歩くのは十人程度の、まるで旅人のような風貌の人たち。
「バルミノ・スティーム君」
ピジョンスケープに所属するバルミノは、遥か高みの存在から直々に言葉を賜り、この数年の期間が報われたと思い、少し涙してしまう。
「ネロ様、マーリン様、他の奴らにも労いの言葉を言ってやって欲しいですが、その言葉はこの作戦が無事に終わった時でお願いしますぜ」
「あぁ、そうだな」
ネロとマーリン。
アレフレドが誇るSランクギルド『焔狼の牙』と『円卓の騎士』。
そのアレフレドの最強の二本の柱が、ついに動き出した。
旅人に扮した姿は偽装。そのメンバーは、それぞれのギルドが厳選した実力が最高クラスに高い人間。伝説級でありながら、英雄の高みへ至らんとする実力者達。
アレフレドが考えていた事。
邪神教という存在は前々から確認されていた。しかし、具体的な行動を起こすというわけではなく、ただひたすらに目障りな宗教であるという事しか考えていなかった。旧世界を滅ぼしたとされる謎の神を信仰し、聖オルビスタ王国に集う暴力的な集団。
そんな国としては認めているが、内情は何をしている組織か分からない。そんな国際的に見ても、不思議な国家に対して何ら思わなかった。
加えて、聖オルビスタ王国とネロ達の生粋の邪神教信者との繋がりは見られなかったため、一概に同一組織と考えられないという理由もあった。
聖オルビスタ王国はただの迷惑な国という認識、だが邪神教信者であるネロ、ベルフェゴール、ギリガン達は明らかに世界に対しての悪であった。しかし、その信者たちが聖オルビスタ王国と手を組んでいると判断できる材料がない。大衆は薄々そういうものだと気付いているが、はっきりとした根拠を持たない限り、邪神などという存在を安易に判断するべきでない。
しかし、エリス国王の判断はアレフレドを襲った魔物大氾濫が起きた後にすぐさま決断を下した。
ルーン・ジストバーンの復活。それが何を意味するのかと言えば、死者の蘇生をするのは死霊魔術師であるネロ・ヴァレンタインの関与が一番疑わしい。
死霊魔術師であれば死者復活をするのは当たり前、そんな考えにエリスは囚われなかった。
死霊魔術師であっても、特定の人物を明確に復活させることは非常に困難であるとされる。骸骨のような俗物的なアンデットを召喚する事は出来る。その魔法の内情として、死者に部類される魔物を召喚する魔術師を総じて死霊魔術師と呼ぶのだ。決して、骸骨一体一体に対して、死者の魂を呼び出すという事をしているわけではない。
特定の人物の復活も決して不可能というわけではない。
しかし、復活できたとしても、生きている人間とは全く違う、アンデットという存在で復活する。
だからこそ、特定の人物を呼び出している、死者の魂を呼び出している。それは、何らかの意味が込められているとしか言いようがない。例えば、過去に滅ぼされた邪神の蘇生。
そう判断したエリス国王はすぐさま、邪神教を叩くための準備を整えた。
様々なギルドから邪神教の拠点特定のために必要な人材を集め、ひたすらに隠密に時間をかけて探知させた。そして、今日という機会を迎えた。
バルミノはここ数年という間、ピジョンスケープから離れ、ひたすらに邪神教拠点の探索のみに注力してきた。
アレフレドが邪神教を敵対しているというのをアピールするため、そして本当の拠点は分かっていないという嘘を振り撒くために、あえて間違った邪神教拠点を壊した事もあった。今、邪神教からしたらアレフレドは手玉に取られている状況に見えるだろう。しかし、実際はアレフレドが一枚上手である。
「村の住人はどうなっとる?」
「あらかじめ避難させています。彼らは聖オルビスタ王国からの重たい税金に苦しんでいましたから。説得するのは容易かったです」
「そうかそうか。それじゃあ、存分に暴れられるのぉ」
内密に進めてきた。アレフレド内でもこの作戦を知っているのは、バルミノを含めた探索隊十数名と、今回の襲撃メンバーのみ。そして、エリス国王とギルのみ。ネロの不可思議なまでの情報収集能力を恐れ、本当の少数精鋭によって実行された作戦。
