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桃太郎の弟子は英雄を目指すようです  作者: 藻塩 綾香
第11章 腐った果実
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313話目 邪神教の目論見

 暗がりの洞窟の中で、ネロとベルフェゴールはゆらりと揺れ動く蝋燭の火に目を落としていた。ただ無言で、ただひたすらに蝋燭の火をゆっくりと眺めている。


 何もしていないというわけではない。彼らはずっと待っている。自分の仲間の帰りをずっと待っている。


 そして、眺めていた蝋燭がついにその火を落とし、洞窟内がひと時の暗闇に包まれたと同時に口を開く人物がいた。


「……やられちまったか」

「ッ!!」


 ベルフェゴールの怒りはその一言とともに最高潮に達し、思いっきり発言者の胸倉を掴み上げる。その瞳に宿っていたのは、最大限の殺意。この場で殴り殺す事も厭わないという殺意を相手に対して発する。


「口を慎めよ……桃太郎。それを、お前がいう資格はねぇ。二度というんじゃねぇ」


 ベルフェゴールは強く握り締めた右手の拳を必死に収める。


「それをお前は俺に言うべきではないのは、理解しているのか? 俺はここに座るために誠意を見せた。その誠意に対して、お前は了承したはずだ。俺の覚悟を前にして、二度というんじゃねぇ」


 桃太郎すら、ベルフェゴールに対して強気に反論する。


「やめなさい二人とも。……彼は良くやってくれたわ。戦は終わりじゃないもの」


 ネロは諫めると、二人は席に着いた。


 サスティエナ襲撃から一週間という時間が流れた。その中で、ヨルゲンからの返事は一切ない。死体となっているのなら、今頃は大罪人として燃やされているだろう。その骨すら残らず、遺品すらも無く、ただ燃やされて何もない虚無がそこにはあるのだろう。


 その一週間という時間が流れたからこそ、今思う事がある。

 仲間の死を越えなければならないという事。ヨルゲンが必死に繋いだ成果物を、今は大切にし、今後にきちんと活かすしか、ヨルゲンに対して報いる事はできない。


「良くも悪くも、今私達に勝利の流れは来ているわ」


 ネロは火の消えた蝋燭を、取り換え新しい蝋燭へと取り換えながら言葉を紡ぐ。その動作はまるで、ヨルゲンの死を悔い止む時間は終わり、新しく行動を起こす時間の始まりだと、物語っているようだった。


「正教会が今回大々的に動いたわ。恐らく、私達の行動の阻止が目的でしょうけど……あまりに暴れすぎたわ」

「にしても、なんで奴らはあんなに暴れたんだ? 別に俺達の動きを阻止するなら俺達に対して攻め入れば良いだろう? それをわざわざサスティエナを襲撃する形で襲わなくたってな」


「頭が悪い桃太郎には分からないでしょうから、一から説明しましょうか?」

「俺は雇われ傭兵みたいなもんだが、状況を知る事は大事だろうから、まぁ超簡単に頼む」


 ネロはその態度に思う事はないが、それでも溜息を一つ吐く。


「正教会の進行する神、アルメシアも不死身じゃないのよ。セシルが倒したみたいに、限りなく瀕死に近づけることが出来る。サスティエナの国力を以てすれば、アレフレドと協力して、神に対抗できる手段と成り得ると思ったのでしょうね。だからこそ、反逆の芽を摘むという目的でもサスティエナ襲撃をしたのよ。


 ただ、第一目標はセシル復活の阻止。有象無象の神とは違って、世界神に対して一人で対抗できる手段なんてセシルくらいしかいないもの。彼の復活を止める事が第一優先。それは、黄金の林檎とパンドラの箱の奪取よ。つまり、サスティエナ襲撃はついでだったって事」


「なら、ヨルゲンはなんで正教会に与する動きをしたんだ? 結界を落とすなんて、正教会の手伝いをしているとしか思えんが?」

「それは違うわ。彼がより動きやすくなるための事よ」


 サスティエナの状況を骸骨スケルトンの偵察の目によって状況を伺っていたネロだからこそ、ヨルゲンの思っていた行動の意味が分かる。


「あの状況下において、正教会にはサスティエナにとっても明確な脅威になって貰う方が都合が良かった。良くも悪くも、ヨルゲンはアレフレドという立場だから、正教会とサスティエナという対立を生むことによってうまく戦いを引き起こせた。あわよくばヘカベが死んで強奪して……って魂胆だったのでしょう。

 それが駄目だったとしても、ヨルゲンとヘカベじゃ相性が悪いものね。勝てる道理しかなかったから無理やりにも奪う事はできた。リスクは重たいけれどね」


 サスティエナにおいて周囲からはヨルゲンは完全にアレフレドの人間だと思われている。だからこそ、邪神教にとっての最善の動きでありながら、アレフレドにおいての最善と思われる行動であらねばならない。

 最後の一手をしくじる事なく行動することを、ヨルゲンはあの状況下で強いられていたのだ。


「ただ、一つだけ疑問が残るのよね」

「疑問?」

「彼の行動に関しては、一切私達は触れないようにしていたのよ。一度でも接触して邪神教との繋がりを勘繰られないように。でも、彼が燃果の羽翼の蒼を助けたことが不可解でしょうがないわ」


 今回の一件で、邪神教にとって燃果の羽翼は非常にプラスになる働きをしてくれたと言っても過言じゃない。正教会の襲撃という事態において、サスティエナを守るために正教会の足止めをしてくれていた。それは言ってみれば、邪神教に与している事にもなる。

 サスティエナ陣営の燃果の羽翼と正教会が真正面から対立してくれれば、邪神教がその隙を突いて奪う事が可能になるためだ。

 