「サスティエナの種撃報告は受けとるし、今頃パンドラの箱の開錠に手間取っておる頃だろうのぉ」
エリス達へ情報が伝わった瞬間、すぐさまホロとマーリンへと情報が届いた。
邪神教が、邪神復活のために次に何をするのか、その行動をきちんと予測できないが、少なくとも中核であるネロ・ヴァレンタインを殺害することが出来れば、邪神教としては大きな痛手となる事は理解している。
パンドラの箱の堅牢な鍵はエリス国王から聞き及んでいる。
それは一概にエリス国王がフォルティナ女王から厚い信頼を受けているからに他ならない。ヨルゲンですら知らなかった情報である。
「そう言えば聞いていないが、サスティエナで正教会が牙を剥いたらしい。……天使が暴れたと言っていたが、マーリン流石に裏切ってないだろうな?」
「守護天使に関しては問題はいらん。あれはわしが完全に調伏しておる。正教会のような召喚魔法とは少し違う。強いて言うなら、その権利を完全に剥奪しておる。あれは……わしのもんじゃ」
マーリンは得意げに呟くと、ホロはどこか怪しげな目を向けながらも、長年の信頼を信じる。
旅人のように歩を進めながら、マーリンがさらに口を開く。
「にしても、魔法軸の結界を張らないというのは、逆にすごい勇気じゃのう……」
「ただの集落。木を隠すなら森の中とは言うが、私達の概念を大きく覆してくる」
魔法という技術が進み、村々の防衛に関しては簡易的な魔法阻害結晶の設置のみとなっている。しかし、より安全に守りたいのであれば、魔法の階位を上げるしかない。設置された魔法の階位を読み取る事自体はそんなに難しい事でない。
サスティエナの結界を調べてみれば、そこに表示されるのは第十階位魔法。それだけ重要な施設であったり、重要な人物がいると大袈裟に言っている。しかし、何気ない村落に邪神教の幹部が集まっているとは誰も思わないだろう。
魔法という概念に染まり切った思考だからこそ、高度な結界が張られた聖オルビスタ王国の内部にいるか、そのほかの土地に別の結界を張って存在しているのか。大事なものを隠すならば、大切に結界を張るのが常識、そんな冒険者の教えが、魔法の世界で生きる知恵が、邪魔をしてしまっていた。
「マーリン、準備はできているな?」
「もちろんじゃよ。一ヶ月準備したんじゃよ。失敗するわけないじゃろ」
マーリンの旅装束、肩にかける大きな長い棒。後ろには荷物袋のような布が被せられている。だが、荷物を持つための棒ではない。立派な杖。
「始めるかの」
敵に絶対に感知されてはいけない。魔力出力をゆっくりと上げるいつもの発動手順ではいけない。第十階位魔法発動を一秒、いやそれ以下で発動する。魔力出力を一秒以下で上げる。マックス値まで一瞬で上げる。
魔法に長けたマーリンだからこそ出来る所業。上げすぎた出力は体を壊す。しかし、その調節を含めた、一ヶ月という期間。
◆◇◇ ◇◇◆
サスティエナにおいてエリスが語った内容。それを聞いたサスティエナの重鎮達はただ口を開いたまま膠着してしまった。
「力の使い方は誤ってはいけません。だからこそ、攻勢へ出ます」
「武力行使はしないのがアレフレドではないのですか?」
「我が国の方針は、原則……ですから」
エリスの覚悟の目つきを見てしまった瞬間、ただ黙り込んでしまうしかない。
今まで何気なく平和に暮らしていた巨人が、仲間であると信じ込んでいた苔の生えた巨人が、その腕を本気で地面へと振り下ろそうとしている。それが何を意味するのか。
「抑止力は、一度見せないと抑止力として機能しません」
鉄槌を下し、分からせる。
◆◇◇ ◇◇◆
マーリンの笑みの先、魔法陣が構築する瞬間を捉えられたものはいない。
ユニークスキル『魔法の叡智』によって、極限まで高められた魔法に対する万能感に近い理解。それ故にはじき出される最適解の魔法構築手順。
自分が考えた。火、水、風、土、雷、光、闇、その中でどの属性が一番強いのか。そんなとき、純粋にマーリンが魔術に携わる者として考えたのは、他者に影響されないという点。そして、自分の得意属性。その二つを考えた瞬間、若き頃のマーリンは笑みを零すしかなかった。
光属性が最強。
「【天現浄滅・哭】」