 だが、そんな燃果の羽翼は一度崩壊の危機を迎えている。


 大海都市レイサン襲撃の際。

 邪神教の現主力である、ネロ、ベルフェゴール、桃太郎の三人に加えて、ギリガンというほぼ全力での襲撃を試みた。

 その際に燃果の羽翼の蒼はギリガンの魔法に加えて、師匠である桃太郎によって、ほどんど植物人間のような状態まで落ちた。


 そして、その仲間が海底迷宮シーフルーダンジョンへと潜っていったのまでは確認している。

 その後、なぜかアレフレドから『焔狼の牙』と『神王の魔槍』が手を組み、海底迷宮シーフルーダンジョンへと潜っていったのだ。

 その行動を見るに、海底迷宮シーフルーダンジョンには何かが隠されていると推察させる。そして、燃果の羽翼の構成員たちは約一年という期間海底迷宮(シーフルーダンジョン)に潜り続けた。


 そして、蒼は復活した。


「焔狼の牙と神王の魔槍が手を組み桃水蒼を助けた。ヨルゲンがそれに加担した意味が正直に言って理解に苦しむ」


 ネロは机の上で散らばった思考を纏めるように、顎に手を当てながら考える。


「桃水蒼という存在は、桃太郎が加入した時から見ていましたが、なかなかの脅威と成り得ます。それは良い面と悪い面で我々にとっての脅威となる。サスティエナ襲撃を円滑させるために仕組んだマイニルゲン襲撃。あの件においては上手く立ち回ってくれました。しかし、ヨルゲンを殺害すると行為にまで発展している……。信じたくはありませんが……」


 ネロの計画において、桃水蒼の復活と燃果の羽翼の力というのは上手く事が運べは非常に使いやすい力である。


 サスティエナ襲撃はほとんど確定事項であった。その時期は黄金の林檎が実るという明確なものが存在し、その点は伝えずともヨルゲンは理解していた。だからこそ、その時期に間に合うように、燃果の羽翼の力の存在を知らしめるために、マイニルゲン襲撃を試みた。


 構成員達がどこへ行ったかはある程度は把握していたが、蒼、ギラファ、エルフィーナに関しては途中で範囲外となって居場所が掴めなくなった。だが、彼らの掲げる『民の救済』の餌を用意するのは非常に簡単であった。


 そして、用意した餌に釣られて彼らは集った。その結果として、燃果の羽翼の名はマイニルゲン襲撃の立役者として知られることとなり、サスティエナの神樹武杯へ参加する資格を得ることができた。


 うまく利用することができたが、なぜヨルゲンが彼救出の手伝いをしたのかまでは理解ができない。


「それに関しては、俺が頼んだ」

「桃太郎? あなたが? ……理由は?」

「そんなの一つしかねぇだろうよ。俺の弟子だからだ」

「将来彼らは私達の標的となる存在。そんな役割をヨルゲンが引き受けると?」

「あぁ、奴は快く引き受けてくれたぜ。なんて言っても俺の覚悟を見たからな」

「……」


 ネロは黙り込んでしまった。

 しかし、それに対してベルフェゴールからしたら桃太郎がやたらと強気に出る『覚悟』という発言が気になって仕方ない。ネロはその覚悟を見せた場面と立ち会っているそうだが、実際に何をしたかというのはベルフェゴールは聞いていない。


 桃太郎が自慢げに言うはずもなく、ネロに聞いてみたがはぐらかされた。

 少なくとも、ネロはセシルが最優先で行動する人物だという事は長年の付き合いから分かる。桃太郎の覚悟とやらが、セシル復活の邪魔をしないという事においては確信が持てるであろう。


「……理解はしました」

「そう言えばなんだがよ? 復活のための材料は全部揃ったんだろ? あとは何を待ってんだ?」


 邪神復活のために、邪神教は様々なものを集めてきた。認知しているだけで『氷龍の心臓』『パンドラの箱』『黄金の林檎』を収集し終えている。他にも、様々な素材があるとネロは言っているが、桃太郎はそこまでは認知していない。


「今、パンドラの箱の解除待ちね」

「その箱の中には何が入っているんだ?」


 パンドラの箱、森精種エルフの王であったフォルティナ女王は知っているようであったが、一切の口外をしていないためその中身は誰も知らないはずである。しかし、ネロは知っている。


「パンドラの箱にはセシルの腕が入っているのよ」

「腕?」

「えぇ。神との戦いによって敗北したセシルの腕」


「……それが何で封印されているんだ?」

「セシルという存在は邪神。そして、ある種の神の領域へと至ったセシルの身は……朽ちない。つまり、いずれ復活することが可能。だからこそ封印してその復活を阻止しているの」


 神という存在は、核となる部分さえ残されていれば、死ぬことは無い。神アルメシアであれば、その核は本体には存在しなかった。そのため、セシルは力をほとんど削ぎ落す事には成功したが、その存在自体を殺す事は出来なかった。


 加えて、雨の神乙姫であれば、その核となるのは信仰であったため、民の全てを殺した。しかし、溢れる魔力が虚空の市民を生み出し、虚空の信仰を生み出す事によって、堕ちた神でありながらその存在を保っている。


 神を本当の意味で殺すのならば、その核の部分を壊さねばならない。


 人でありながら邪神として神の域へ至ったセシル。その存在の核は言わずもがな、その肉体に宿っている。

 だからこそ、セシルの腕は封印された。


「なるほどな。神に至る人間ってのはやっぱすげぇんだな」


 桃太郎は感嘆の声を上げる。

 それと同時に洞窟内に耳を劈く爆音が鳴り響く。

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